第七話 おっさん、冒険者ギルドへ

「……」

「おぉ! ここが冒険者ギルドか! 」

「……」

「なるほど。剣と盾。実に分かりやすい看板だ。しかし……どうして黙ってるんだ、ゼクトよ」


 ……。


 寒い。

 凍えるかのような寒気が冒険者ギルドからはっせられている。

 目を輝かせながら冒険者ギルドを見上げるホムラとは対照的にオレは震え、体を縮こませながら建物を見上げていた。


 なんだ、これは。

 いや、この元凶を、現象を知っている。

 恐らくダリアの機嫌が物凄く悪いのだろう。

 正確に言うのならばオレに関して。

 そしてそれが外に漏れ出ていると。


 だがこれほどまでにドキツイのは初めてだ。

 しかも朝の恒例こうれいの告白大会を除けば何かやらかした覚えがない。

 告白を断ってもいつもすぐにあっけらかんとしているのがダリアだ。

 その後仕事にまで告白の事を引きる彼女ではない。


「どうした? 入らないのか? 」


 好奇こうきの目をこちらに振り向け聞いて来るホムラ。


「い、いや……。入るのは入るんだが」


 何も感じていないの、か。

 やはりこの寒さというのはオレにしかわからないのか。


 その昔、本当に機嫌が悪い時に他の村人がいた時があった。

 体が凍るかと思う程の冷気を放っているにもかかわらず変化を感じたのはオレだけだった。

 精霊であるホムラにもこれは適用てきようされるのということか。

 理解し、納得したところで動かないオレを不思議そうな顔をしてみているホムラの方を向く。


「いいか、ホムラ。よく聞いてくれ」

「どうしたんだ? 」

「この先。本当に、大人しくしていてくれ」

「私を何だと思っている」

「欲望に忠実ちゅうじつな精霊」

「……否定できん」


 否定してくれ。

 頼むから嘘でもいいから!

 ま、まぁいい。続けよう。


「恐らくこの先受付をしている女性の機嫌が物凄く悪い」

「なぜわかる? 」

「……感じるんだよ。寒気というものを」

「わからんが……。貴君きくんがそういうなら出来るだけ大人しくしておこう」

「頼んだぞ」


 真面目な顔して注意したらわかってくれたようだ。ホムラがうなずいてくれた。

 頼んだぞ、ホムラ。

 原因が何かはわからないがダリアの機嫌が悪いのは必須ひっす

 下手に地雷を踏むなよ。


「さ、さぁ。行くぞ」

「震えすぎ、じゃないか」

「そんなことは……あるかもしれないが行くぞ」

「おう! 」


 そして扉をゆっくりと開けた。


 ギギギ、と音が鳴る。

 冒険者ギルドの扉が開く音だ。

 中が見えるか見えないかくらい開いたら足を踏み入れる。


 瞬間――体を差すような寒さが。

 外で感じた以上の寒さを中で感じ取る。


 ヤバい。

 これは相当機嫌が悪い。

 ダリアの顔を見なくてもわかる。

 これは、ヤバい。

 原因が何かはわからない。

 だが恐ろしいほどに機嫌が悪いのはよくわかる。


「ここが冒険者ギルドか! 」


 オレが中に一歩入った後、後ろから入ってきたホムラが空気を読まずに興奮した声で言いう。

 嫌な汗をかきながらもちらりと横を見た。

 物珍しいのか右に左にながめるホムラがいた。

 最初の大人びた感じは見る影もない。


 軽くホムラから目をらして周りを見る。

 村の男性陣が冒険者の休憩きゅうけい用に作られた机に座りこちらを見ている。

 仕事を抜けてきたのだろう。彼らのこの後が心配だ。

 オレの仕事が早かったせいか冒険者がほとんどいない。

 この時間帯、比較的若い層は討伐依頼にでも行っているのだろう。

 これが夕方くらいになるとにぎやかなのだが、と思いつつ現実逃避をやめて本命ほんめいの受付に目を移した。


 そこには笑顔のダリアがいた。

 だが目が笑っていない。

 むしろ普通に怒っているよりも恐怖だ。

 美しい顔が憤怒ふんぬを表に出さずに目だけで訴える。

 彼女が出す雰囲気とその顔のギャップがすごい。


 オレの隣にホムラが出てきた瞬間寒気が増したように感じた。

 なるほど。今回の原因はホムラか。

 しかしわからない。

 ホムラと出会ったのはついさっきだ。これをダリアが知るわけがない。

 さっきのおばちゃんか?

 いやそれはあり得ない。幾ら噂好きとは言え彼女は川の方へ向かった。

 冒険者ギルドとは真逆まぎゃくの方向だ。


 ならば噂が回ったのか?

 いやそれもない。

 もしそうだとしたら回るのが早すぎる。

 ありえない。


 ゴクリと息を飲み、もう一歩足を進めようとする。


 う、動かない。


 オレの足が前に、受付に行くのを拒絶しているだと?!


 今の受付の状況は、それほどまでの、オレが感じている以上の恐怖だというのか!

 くそっ!

 ここは一旦引き返し、ダリアの機嫌が直るのを待つしか……。


「さっき言っていた受付とやらは……、あっちだな。ん? 行かないのか? 」


 彼女が軽く見上げてそう聞いて来た。

 何も感じない彼女が今は羨ましい。

 いや感じ取れるのはオレだけで他の村人もなにも感じ取っていないようだが、それでもうらやましい。

 体中から流れる冷や汗に震える体。

 向かおうにそれを拒絶する足。

 正直、まだモンスターと戦っている方がまだ体が動いているような気はする。


「い、行くさ」

「なに顔を引きらせている。それに……尋常じんじょうじゃない震え方をしているぞ? 」

「き、気のせいだ。さ、さぁ行こう」


 オレがそう言うとホムラが前を行った。


「……。進んでないじゃないか」

「正直な話、足が動かないんだ」

「動かない? なぜ」

「さぁ……。体の震えのせいか、歳のせいか、はたまた今感じている恐怖のせいか」

「なんだそれ」

「これをこの神秘しんぴという」

深刻しんこくそうな顔をしているがようは動けないんだな? 」

「そう言うことだ」

「なら私に任せろ」


 そう言いこちらに戻りオレの手を取った。

 更に寒気が増し、オレの震えも増す。


「私が引きってでも受付とやらに送ってやる」

「お、おい! 」

「大丈夫。任せろ」


 オレに笑顔を向けホムラはそう言いながら本当にオレを引きって前進した。

 進む体に置いてけぼりにされそうになる足。

 固まった足は伸び切り直線を作る。

 それを見つつ、受付とは反対側——扉側に体を向けて体はどんどんと引きられていく。


 前に進むごとに冷気が増して行く。

 死ぬ。凍え死ぬ。

 しかしこれでダリアの不機嫌さの原因はホムラにある事が確定した。


 さてどうやって乗り切ろうかと考えつつも引っ張られ受付に強制的に移動させられている体。

 足は動かず体は引きられているが、顔を動かす余裕くらいはある。


 周りを見ると村人が面白そうにニヤニヤとこちらを見ていた。

 見せもんじゃない!

 そう思いつつも笑い談笑している彼らを見て、後で奥さんにサボっていたことをチクってやろうと決心する。

 そして……。


「よし! ついた」

「……。冒険者ギルドリリの村支店へようこそ。そしてゼクトさん。そちらの方は? 」


 凍えた雰囲気の中、張り付けた笑顔でダリアはオレに、そう聞いた。

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