rn_05
クリームパンを絶やしてはならない。
私が総理大臣になったら、それを名言として刻みたい。クリームパンといちごジャムパンを絶やしてはならない、でも良いかもしれない。
けれど通学路にあるコンビニさんはとっても偉いから、クリームパンの在庫は決して無くならない。バックヤードで焼いているのかと思うほどに無くならない。何なら放課後に立ち寄っても残っている。いわゆるその、何だっけ、コードレス? ジュード・ロウ? いやフードロスだっけ、そういうのにならないのかな。
私の脳内は放課後のクリームパンで支配されていた。クリームパンというのは祝福の中で食するべきものである。悩みも悲しみも後悔もなく、ただ私とクリームパンとの果てしない対話こそが至上の喜びだ。だからこそ、勤勉と惰眠を経た放課後に、私は祝福を授かりに行くのだ。
しかし今はまだ四時間目。素敵な素敵なお昼ごはんが待っているのだ。
チャイムが鳴ると同時に、私はクソデカお弁当箱を取り出した。いざ出陣じゃ。
「陽薫ちゃん、今日はどうするの?」
彼女は夜鶴ちゃん以外で親しくなった貴重な友人だ。私はクラス内で特段浮いているわけでなく、かといって誰とでも仲良しなわけでもない。元気が取り柄の人畜無害なヤツ。多分みんなそう思っている。
その中で継未ちゃんは、夜鶴ちゃんの次に興味を引いた子だった。身長は私よりも小さくて、いつも目を伏せて縮こまっている。リスと人間が入れ替わったらこんな感じだろうな、と思っていた。
彼女と親しくなったきっかけは、ほんの些細な出来事だった。
夜鶴ちゃんと仲良くなってから数日後、私は寝坊した。それ自体は珍しいものでもない。目覚めたら始業十分前、なんて慣れたもので、私は目覚めると同時に全裸となり、制服の装備を行いつつ食パンを三枚掴み取り、口の中にまとめて押し込んだ。
アンパンマンみたいに頬を膨らませながら、
「いっふぇふぃふぁふ!」
いってきます、と叫んで家を飛び出す。遅刻時専用秘密兵器、ママチャリに跨りペダルを通常の三倍の速さで回転させた。
爆速で通学路を進軍していると、前方で懸命に走る女子高生が見えた。しかし自転車の速度と女子高生との距離を比較するに、どう考えてもその子は鈍足だった。というか走るフォームからして運動出来ないであろう走り方だった。
私はちりりん、と鈴を鳴らしてから、
「でででーん! でっでっでっでーん!」
彼女の目の前でママチャリをドリフトさせた。気分はさながらAKIRAの金田だ。
「暴れん坊将軍!」
決め顔をする私に、彼女はぽかんと口を開けていた。息を切らす彼女に、私は手を差し伸べる。
「君も寝坊か! 奇遇だね私もだよ! さあこの赤兎馬にお乗りなさい!」
「え、で、でも二人乗りしたら怒られちゃうよ」
「その時は私が誘拐したって自白するさ! ほら、遅刻しちゃうよ」
彼女の手を掴んで、後ろの荷台に座らせた。私よりも背が小さく、余りにも華奢な身体つきだ。
だから二人乗りになっても然程負担は増えなかった。
「同じクラスだよね。私、姓は音峰、名は陽薫。よろしくね」
「あ、私、
「継未ちゃんね、よろしくぅ! 行くぞ赤兎馬!」
「あ、あのっ赤兎馬は吉宗じゃなくて、呂布のお馬さんだよ」
「マジで? じゃあ暴れん坊将軍って呂布なの? 呂玲綺とか出てくるっけ?」
「えっとそうじゃなくてね、暴れん坊将軍は徳川吉宗で――」
そんな雑談を校舎に辿り着くまで延々続けた。というか私がひたすらに喋り続け、継未ちゃんは健気にもその全てに返事をしてくれた。
教室に着く頃にはすっかり絆が芽生えており、各々の席に着く前には、
「継未ちゃん、君は今から
「あ、ありがとう……陽薫ちゃん」
こうして私に、二人目の友達ができた。しかしここで問題となるのがお昼ごはんだ。せっかく夜鶴ちゃんと仲良くなれたけれど、いきなりこの二人を引き合わせるのは宜しくない。二人共人見知りっぽいし、何より夜鶴ちゃんは余り人と関わらないタイプだ。
現に彼女は、教室で私に話しかけてくることなど一度も無い。お昼休みには例の階段でご飯を食べるけれど、会話することも殆ど無い。
友達……のはずだけれど、夜鶴ちゃんは私と一緒にご飯を食べること、嫌がっているんじゃないかな。そう思う時は少なくなかった。
それでも、
「今日はねー、魔王から世界の半分を貰う旅をするの」
「雪待さんのところ、かな。じゃあ私も部室で食べてくるね」
「ごめんね、ありがと!」
ものの数週間で、継未ちゃんは私との会話の仕方を完璧に理解していた。引っ込み思案ではあるけれど、柔軟な脳みその持ち主だ。
継未ちゃんは文芸部だから、私と予定が合わない日は部室でほかの部員たちとご飯を食べている。
それでも、私が夜鶴ちゃんにこだわるのは。
悔しかったのだ。どんな人間とも程々に仲良く出来る自信があった。しかしここまで頑強な壁を設けた人間と出会ったのは初めてだった。だから余計に、たとえ彼女が嫌がっていたとしても、私は殊更に仲良くなってみたかった。
仲良くなって、スターバックスの何とかかんとかフラペチーノを飲みに行こう、と誘われる日を想像していた。あのクールで一匹狼でウルトラビューティ夜鶴ちゃんが、そこまで心を開く様が見たかった。
だから、
「夜鶴ちゃん、暴れん坊将軍は赤兎馬じゃないんだって!」
私は彼女の扉をノックする。
幾重にも施錠されたその扉が開かれるまで。
あるいはその扉をこじ開けるまで。
いっそ、扉を引っこ抜いてでも。
私は、夜鶴ちゃんの素顔を見てみたかった。
好奇心は猫をも殺す。あるいは、好奇心こそ猫ほど愛おしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます