第三話 おっさん、発見する

「っ! 大丈夫か! 」


 しゃがみ込み倒れている女性に声を掛けた。

 白い手を取り手をにぎる。


「冷たい」


 ……。なるほど。気配感知に引っかからないというのはこういうことか。

 遅かったのだろう。

 軽く瞳をつむって黙祷もくとう


 一度立って前を向く。

 彼女が通ってきたのだろう。草は分かれて道が出来ていた。

 もしかしたら必死に何かから逃げていたのかもしれない。

 不規則に分けれた道を見ながらそう推察すいさつする。


 軽く見下ろす。

 豪華な衣装いしょうだ。少なくともこの付近で見かけるような服ではない。

 白いシャツに赤いミニスカ。赤いジャケットを羽織はおった彼女は茶色いロングブーツと黒いグローブをめている。

 どこかの国の貴族のような服装だ。

 いや記憶が確かならば、少なくともこの国の貴族夫人やその娘はこういった少し露出ろしゅつの多い服装は着なかったか。


 前のめりで倒れているため顔は見えない。

 だが長く赤い髪に白い肌が見える。

 その白い肌には所々傷が。


「どうしたものか」


 明らかに異常事態である。

 彼女が来たと思われる方角は山脈。

 どういう経緯けいいでここまで来たのかは知らないが普通は通らない道。

 厄介事を持ってきたのは確かだ。

 可能ならばあの世まで厄介事を持って行ってくれると助かるのだがそうは言ってられない。

 もし彼女がここに辿たどり着いていると、探している側がかんづくと村に、国か他国かが捜査そうさに来そうだ。

 ならば誠実せいじつにこの事を村長に報告し、領主様へ報告してもらうのが一番だろう。


「ここに放置すべきか、遺体いたいごと持って帰るべきか」


 証拠しょうことして持って帰るという選択肢はある。

 だがそれはそれで……嫌だな。

 かといって放置するとモンスターや動物に荒らされる可能性があるのも確か。

 持って帰る一択いったくなのだがにじあふれる厄介事の雰囲気がそれを躊躇ためらわせていた。

 それに女性の遺体いたいに触るというのも……。


「はぁぁぁ。仕方ない。流石に置いて行くにはいかないな」


 一人呟きながら再度しゃがみ込み彼女をつかんだ。


 が、少し異変を感じる。


 ? 何だこの感触。


 つかんだ腕から少し手を離す。

 そして再度同じところを触るとやはりおかしい。

 人のそれのようだがどうにも違う感触だ。

 何か無理やり人の肌に似せているような。

 モンスターではなさそうだし、そもそも高位モンスターが擬態ぎたいしているのならつかんだ瞬間に襲ってくるはず。

 しかしその気配はない。


 再度キュッとにぎる。

 そして違和感がわかった。


「冷たいんだ」


 そう。冷たすぎる。

 さっき音がしたということはそれまで生きていたということ。

 ならばほのかでも体は温かいはず。

 しかし彼女はあまりにも冷たすぎる。


 体をひっくり返して外傷を確認する。


 そして更におかしなことに気が付く。


 傷が少なすぎる。


 まずもって服に傷がない。

 それに腕や足には木に引っかかったかのような傷はあるものの動物やモンスターにやられた傷が見当たらない。

 もし外傷が原因で死亡したのならもっと傷だらけのはずだ。


 それに血が出てない。

 これもおかしい。

 何故血が出てない?


 毒物にやられた可能性もある。

 しかしそれでも体から温かみが抜けているのはおかしい。


「分からない事ばかりだ」


 と、思いふとあらわになっているひざを見た。

 そして愕然がくぜんとした。


「なっ! え? 空洞くうどう?! 」


 女性のひざを四十近いおっさんがのぞき込むという危ない構図が出来上がるもそれを気にせずのぞき込む。

 ひざにも傷があったのだが、ひざの傷は少し深かった。

 だがその傷の先には本来あるであろう人の骨のようなものがなかった。


「なんだこれ」


 腰を地に着け考える。

 訳が分からないな。

 冷たい体に空洞くうどうな中身。まるで人形のような……。


 人形?


