jb_10

 一日の中で、浴槽に浸かっている時間は何よりの至福だ。あらゆる喧騒やあらゆる雑念から解放され、身体中が水と一体になる感覚を味わえる。

 水というのは創作において切っても切れない存在だ。精神や無意識は水に例えられやすい。世紀の傑作を水場で思いついた、という話は少なくないし、そういったものはほんの一瞬で物語の全てが完成しているものだ。


 私は今のところ、お風呂場で作品のアイディアを思いついたことが無い。というか、そもそもここで構想を練りたくない。お風呂場と睡眠中くらいしか、私の脳は休んでくれないのだから。

 私のような凡人は、うんうん唸って考えて、常人の十倍や百倍の思考と苦難を乗り越えてようやくスタートラインに立てるのだ。だから一日中、何をしている時も常に創作の世界に片足を突っ込んでいなければならない。

 つくづく、難儀な職業だ。かつての文豪には精神を病んだり、命を絶つ選択をした人も少なくない。それは創作という終わりなき賽の河原に飲み込まれ、帰ってこられなくなった結果なのだろう。


 いつか私も、文字の海に喰い殺される日が来るかもしれない。

 なればこそ、本望だ。そう言い切れるだけの覚悟があれば良かったのだけれど。私はやはり凡人だ。


 浴槽の縁に手を添えて、昔住んでいたマンションを思い出した。今よりも少し狭いお風呂場だったけれど、当時高校生だった私には精一杯の額だった。

 奨学金、アルバイト、執筆活動。常にお金の問題がついて回り、クラスメイトが部活動や放課後のカラオケ等々に勤しむ横で、私は書店のアルバイトと執筆に追われていた。楽しかったとは言えない。事実、何度も逃げ出そうとしたし、最悪の結末に手を伸ばした事もある。


 浴槽に顔を添える。ほんのりと冷たい陶器の感触が頬を伝う。

 今まで何度、お風呂場に剃刀を持ち込んだだろう。

 今まで何度、知らない屋上から見下ろしただろう。

 今まで何度、鳴り響く踏切を見つめていただろう。

 そして何度、明日へと残した昨日を呪っただろう。


 それは思い返すほどに喉元を締め付ける、影に塗れた残像だ。それを振り払うようにして、私は浴槽から上がった。

 身体を拭き、ドライヤーで髪を乾かし、顔にパックを付けた。


「せっかくお肌が綺麗なんだから、ちゃんとケアしなきゃ駄目だよ!」


 昔、陽薫はそう言って私にフェイスパックの箱を渡してきた。言われるがまま、私は顔に貼り付けた。なるほど、ドラマなんかでよく見る光景だ。能面みたいな自分を見ると、人間になったような気分だった。

 それからは彼女がくれたものと同じそれを買い続け、律儀にケアを続けている。シャンプーも彼女に選んでもらったものだ。ブロッサムの香りが心地良い。乳液も陽薫のオススメだったかもしれない。


 あの子は美容に対する嗜好が高い。あるいは二十歳そこそこの女性はみんなそうなのかもしれない。

 特段生活力の無い私には、何もかも面倒に感じてしまうけれど、その手間こそが彼女達にとっては楽しい儀式なのかもしれない。

 私が手作業で料理をする事に固執するように。顔面を好きなように工事するというのは、世界がどれほどデジタルに染まろうと終わることのない、強固なアナログ文化なのだろう。


 ぺりっ。フェイスパックを取り外し、煙草に火をつける。諸々のケアはちゃんとするけれど、不健康な煙もまた辞めるつもりは無い。紫煙と創作物はコーヒーとプリンくらい完璧な取り合わせだ。


 二階のベランダに出ると、眼前には宵色の街が広がっていた。整然と並ぶ戸建住宅の群れから、大小様々な灯りが零れている。

 この灯火の一つひとつに誰かが生きていて、長大な人生を胸に抱えて眠ろうとしている。

 当たり前の事だけれど、立ち止まって考えなければ気付かない。私達は途方も無い偶然を容易く受け流してしまう。


 夜風が少し冷える。私は煙草を咥えたまま、屋内へと戻った。そういえば荷物が届いているはずだ。玄関を開けると、宅配ボックスに荷物が入っていた。

 かつてはインターフォンが鳴り、荷物を受け取って伝票に判子を押していた。ネットショップで買い物をしても、受け取る時には家にいなければならない、という不便さが存在した。

 いつしか対面は不要となり、判子を押すよりも遥かに優れた選択肢セキュリティが無数に現れた。

 何処へも行かずに買い物が出来る。

 誰にも会わずに全ては受け取られる。

 私達はもはや、誰にも触れ合う無く生きていけるようになった。

 便利になるというのは、怠惰の許容だ。あるいは孤独の一般化だ。

 私はキャットフードの入ったダンボール箱を持ち上げ、家の中へ戻った。


 このダンボール箱には、「雪待夜鶴様」と宛名が書いてある。アマゾンには私の所属する管理局セグメントから提供される個人情報を参照している。それ以上の追跡トレースは許可されない。

 この名前は元々偽名だった。いや、通名と言った方が適切だろうか。


 昔々、名前を変更するには長い労力が必要だった。例えば田中太郎さんが田中一郎さんに名称変更したかったら、まずは「一郎」宛の手紙を沢山集める必要があった。

 日常的に「一郎」を使っていて、様々なところと「一郎」でやり取りをしています。だから今日から「一郎」として生きたいです。そういう地道な努力が不可欠だった。

 名前という、戸籍という、聖書の時代から存在する鉄鎖。それをとする事は忌避されるほどの叛逆だった。

 

 けれど今は、デジタルな戸籍の価値がアナログなそれを上回った現代ならば、その所有権は常に私にある。

 名乗りたい名前を使い、それを信用した管理局セグメントに託し、教えたい人や企業にだけ情報を開示する。

 私が「私」を所有することは、西暦二〇三五年になってようやく常識になった。


 ――複合現実ミックスド・リアリティという利便性アクセシビリティ

 ――デジタルな戸籍という秘匿性コンフィデンシャリティ

 ――そして、物語という拡散性バイラリティ

 私の望む全ての要素が、ようやく揃った。

 あとは物語を完成させ、世に放つだけだ。

 けれどこの時代に、物語は世界を変え得るだろうか。物語は人間性を変え得るだろうか。

 テクノロジーの変革以上に厳格な人々の価値基準に、たった一人で風穴を空けられるだろうか。


 けれど、それでも私がやるしか無い。

 例え八十億の非難によって、磔刑にされようとも。同じように恐怖と苦悩に溺れる「同志」たちを救うために。私が始める。

 私と、ほんの僅かな同志たちを救うために。

 何度も諦めようとした生を、再び肯定するために。


 そして何よりも。

 ――私も手伝いたいの。

 ――私は多分、夜鶴ちゃんを傷つけてしまったから。

 ――夜鶴ちゃんが哀しいなら、私も哀しいよ。


 陽薫。

 貴方をも救うために、私は闘う。

 貴方の天国が晴れ渡るのなら、私の海辺に傘はいらない。

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