第32話 目の前にあるのかもしれません

「どうしたら良いのでしょう」


 本を取りに行って来ると理由をつけて、自室に戻り、ジャスミンに相談する事にしました。


「どうかなさいましたか?」

「どうもこうも何も、旦那様は私の事を好きなのかもしれません!」

「やっと気付かれたのですか?」


 ジャスミンは大きな息を吐いてから続けます。


「旦那様の態度はわかりやすかったので、屋敷の使用人は気付いていますよ」

「そ、そうなんですか!? いや、でも、まさか! もしかして、旦那様は夢の中で理想の私と出会って、夢と現実を混同されておられるのでは!?」

「そんな訳ないじゃないですか。そこまで、旦那様は現実逃避されておられないと思います」

「で、ですけどっ!」

「旦那様から何か言われたんですか?」


 ジャスミンに不思議そうな顔で尋ねられ、私が先程の話をすると「あら、まあ!」となぜか、嬉しそうな顔になりました。


「どうして嬉しそうなんですか」

「やっと、奥様が旦那様を意識される様になられたのかと思って、喜んでいるんです」

「どういう意味ですか」

「そのままの意味です」


 ジャスミンは優しい笑顔で続けます。


「で、どうされるおつもりなんですか?」

「とにかく今は魔法を解く事を考えなくてはいけません」

「という事は、子作りをされても良いと!?」

「どうして、そっちに話がいくんですか!?」


 熱くなる頬を、冷え性の自分の冷たい手で冷やした後、ジャスミンに向かって続けます。


「確認だけしておきたいのですが、とにかく、旦那様はやはり、私の事を…という事で間違っていないのでしょうか」

「奥様は旦那様の言葉や態度が信じられない様ですので、言わせていただきますが、私はそうだと思います」


 笑顔で答えてくれたジャスミンを見てから、私はベッドの上に座って、彼女に言います。


「私が旦那様をどう思っているかは、真剣に向き合って考えようと思います。でも、その前に、旦那様の魔法を解きたいんです。旦那様は魔法の解き方を知っているようでしたが、教えてくれないんです。ジャスミンは何だと思います?」

「わかりません。でも、たしか、遺書には認められたものだけが、魔法が解けると書いてあったんですよね?」

「そういう意味合いのものが書かれていたようでした」

「認めるって、どういう事でしょうか?」


 ジャスミンに尋ねられて、そう言われてみれば、と考えてみます。


「何を認められるのか、誰に認められるのか、そう言われてみれば、全くわかりませんね」

「そうなんです。でも、旦那様はわかった、と言っておられたんですか?」

「ええ。もしかしたら、言われてみれば、そういう事か、と思える程、答えは私の目の前にあるのかもしれません」


 そこまで言ってから大きく息を吐きます。


「でも、全く、わからないのですよね」


 ラムダ様に聞いても、きっと教えてもらえないでしょう。

 それに、私が自分自身で気付かないと意味がないようですし。


「ああ、一体、何なのでしょう!?」

「奥様、旦那様には、本を取りに行くといって、部屋を出られたのでしょう? あまり長くここにいると、帰ってこられないと心配されるのでは?」

「そうですね。そうかもしれません。適当に本を選んで戻りましょう」


 部屋の本棚から、まだ読めていない小説を一冊手に取り、寝室へと戻る事にしました。

 

 トントンと扉を叩いてから、私だとわかるように話しかけます。


「旦那様、エレノアです。お部屋に入っても良いですか?」


 少し待ちましたが、旦那様からの返事が返ってきません。


「どうしてでしょう? 眠られているのでしょうか」


 ジャスミンと顔を見合わせて首を傾げてから、もう一度ノックをします。

 ですが、返事がありません。


 もしや、何かあったのかもと思い、慌てて扉を開けて、部屋の中に入ると、ソファーの位置が少しずれていて、上に置かれていたクッションが床に落ちていました。

 そして、部屋の窓が開けられている事に気付いたのです。


 慌てて、ジャスミンと一緒に窓に近寄って下を見た途端、2人で声にならない声を上げました。

 

 寝室は2階にあるのですが、犬の状態の旦那様が横になって倒れていたからです。

 しかも、キックス様を下敷きにして。


 キックス様も旦那様も動いているようなので、2人共、まだ生きてらっしゃるのは確かです。

 2階といっても、そう高くはないですが、窓から落ちたのであれば、骨折は免れない気がします。


 慌てて、廊下に出て叫びます。


「キックス様と、だん…キックス様と犬が2階から落ちました! すぐにお医者様を呼んでください!」

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