 一瞬頭をよぎるものがあった。

 人形。


 人型魔導人形マギカ・ドール?!


 その答えに行きつき腰を浮かして彼女の方へ近寄る。

 危ない構図が再度できてしまったが仕方ない。

 好奇心には勝てないのだ。


 魔導人形マギカ・ドール

 王都にいた頃聞いたことある。

 確かほとんどが動物をした人形で、魔力で動くんだったか。

 人型があるとは聞いたことは無いが、あってもおかしくない。

 どこかの、クレイジーな技術者が作る可能性は幾らでもある。


 値段はけた外れに高いと聞いたが……それがなぜこんなところで倒れている?


 こんな高価なものを山に捨てるか?

 瞬間ぶわりと体中があわ立つ感じがした。


 すぐさま感知を全開にしてそこから離れる。


 これを拾うところをみて誰かに罪をなすり付けようとしている者がいるのかもしれない。

 もしくはそれをみつつかけけ事でもしている貴族か。


 瞬時に下山しようとすると——


「うわぁ!!! 」


 目の前に炎の壁が出来上がった。

 尻餅しりもちをつき炎を見上げる。


 なんだ! なんだこれは!!!


 カタカタカタ……と魔導人形から音が聞こえる。

 嫌な予感がしつつもそちらをゆっくりと向くと空を向いていた顔がこちらを向いていた。


「ひぃ! 」


 瞳孔を開けたまま小刻こぎざみに首が動いている。


 本当になんなんだ!


 そして立ち上がろうとしているのか足を動かしている。

 しかし立ち上がれない。

 腕をささえにして立ち上がろうともするがそれでも立ち上がれない。

 恐らく両足のひざがやられているのだろう。


 不気味に動くそれをみつつ恐怖にられる。


 前に戦ったBランクモンスター以上だ。

 アンデット系モンスターよりも恐怖を感じる。


 向こうが動くとオレが震える。

 やべぇ! 本当にヤバいのに関わってしまった!

 あれほどに注意していたのに!


 どこか、どこか逃げれる場所は!


 探すが、見当たらない。

 炎の壁が周囲一帯を囲っている。

 しかし何故か木に燃え移っていない。

 その異常な現象が更に恐怖をき立てる。


 カタカタカタ……。


 音が止まない。


 そ、そうだ! 名案みょうあんを思い付いた!


 た、確か魔導人形マギカ・ドールは魔力が尽きたら動かないはず。

 ならばこの現象が終わるまで時間をかせげば。


 いや待て。

 これがもしこの人形でなくて隠れている、オレが感知できない高位の魔法使いによるものだったら?

 有り得る。

 オレの感知をはるか上に行く術者が隠蔽いんぺい系の魔法で隠れたら気配感知も危機感知も魔力感知が起動しないだろう。


 絶望的だ。


 落ち込み、下を向く。


「ははっ……」


 結局の所、不測の事態というのはどんなに準備しても起こるものか。

 見えないところから魔法なり武技で攻撃されたらそれでおしまいだ。

 恐らく政争せいそうか何かで罪人としてまつり上げる何かが必要だったのだろう。

 そしてえさとしてこの人型魔導人形マギカ・ドールを置いて来た、と。


 魔導人形マギカ・ドールをみつつそう思う。

 いや、最後に人型魔導人形マギカ・ドールをみれただけでも満足か。

 くいはある。

 『もしもあの時』を思い返すといしかない。

 だが、もう終わりか。


 下を向き攻撃が来る長い時間を待つ。

 しかし何も来ない。

 不思議に思っていると魔導人形マギカ・ドールの動く音が消えていた。

 目線を上げてそれを見る。

 するとピンク色のくちびるが動いたように見え——


「……な、お……せ」


 本来放つはずのない言葉を放った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る