第10話 仕立て上げたら良いのではないでしょうか

「待って下さい! 僕は危険な人間じゃありません!」


 ジャスミンの叫び声を聞いたからか、部屋の中から男性の焦った声が聞こえてきました。

 そして、ドアノブを回す音が聞こえたので、ジャスミンと一緒に全力で、外開きの扉が開かない様に押さえます。


 普通、大きな部屋は扉が二枚扉だったりするのですが、私の部屋の扉は一枚扉の大きなものでしたので、2人で全体重をかけられるので助かりました。


「お願いです! 開けて下さい! 僕はあなたを傷つける様な危険な人間ではありません!」

「鍵のかかった女性の部屋に、見知らぬ男性がいるという、それだけで十分、危険人物ですよ! それに、大体、怪しい人物はそんな事を言うんです!」


 そう言ってすぐに、今度はジャスミンに向かって叫びます。


「逃げましょう! その方が良いです!」


 考えてみたら、相手が暗殺者だったりしたら、扉越しに剣でぐさりとやられてしまう可能性があります!


「では、私が扉をおさえていますので、奥様だけ逃げて下さい!」


 ジャスミンが叫んだ時でした。

 複数の男性の声が聞こえて、そちらに振り返ると、騎士の人達が何人も駆けつけてくれたので、ジャスミンが私を連れて、扉から離れました。


 それと同時に、部屋の扉が開かれ、見たことのない若い男性が情けない顔をして出てきました。

 

「僕は何も知らないんです。お金をあげるからと言われて、この部屋に連れてこられただけなんです!」


 泣きながら訴える男性でしたが、騎士の1人が問答無用といった感じで、彼を連れていきました。

 男性が部屋から出てきて連れて行かれるまで、あっという間の出来事でしたので呆気にとられていると、違う騎士が近寄ってきて、頭を下げてきました。


「あの男を通したのは私ともう1人の騎士です。フットマンが連れてきたため、新しい使用人だと思い、通してしまいました。申し訳ございません!」

「フットマン…?」


 そう言われて、私が部屋に戻る際にすれ違った人を思い出しました。

 私が来たばかりで、顔を知らないだけかと思いましたが、もしかすると、そのフットマンが怪しいのでしょうか?

 ローラ様に頼まれたとか?


 そんな事を考えていると、旦那様がやって来られました。


「エレノア! 大丈夫だったか!?」

「旦那様! どうやら、ローラ様のプレゼントは男性だったみたいです。中にいた男性は何も知らないようでしたが…」

「怪我は? 何もされなかったか?」

「ジャスミンが守ってくれましたから」


 焦った様子の旦那様に答えて、私の後ろに控えていてくれたジャスミンの方に振り返ると、彼女は首を横に振ります。


「それが私の仕事です。それよりも、奥様の部屋に男性を侵入させてしまった事、深くお詫び申し上げます。どんな罰でも受けるつもりです」


 ジャスミンが深々と私と旦那様に向かって頭を下げました。


「ジャスミンは悪くありません! あんな事をする方が間違っているんです!」

「それに、君が招き入れた訳ではないんだろう?」


 私と旦那様が言うと、ジャスミンは頭を上げて首を横に振ります。


「部屋の前で見張っているべきでした」

「君が見張る見張らないは別にして、屋敷の中に入られている時点で問題なんだ。エレノアが部屋の前にずっと立ってろと言ったのか? そうではないんだろう?」

「そうではありませんが、もう少しで奥様を危険な目に合わせてしまうところでした」


 ジャスミンが再度、頭を下げると、旦那様は言います。


「俺は君に罰を与えるつもりはない。どうしてもと言うなら、エレノアに任せる」

「私も罰を与えるつもりなんてありません!」


 旦那様と私の言葉に、ジャスミンは顔を上げて困った様な顔をしたので、私は再度、念を押します。


「もしかしたら、ジャスミンのせいだと言う人もいるかもしれませんが、私はそうは思いません。主人の私が言うのですから、それで良いんです! ジャスミンのせいではありません!」


 何より、ジャスミンは自分の事よりも私の身を心配してくれていました。

 その気持ちだけで、十分です。


「ありがとうございます、奥様、旦那様」

「誰が手引きしたかは、警察がくるまでに、こちらはこちらで調べるつもりだ。まあ、大元の犯人はわかっているがな」

「ローラ様は、こんな事をして、一体、何がしたかったのでしょうか…」


 普通、自分の部屋に見知らぬ人がいたら、今回のように怖くて、人を呼ぶはずです。

 それなのに、こんな事をするなんて、何がしたいのか、さっぱりわかりません。

 ローラ様はやはり、お馬鹿さんなのでしょうね…。

 キックス様はローラ様のどこに惹かれたのでしょうか…。


 馬鹿だから可愛い、とか、そんなのですかね…。

 私でしたら、馬鹿だから可愛いなんて思えませんし、お友達にだってなりたくないタイプなのですが…。


 人の好みをとやかく言ってはいけませんね。


 その日は、話を聞いた、お義父さまやお義母さまも部屋にやって来て下さり、何度も何度も謝ってくださったのでした。




 騒動の次の日、旦那様が私の部屋にやって来て下さり、わかった事を色々と教えて下さいました。


 警察に引き渡す前に、旦那様が不法侵入男に確認したところ、彼は見知らぬ男性から、ある女性のお相手をしてほしいと頼まれたそうです。

 平民の彼は、その報酬に目がくらみ、良くない話かもしれないと思っていながらも引き受けてしまったとの事でした。

 そして、彼を中に招き入れたフットマンは、捕まりたくなかったのか、姿を消してしまっていました。

 警察が彼の行方を追っているそうです。

 

 ローラ様はお金を持っていないはずなのに、報酬はどうやって支払うつもりだったのでしょう。

 なんて、思っていましたが、ローラ様は公爵家のお金で宝石を買い、それを売り飛ばして、自分のお金にしていたそうです。

 宝石を買う際の支払いは公爵家に請求してくれと、キックス様がお店で言っていたそうです。

 お店の人は、彼が公爵令息だった事を知っていますし、まとめて、公爵家に請求され、月に一度の帳簿管理をした際に旦那様が気付き、それからは、そういう行為が出来ない様に、お店に連絡したんだそうです。

 そして、自由にお金を使う事が出来なくなったローラ様は、今の様に屋敷の中で好き勝手している様で、宝石を換金したお金は、部屋の中に隠しているのではないか、と旦那様は教えてくれました。


 出掛けている内に、部屋の中を漁られたくないから、外出しないというのもあるのかもしれません。

 本当に迷惑な人です。


「これからは、この様な事がない様にするつもりだ。怖い思いをさせてしまって申し訳ない」

「旦那様が謝られる事ではないですよ」

「いや、警備上、こんな事があっては良くない」

「それはまあ、そうかもしれませんが、お馬鹿さんを制御するのは難しいですし、旦那様は弱みを握られているのですから、しょうがないですよ」

「いや、しょうがない事はないだろう」


 このまま、この話をしても、堂々巡りになりそうなので、話題を変える事にします。


「ローラ様は、自分の仕業だと認めていらっしゃるのですか?」

「いや。フットマンがまだ見つかっていないから、どうしようもない」

「フットマンが素直にローラ様から頼まれたと言って下されば早いんですけど…」


 そこまで言ってから、私は旦那様に提案します。


「呪いをとく事もそうですが、ローラ様を犯罪者に仕立て上げたら良いのではないでしょうか」

「は?」


 私の言い方が悪かったのでしょうか。

 旦那様は眉間のシワをより深くして聞き返してこられたのでした。


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