第六話 美女とおっさん

「何故ホムラを泊めなければならない」


 こちらに指さす赤い女性精霊にそう聞いた。


「こんなにか弱き乙女おとめ路頭ろとうに迷っているんだ。泊めるのが常識じゃないのか? 」

「か弱き、ね」

「な! 馬鹿にしたな! 」

「そんなことは無い。ただ「か弱く」はなさそうだな、と」

「これでも女型だぞ?! 少しはあわれんでもいいんじゃないか」

「いや。ホムラはお金をたくさん持っているじゃないか。そのお金で宿を探せばいいんじゃないか? 」


 そう言うと少し顔を膨らませた。

 指先がプルプルと震えている。


「た、確かにお金はある。だがおもしろそ……いや、コホン。可愛かわいそうな私を泊めてもいいんじゃないか? 」


 今さっき「面白そう」と言おうとしたな。

 オレの事、面白そうと。

 ま、それを抜きにしても泊めるわけにはいかない。

 よって、あくまで普通の女性にするであろう対応をげる。

 

「普通の女性ならば近くの宿を紹介するし、女の子ならば親を探すだろう」

「き、貴君きくんには家に女を連れ込むという発想はっそうがないのか?! 」

「いやそれ普通に犯罪だから」

「知らない人ではなくても知っている人なら泊めるんじゃないか? 」

生憎あいにくオレの家に女を泊めたことは——」


 と、記憶を辿さかのぼり……あったわ。

 無理やりにでもついて来るダリアを泊めたことは確かにあった。

 が。


「ない! 」

「いや、今の間! 絶対にあっただろ?! 」

「そんなことは無い。オレ ハ ウソ ヲ ツカナイ」

「カタコトなのが余計よけいに怪しい! 誰か泊めたことがあるのなら私も泊めろ! 」


 最初の大人びた雰囲気から一転。

 ホムラが駄々だだをこね子供じみてきた。

 最初は少し演技えんぎをしていたのだろうか?

 いや、両方ともであるということも。

 

 このままだとわめらして泊めるまであきらめないパターンにおちいりそうだ。

 このパターンはすでにダリアで苦渋くじゅうめている。

 故によくわかる。

 この雰囲気。絶対に泊めるまで喚くだろう。


 しかしリリの村にあるオレの家。

 そこにこの美女? いや美人形? を中に入れるとオレが家に女を入れているとたちまち噂になる。

 ダリアならば村の人もなんやかんやで「いつものことか」で終わるがホムラはそうじゃない。

 必ずいらないひれがついてそれが村中にめぐるだろう。


 と、言っても彼女が言う通り女性を道に放り出すのは気が引ける。

 それが例えしゃべり、動く、奇妙な、美しい人形だとしてもだ。


 最悪なのは彼女が「人形である」ということがバレて「美しい人形を家に持ち込みえつひたる変人」というあらぬ噂が飛び交うことだ。

 こうなると村にいられなくなる。


 彼女を泊めるにはリスクが大きすぎる。

 だが、だからと言ってこのまま放置したらオレの事をどう風潮ふうちょうするかわからない。


 しかし……。


 やはり可哀かわいそうだ。

 これから雨風あめかぜを防げる場所を探さなければならないと思うと余計に。

 隣村まで案内してもいいのだが残りそうな雰囲気。

 一応リリの村にも宿屋はある。だが彼女は納得しないだろう。


 ……放っておけないな。

 仕方ない。


「……わかった」

「本当か! 本当にいいんだな! 」


 必死な顔から一転満面まんめんの笑みで彼女は確認してくる。

 そう言えば人との交流が目的と言っていた。

 好奇心こうきしん旺盛おうせいなのだろうか。

 そのために家に泊めろと言ったのか? 

 少し考えつつとりあえずの注意事項を話しておくことに。

 

「次の村か町に行くまで出来るだけ騒ぐなよ? 」


 するとすぐに顔をらした。


 こ、こいつもしかして居座るつもりか?

