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お昼ごはんは全部味噌ラーメンで良い。
高校一年生の春、私は味噌ラーメンで頭がいっぱいだった。
教室ではお弁当をつっつく人達がいて、食堂へ行けば溢れんばかりの陽気な――あるいは陽気であることを義務付けられた――面々がワイワイと騒いでいる。
食堂の甘ったるいカレーも美味しいけれど、油がベトベトに付いたコロッケも好きだけれど、私は味噌ラーメンが食べたい。出来ればバターを載せて。
しかし残念ながら食堂には麺切り職人がいない。だから仕方なくお弁当を食べることとしている。いつか水筒に味噌スープを入れて持って来たい。
私は幾人かのクラスメイトとご飯を食べる仲になったけれど、あんまり話題も合わないからそこまで乗り気では無かった。それよりも、入学以来話しかけるチャンスを伺っている人物、雪待夜鶴さんのほうにこそ興味があった。
彼女はお昼ごはんになると瞬く間に姿を消す。ゴキブリみたいに……と言うとあんまりにも失礼だ。チーターみたいに……と言うと必死こいているように感じられて何か違う。
そう、鴉みたいに! 鴉って格好良い。ゴミを漁る一面には目をつぶって、あの格好良さで彼女を装飾したい。鴉のように素早く消える。
私はどうしても彼女の行き先が知りたくて、ついに六月のある日、捜索する事にした。
適当に理由をつけてクラスメイトの誘いを躱し、私は校舎の中を練り歩く事にした。出来れば早く見つけたい。お腹空いた。歩くのしんどい。
彼女はいつも本を読んでいる。つまり図書室だ! 意気揚々と、確信を持って扉を開いたが誰もいなかった。よくよく考えれば、本にまみれた空間でご飯は食べちゃいけない。ハズレ。
そうなるとまるで検討がつかない。捜索といいつつ図書室以外考えていなかった。ねえマグノリア、雪待夜鶴さんを探して。すみません、よく分かりません。そういう脳内会議が始まって終わった。
疲れたから、図書室の隣にある階段の一番上で食べることにした。流石に人が通りそうなところでお弁当を広げるのは凄く失礼。だから一番上の階まで登れば大丈夫だろうとタカをくくった。
うんとこしょ、どっこいしょ。体力には自信があるけれど、腹ペコ陽薫ちゃんでは力が出ない。今すぐにでも柱に齧りつきたい衝動を抑えながら両足をせっせこと運ばせ、ようやく頂上へたどり着いたというところで、
「はえ?」
私は人生で五番目くらいに情けない声を上げた。二番から四番は特に決めていないが、一番は決まっている。そして恐らく死ぬまで更新されることはない。今思い出しても暴れそうになる。
小学校の卒業式、私は着席するときになぜか椅子のないところにお尻を下ろしてしまった。完全に下半身の力が抜けていた私は、それはもう情けない声を上げた。体育館中に響き渡る大きさで、全生徒の涙を一瞬で蒸発させる珍妙さで。私はでっかく尻餅をついたのだった。
それはさておき、私は驚いたのだった。一番上の階の踊り場には、紛う事なき雪待夜鶴さんが座っていたのだから。彼女は壁にもたれかかりながら、携帯食料をくわえていた。左手には何かの文庫本をもっている。器用にも片手でページをめくっていた。
「夜鶴さん……?」
私が声をかけると、彼女は親指を栞代わりに本を閉じ、私を見上げた。その目はやはり鋭くて、そして余りにも美しい睨み方だった。
「誰?」
「あ、えっと、一応同じクラスなんだけどな……苗字は音峰、名は陽薫。貴方を探していたの」
「どうして」
「あー、えっと」
そういえば探す目的を考えていなかった。そもそもどうして私は彼女を探そうと思ったのだろう。入学の時の自己紹介が格好よかったから、とか? 美人さんとおともだちになりたい、とか?
どちらにせよ、彼女が不快に感じそうだ。そんな取り繕った言葉で誤魔化せるような人ではなさそうだ。現に彼女、すごく頭がいいみたいだし。国語も英語も世界史も、だいたいスラスラ解いている。この間の中間試験も一位だか二位だか、私には一生取れそうもない順位を取ったらしい。
美人で頭もよくて、なのに誰とも仲良くなろうとしない孤高の人。だから彼女は噂になりやすかった。良いところのお嬢様なんじゃないかとか、いや帰国子女だろうとか、この間野良猫を追いかけていたとか。最後だけ妙に真実味がありそうで笑える。
噂が立つということは、実際の彼女を知る者は恐らくいないのだろうということ。そしてそういう高い高い壁を作る人は大抵目ざとく、相手の仕草や口調から嘘や詭弁を見抜いてくる。ミステリアスな人はエスパーみたいに人の心を読むと相場が決まっている。映画でもアニメーションでもお約束だ。
私は、嘘をつかない事にした。
あの自己紹介をさせられた日からずっと、疑問に思っていた事。美しい顔立ちに負けず、余りにも美しい名前を持つ貴方は、きっと偶然の産物なんかじゃない。
だから私は、嘘偽りない言葉を彼女に告げた。
「自己紹介さ、凄く面倒くさそうにしてたじゃん」
「それが何?」
「ほら、周りから疎まれたら怖くないかなって」
聞きながら、絶対この人はそんな事気にしないと確信していた。周りに興味がないか、一人で居続けたいだけなのか、どちらが正解なのかは分からないけれど。
「ARで個人情報なんてすぐ見られるのだから、やる必要性を感じなかった」
彼女はこめかみをとんとんと叩いた。私達はコンタクトレンズ型の薄っぺらい機械でカラフルな世界を見られる。
「ならどうして――」
確かに私の視界では、「雪待夜鶴」という名前が表示されている。けれど。
「どうして偽名を使っているの?」
彼女は本を音高く閉じた。
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