第二話 おっさん、薬草を採取する

「さて。やりますか」


 と、網籠あみかごを持った状態で山の入り口で軽く意気込んだ。

 きゅっと網籠あみかごを引き寄せ深く息を吸う。


「身体強化」


 武技——武術気力活用法技術——『身体強化』を使い体中に『気』を巡らせ老いた体に活力かつりょくを。

 続けて……。


軽量化ウェイト・ダウン移動速度上昇スピード・アップ


 魔法を用いて自身に強化をほどこし、軽くなった体を少し動かす。

 よし。大丈夫そうだ。

 流石に薬草採取だから筋力増強パワー・ライズは大丈夫だろう。

 モンスター退治じゃないし。


 オレは今年で三十九歳。

 山を登るだけならまだしもモンスターがいる山を行くには少し厳しい。

 モンスターに注意しながら山登りをするというのも中々にハード。

 ここらへんで出るモンスターに後れを取ることは無いが出会わないにしたことは無い。


 オレは魔力が多い方ではない。

 だからモンスターと戦闘になる前に魔力を多く使うのはよくない。

 戦闘時に攻撃魔法とかがあまり使えなくなるからだ。


 武技も強力なものを持っているわけではない。

 ただ幾つか特技になるものはあるが使わないに越したことは無い。

 何せ武技の発動にはその発動難易度におうじた精神力を消費するからだ。

 故に可能な限りモンスターを避けつつ移動したい。


「登るか」


 一人呟きながら山道へ足を踏み入れた。


 ★


 朝の日差ひざしが木々のからこぼれてくる中、前を進む。

 かまで草を分けつつ先へ行くと見覚えのある光景が。


「……いつ見ても思うがなんでスタミナ草の葉はハートの形なんだ? 」


 群生地に着くと自然と言葉がこぼれてしまった。

 しかし本当に何故だろうか。

 昔からある薬草ではあるが聞いたり資料を読んだりしても姿が変わっている様子はない。

 ま、薬草に使えるのならばいいかと思いつつも採取に取り掛かった。


 今回必要なのは葉っぱの部分。

 よって本来ならば手に持つ小さなかまは必要ない。

 しかしこれはちょっとしたこだわりのような物だ。


 オレの背丈せたけの三分の二ほどある大きなスタミナ草を見下ろし葉の付け根の部分にかまを入れる。

 一瞬でかまで巨大な葉を切り取りそれを後ろの網籠あみかごへ入れた。


 普通の、それこそFランク冒険者ならば手でちぎってとってもいいんだが、どうしたら群生地を荒らさずに採取できるのか考えた方法がこれだ。

 葉だけを採ると言っても乱雑らんざつに扱い過ぎるとくきや他の部分がくさり後に群生地ごと無くなりかねない。

 そう思い考えた方法。

 まぁ、本当に効果があるかはわからないけれど。

 と、考えつつオレは採取を続けた。


「一先ずこれでいいか」


 採取依頼で受けた数より少し多めにとって軽く額の汗をぬぐう。

 ぬぐい終わるとり取った全体をながめた。


 大体群生地の三分の一ほどだろうか。

 かなりの量である。

 採ったオレもそうだが発注した人達も中々に豪快ごうかい

 恐らく治療院で使うんだろうが、これが稀少素材ならすぐに枯渇こかつしていただろうと思いつつも、まだある群生地の事を考えた。


 この山にはスタミナ草の群生地がいくつもある。

 だからそれを順番に回りつつ採取している。

 一気に採ると、最悪群生地が無くなるかもしれないからだ。

 そうなると依頼を受けるのに困る。

 なにせ皆群生地があること前提ぜんていで依頼を出しているからだ。


「あ~。こりゃ一回報告しとくか」


 ぽつりと呟き次の採取地点の変更を提案しておくことに。


「村長にも言っておいた方が良いか? ま、採取しないだろうが」


 村の人でももちろんスタミナ草の採取は可能だ。

 冒険者に依頼するよりも村人の誰かが付きっ切りでやってもらうほうが安上がり。

 しかし村の人達はそうしない。

 村の人達は何かしら職にいて常にそっちを優先しているからだ。

 よって村人がスタミナ草を採ることはあまりない。

 最も緊急の用事がなければの話だが。


 かくいうオレも村人としての役割はある。

 それは大工だ。

 ま、大工と言っても簡単なもの。

 本格的な工事とかは隣村に行くか、それこそ王都に行って職人を雇わないといけないのだが。

 冒険者業のかたわ趣味しゅみ程度で覚えた魔法が村の役に立つとは思わなかった。

 歳で冒険者をやめたらそっちを本格的に頑張ろう。


「にしてもスタミナ草を採取しに行くだけで武技を使わないといけないとは。本格的にまずいな」


 そう呟いて苦笑い。

 山を登る時に武技や魔法を使って体を強化したのは慎重をするだけではない。

 単純に体が悲鳴を上げてきているのだ。


 これが十代、二十代なら強化せずに難無く山に入りモンスターをほうむっていた。

 だが三十も後半を過ぎていくとこの勾配こうばいを登るには少々きつくなってきた。

 そして四十が近い今日この頃ではもはや強化なしでは登れない。


「全く歳はとりたくないな。いやせめて長命種のように肉体だけでも全盛期のように動かせれればいいんだが」


 軽く村の方角を見る。

 リリの村は人族が多い村だ。しかし少数ながら、ダリアのように長命種もいる。

 ダリアはオレと近い歳だが、それをはるかに超える三百歳以上の人もいる。

 かといって老いているというかとそうではない。

 まだ若々しい姿をとり今も軽々と体を動かしている。

 うらやましい限りである。

 そう言っても人族に生まれた以上、この寿命からは逃げれないのだが。


「ま、文句を言っても仕方ない。降りるか」


 と、独りちて来た道を下った。


 ★


 道を下る途中「ガサッ! 」と音がした。

 その方向に顔を向ける。

 誰も見えない。


 村人か?

 時折肉を調達ちょうたつするために狩人かりゅうどをしている人が山に入ることはある。


 気配感知。


 いないな。

 更に感知範囲を広げるがわからない。

 特に危機感知に引っかかるようなものでもないようだ。

 なんだ? 音だけ?


 生物のたぐいじゃない?


筋力増強パワーライズ


 瞬時に判断し自身に強化をほどこす。

 腰にある短剣ダガーを引き抜き軽く構えた。


 近付くか?


 得体の知れないものには近づかないのが得策とくさくだ。

 未知ほど恐ろしいものはない。

 危機感知に引っかからないことを考えるとそれほどの脅威ではないのだろう。

 それに気配感知にもかからないのならばモンスターでもない。

 しかし何があるのか確認して村長とギルドに報告した方が良いのも事実だ。


「厄介事に首を突っ込む気はないんだが」


 呟きながら考えをまとめた。

 行くか。


 感知を全開にしつつ音の方へ足を向ける。

 ザ、ザ、ザとオレの足音がする。

 しかしそれ以外何も聞こえない。

 わずかにしていた音も聞こえなくなっていた。


 草を分け、開けたかと思うと木に近寄り身を隠す。

 ここまでしなくてもいいとは思うが念のため。

 そして更に進む。


 草を分け、前に進み、草を分け……。


「うぉっ!!! 」


 草をかまで分けた所に一人の女性が倒れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る