 顔を少し引くつかせながら「どうにか対処たいしょを考えないと」と思いつつオレは村へ戻った。


 ★


「あら~、ゼクトじゃない」


 声がする方向をみるとそこには一人の女性が。

 くそっ! 見つかった。

 山から家が近いと思って油断ゆだんした!

 可能な限り見つからず、家に辿たどり着こうとしたのに!


「お、おはようございます」

「はい。おはよう。朝から早いわね。冒険者の依頼ってやつ? 」

「え、えぇ……。まぁ」

「助かるわぁ。私達も山に入れればいいんだけど、ほら仕事があるじゃない? 」

「そ、そうですね」


 冷や汗を流しながら目の前の村人の話に合わせる。

 可能な限り後ろにいるホムラに気を取られないように。


「あら? そちらのお嬢さんはどうしたの? 」

「こ、こいつは……」

「私はホムラだ! よろしく! 」


 彼女がするどく後ろにいるホムラに目線を飛ばしオレに聞く。

 どうにかして言い訳を考えつつ時間稼ぎをしようと思うといきなりホムラが名乗り上げた。

 下手なことは言わないでくれよっ!


「ん~、この村では見ない服ね。外からのお客さんかしら? 」

「そうだ。これからよろしく頼む」

「はい。よろしくね。ホムラちゃんはこの村に住むつもりなの? 」

「ああ。これから住むつもりだ」

「なら何か手にしょくを就けておいた方がい良いわよ」

「職? 」

「そう。他の人ににらまれたら嫌でしょう? 」

「おお。ご助言じょげん感謝する。確かに嫌だ」


 普通の会話だ。

 大丈夫そうだ。出来ることならこのまま過ぎ去ってくれると助かるのだが。


「そう言えば住むと言ってたけれどどこに住むのかしら? 家でも買うの? 」

「いや。こちらのゼクト殿が善意ぜんいで家に泊めてくれる。買う必要はない」


 瞬間、マダムの瞳が怪しく光った。


「あらあら……。ゼクトは良い人よ。仲良く、ね」

「ああ。それは身にみて、感じている。何せ怪我をした、見ず知らずの私を直してくれたからな」

「それは運命的な出会いね。うらやましいわ」

「私も運命的だと思うよ」


 おい口を閉じろ! これ以上誤解を招くようなことを言うな!

 そして良い話を聞いたとばかりにニヤニヤするのをやめてくれ。

 まずい。このままだと話が村中に広がる!

 オレは平穏へいおんに生きたいんだ。


「でもゼクトも罪な人ね」

「? それはどういうことだ? 」

「なんでもないわ」


 軽く手を振り、その後少しばかしの雑談をして噂好きのマダムは山から流れる川の方へ向かっていった。


「……」

「気持ちのいい人だったな! これぞ人としての交流! 」


 満足そうな顔をするホムラに絶望を浮かべるオレ。

 不思議そうに赤い瞳をこちらに向けるホムラがにくたらしいぃ!


「……オワタ」

「なにがだ? 」

「平穏な、オレの村生活が、だ」

「どうしてだ? 」

「きっと噂が飛び交うだろう」

「噂? 」

「オレが女を家に連れ込んでいるという噂が、だ」

「それの何がいけないのだ? 」


 頭にはてなマークを浮かべながら聞いて来るホムラ。

 やはり感性が違うのだな、と感じつつも軽く説明。


「普通は男の家に女を連れ込むことは、それこそ恋人でない限りはない」

「そうなのか? 」

「ああ。故に、恋人でもないホムラを家に入れた場合、噂好きな村人に話が回り、いらない尾ひれがついてそれをネタに遊ばれるだろ」


 軽く空を見つつ、そう告げた。

 ほほに冷たい物を感じつつ拭い、ホムラの方をみると愕然がくぜんとした。

 そしておどおどしながら口を開く。


「わ、私は出て言った方が良いのだろうか」

「その必要は無いよ。もう手遅れだからな」

「そ、そうか」

「本来なら家にホムラを置いておこうと考えていたが、話に尾ひれがつく前にホムラを紹介した方が良いだろう。このまま冒険者ギルドに行って依頼完了報告をしようか」


 気を落としつつもオレ達は一先ずギルドへ向かった。

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