第33話 条件を教えて下さい

 慌てて、私達も下へ降りて、旦那様の無事を確認しに行くと、旦那様はキックス様の上に寝そべったまま、ふさふさの尻尾を振って迎えてくれました。


「大丈夫ですか!? 一体、何があったんです?」


 周りに人がいるからか、旦那様は何も答えてはくれません。

 キックス様の方を見ると、息はしていらっしゃいますが、気を失っておられるようでした。


 旦那様は自分で歩行が可能だった為、キックス様は騎士達に任せて、旦那様を連れて、私の部屋へ行く事にしました。


「旦那様、お怪我はないですか?」

「俺は大丈夫だ。キックスが下敷きになってくれたからな。多少、体に痛みはあるが大丈夫だろう」

「それなら良いのですが、キックス様が旦那様を助けてくださったんですか?」

「いや、それがよくわからない」


 私の部屋に入り、ソファーに座ってもらってから尋ねると、旦那様は言葉を続けます。


「正直、キックスが何をしようとしたのかわからないんだ。話したい事があると言われて断ったら、勝手に扉を開けて中に入ってきて、俺を持ち上げようとしたんだ」

「窓から落とそうとされたという事ですか?」

「いや、そうでもないんだ」

「え?」


 意味が分からなくて聞き返すと、旦那様は向かい側のソファーに座った私を見て言います。


「俺を助けなくちゃとか何とか言ってたんだ。どういう意味なのかはわからないが…」

「でも、それでどうして、旦那様と一緒に下に落ちてるんですか?」

「扉から出ていけばローラにバレるから、窓から出ようとしてたみたいだ。ただ、エレノアに何も言わずに出て行く訳にはいかないから…って」


 旦那様が突然、言葉を止めたので、気になって声をかけます。


「どうされたのですか?」

「聞こえていた」

「え?」

「キックスには、俺の言っている事が理解できていた」

「そ、それって…。キックス様がローラ様側ではなくなったという事でしょうか?」

「わからない。確認してみないとな。ジャスミン、キックスは今、どうなってる?」


 旦那様が尋ねると、ジャスミンが慌てて扉に向かいます。


「確認してまいります!」


 ジャスミンが出ていき、足音が遠ざかっていってから、旦那様に話しかけます。


「キックス様に、何があったのでしょう? それに、2階から逃げるつもりだったのに、何も用意していなかったのでしょうか」

「その辺もわからない。ローラと知り合ってからのキックスはおかしかったからな。何か、目が覚める様な事が起きたのかもしれないが…」

「助けなくちゃ、という事は、旦那様が危険な状態だったという事でしょうか」

「そうかもしれん。ただ、今度はあいつが危なくならなければいいんだが…」


 旦那様がしょんぼりした様に見えたので、私は場所を移動し、旦那様の横に座って頭を撫でると、気持ちよさそうにされた後、私の太腿に顎をのせました。


「人間の姿でもこうできたらいいのに」

「顎をのせたいんですか?」

「いや、頭をのせたいというか…」

「膝枕というやつですか?」

「あ、ああ。そうなるな」


 旦那様は、少しだけ躊躇した感じで頷かれました。


「魔法が解けたら良いですよ」

「……早く解いてくれ」

「では、解く条件を教えて下さい」

「それでは意味がないんだ」


 旦那様は大きな息を吐かれます。


 魔法を解ける条件が全くわかりません。

 ヒントが欲しいですが、ラムダ様も旦那様もきっと教えてくれないでしょう。

 このままでは、旦那様の魔法が解けるとは思えません…。

 どうしたらいいものか…。


「旦那様はいつか、魔法が解けると思いますか?」

「ああ。そうならないと困る。一生、この状態でいないといけないのは辛い」

「そうですよね。病気になったりしたら、特に困るでしょうし」


 この国にはお医者様も少ないですが、獣医はもっと少ないです。


 そうなったら、回復魔法を使える人間を雇わないといけない事になるのですが、回復魔法を使える人も少ないので、このお屋敷専属となると雇うのが難しいみたいです。


 私が回復魔法を使えたら良いのですが、これに関しては持って生まれた才能らしく、私ではちょっと無理そうです。


「解けてほしい。そうでないと、色んな意味で辛い」


 旦那様が呟いた時、扉がノックされ、ジャスミンが戻ってきました。


「キックス様ですが、内蔵に損傷があるかもしれないという事で、回復魔法を使える人間を呼ぶ事になったそうです」

「俺が上にのったせいで…」

「それだけではないと思います。2階から落ちましたら、絶対に怪我はしますよ」


 落ち込んでしまった旦那様に、そう声を掛けた後、ジャスミンに言います。


「命がすぐに危ないという状態ではないのですね?」

「はい。連絡をとったら、ヒーラーはすぐに来れるとの事だったようで、大丈夫かと」

「それまでは、キックス様の部屋の周りの警備を徹底する様に伝えてください」

「…どういう事でしょうか?」


 私の言葉にジャスミンが怪訝そうにするので、旦那様が答えてくれます。


「ローラがキックスの命を狙うかもしれない。だから、ローラも部屋に入れないようにしてくれ」

「ローラ様はすでに部屋の中にいらっしゃいましたが…」

「では、絶対に2人だけにしないようにしてくれ」

「承知いたしました!」


 ジャスミンが戻ってきたばかりなのに、また慌てて走って戻っていってくれました。


 ローラ様は一体、旦那様をどうしようとしていたのでしょうか…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る