第34話  納得できました

 ジャスミンが急いで、キックス様の部屋に行ってくれたおかげで、キックス様とローラ様が2人きりになるという状況は、無事に防げたようで、ジャスミンが言うには、部屋から出ていかないジャスミンを見て、ローラ様は鬱陶しそうにしていたと言っていました。


「夫婦2人だけにしてほしい」だとか何とか言われたようですが「キックス様の状態が突然悪化してはいけませんので」と突っぱねたらしいです。

 

 ジャスミンも強気な所は私に似てきてしまいましたかね…。

 でも、相手はローラ様ですから良しとしましょう。


 それから、回復魔法をかけてくれる、ヒーラーの方が来られるまでは、ジャスミンがそのまま、キックス様に付いてくれていたのでした。


 キックス様が回復したとジャスミンが教えてくれた時には、旦那様は人間に戻っていて、やはり、軽い怪我をされていたので、私が傷の手当てをしている途中でした。


「エレノア様、今までの経験が活かせた様で良かったですね」


 ジャスミンが微笑していうので頷きます。


「ええ。木から何度も落ちましたから、怪我はつきものでしたもの」

「令嬢は木に登ったりしないだろう」

「あら、旦那様。それって偏見ですよ。令嬢だから木に登ってはいけないなんて法律はないでしょう?」

「少なくとも、この国にはないな」


 旦那様は少し呆れた顔をして頷かれました。

 そんな旦那様を見て、私は苦笑してから、口を開きます。


「何事も経験してみないと駄目かなと思っていたんです。幼い頃に馬車の中から、平民の子供達が楽しそうに遊んでいるのを見て、羨ましかったんでしょうね…」


 言い終えたと同時に、旦那様の怪我への簡単な手当てを終えて、話題を変えます。


「では、早速、キックス様にお話を聞きに行く事にしましょう。それから、旦那様も、治療を受けて下さい」

「でも、君が手当てをしてくれたじゃないか」

「別にそんな事は気にしなくて良いですよ。それに、毒が完全に抜けきっていなかったら怖いですし、回復魔法をかけてもらって下さい!」


 手を握って言うと、旦那様は素直に、こくりと頷きます。


「わかった」

「私は先に、キックス様の所に行ってきますね」

「俺と一緒に行こう。1人は良くない」

「ジャスミンがいるから大丈夫ですよ。それに、旦那様の治療もそんなに時間がかかるわけではないでしょう?」

「それはそうかもしれないが…」

「大丈夫ですよ、旦那様! お任せ下さい!」


 旦那様は困った様な顔をされた後、首を縦に振って下さいました。


 旦那様とは途中で別れて、私とジャスミンはキックス様の部屋へ向かいます。

 今は、キックス様の部屋には、他のメイドが付いていて、ローラ様を近付けない様に、騎士の方には扉の近くに立ってもらっていました。

 ローラ様は見当たらないようでしたので、部屋に近付きます。


「中に入らせてもらいますね」


 笑顔で言うと、騎士の方は一礼してくれました。

 ノックをして、中のメイドに部屋の鍵を開けてもらい、中に入ると、キックス様は回復魔法をかけてもらったはずですのに、とてもやつれておられました。


「……お義姉さん…」


 ベッドに横になっていたキックス様は私の姿を見て、身を起こそうとされましたので、慌ててベッド脇まで近寄って止めます。


「警戒なさらないで下さい。あなたにお話を聞きたくて来ただけですから」


 キックス様の様子は、今までの彼とは全く違い、げっそりとした表情で、本当に回復魔法をかけてもらえたのか心配になるほどでした。


「身体の具合はいかかですか?」

「大丈夫です。それよりも、ご迷惑をおかけしました」

「…それは、どういう事てしょう?」


 初めてお会いした時とは印象が違いすぎて、思わず戸惑っていると、キックス様は下げていた頭を上げて、私と視線を合わせると言います。


「僕は知らない内に、ローラに薬を飲まされていたようです。たぶん、食事や飲み物に少しずつ入れられていたのでしょう」

「薬というのは…、毒ではないという事ですね?」

「ラムダが言うには、人の人格を変える事が出来るようなものだそうです。真面目な人間は真面目であればあるほど、だらしない人間になる薬です」

「そんな薬があるのですね…。だから、ローラ様も、あんなに常識のない事ばかりされるのですか。納得できました」

「あ、いえ。ローラはあれが素です」

「す?」

「ローラは薬を飲んでいません。元々、ローラはあんな性格なんです」

「…そ、そうでしたか。それは失礼しました」


 何やら、失礼な事を言ってしまったようです。


「でも、どうしてそれがわかったんです? そういう事って、普通は自分では気付けないものなのでは?」

「ラムダが謹慎になる前、僕の所にやって来て、なぜか食べ物をくれたんです。その時の僕は、あんな性格でしたから、疑いもせずに食べました。すると、意識が混濁して…。落ち着いた時には、とにかく兄さんを助けなければいけないと思ったんです」

「どうしてですか?」

「その時は、理由がわからなかったんですが、回復魔法をかけてもらったおかげで、記憶の整理ができました」


 キックス様はそこで言葉を区切り、ベッド脇に立っている私を見上げて言います。


「僕が跡を継げないという事を聞いて、ローラは兄さんが嘘を言っていると思い込んでいます。それが嘘だと証明する為に、仲間を使って、どうにかして兄さんを殺そうと考えているようです」

「どうして、そんな事がわかるのですか?」

「ラムダが教えてくれたんです」


 キックス様の言葉に、私は後ろに立っていたジャスミンの方に、思わず振り返ったのでした。

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