第9話  結構です

 お兄様は私と旦那様が上手くやれているようだと判断され、そちらに関しては安心して下さったようですが、呪いの事ついては、旦那様が呪いにかけられている事は誰にも話はしないけれど、お兄様なりに調べてみて下さるとの事でした。


「すまないな」

「気にするなよ。友達だろう。それに、僕とシークスで助け合わないといけない日が来るかもしれないからな。エレノア、あまりシークスに迷惑をかけるなよ? それから病気になったりもするなよ? 怪我も駄目だからな? 幸せに過ごさないと、また来るからな?」

「お兄様も、ジーニ様とお父様とお母様をよろしくお願いしますね」

「当たり前だろう」


 そう言って、お兄様は私達と話を終えると、慌ただしく帰って行かれました。


「本当にエレノアの顔だけ見に来たんだな」

「そういう人なんです。家族の事が大好きなんですよ」


 お兄様の家族が大好きというのは良い事だと思いますけどね。


 私もなんだかんだいっても、お兄様が大好きですし。


 ただ、私の実家から、この屋敷まではだいぶ離れているので、旅行に近い気がします。

 そこでまして、私の様子を見に来るのは、ちょっと行き過ぎな気もします。


 お兄様が帰る頃に人間に戻った旦那様と一緒に、お兄様の乗った馬車が見えなくなるまで見送った後、一緒に屋敷の中へ入りながら話を続けます。


「最初はどうなる事かと思ったが、ヒートに信じてもらえて良かった」

「本当ですね。最初は旦那様を信じる信じないよりも、犬が怖いが勝っていましたけどね」

「思ったよりも早くに冷静になってくれて助かったよ」

「最後まで旦那様には触れられなかったですけど」

「子供の頃に、よっぽど怖い思いをしたんならしょうがないだろう」

「うう。責められている気がします」


「あら、お客様は帰られたんですか?」


 その時でした。

 この何日か、顔を合わせていなかったローラ様が、赤いネグリジェ姿で現れたのです。

 私と旦那様の部屋は離れていますので、エントランスホールの正面にある階段を昇り、踊り場で立ち話をしていたのが駄目だったようです。


「兄は忙しい人なので帰りましたよ」

「あら、お義姉さまのお兄様が来られていたんですか? ぜひ、ご挨拶したかったのに」


「そんな姿のローラ様を見ましたら、お兄様はとても不快な気分になられたでしょうから、お会いになられなくて良かったです」

「お義姉さまには似合わないですものね、こんなセクシーな格好は」


「人には好みがありますし、私は自分が着たいものを着れればそれで良いですが、私、ちっともあなたの事をセクシーとは思いません。見たくもないものを見せられて、嫌な気分でしかありませんよ」


 キツイ言い方をしてしまいましたが、ローラ様にはこれくらい言わないと駄目でしょう。


「あなたって本当に失礼な人ですね! 私はあなたの旦那様の弱みを握っているんですよ!?」

「そんな大きな声で、そんな事を言って大丈夫なんですか?」


 眉根を寄せて聞き返すと、ローラ様は慌てて辺りを見回し、誰もいない事を確認すると、声のボリュームを小さくして言います。


「その話はおいておいて、お義姉さまにはプレゼントを用意しているんですよ?」

「迷惑です」

「可愛い義妹からのプレゼントを迷惑だと仰るんですか!?」

「ですから、あなたの事を可愛い義妹だなんて思った事はありません。お返ししますから、そのプレゼントとやらはどこにあるんですか。まだ持っていらっしゃるなら、渡してくださらなくて結構です」


 私の言葉にローラ様は不満げな顔をされた後、なぜか、すぐに笑顔になって言います。


「お可哀想なお義姉さまの為に、再婚相手を探してきましたよ」

「はい?」

「は?」


 ローラ様の言葉に、私だけでなく、隣で苦虫を噛み潰したような顔をして話を聞いていた旦那様まで聞き返されました。


「何も知らずに、こんな家に嫁いできたお義姉さまが可哀想ですから、独身の知り合いに声をかけておきました」

「…旦那様、私達、いつ離婚したんですか」

「記憶にない。それに離婚する必要もない」

「私は旦那様が離婚したくなる様な事をしている気もしますが、そう言っていただけるなら有り難いです。という事は、もしかして、ローラ様、そんな夢でも見たんですか? 夢と現実がわからなくなってしまっているのですね、お可哀想に…」


 心底、気の毒に思ったのですが、なぜか、ローラ様は怒り始めます。


「夢と現実の区別くらい出来ています!」

「ですが、そんな風には全く見えません。逆に、夢と現実の区別がついていないと言われた方がしっくりきます。あ、それとも、目を開けたまま眠れて、今、現在、寝言を言われてるというやつですか?」

「ちゃんと起きてるわよ! 寝言を言っているんじゃないんです!」

「いえ。眠っておられて、夢遊病者の方の様に動かれているのでしたら、ネグリジェでウロウロされている理由に説明がつくかなと思ったのですが…」


 否定はされておられますが、きっと、そうではないでしょうか。

 ローラ様は眠りながら歩く事が出来る人なのです。

 そして、タバコによって覚醒するのですが、きっと今はタバコを切らしているのでしょう。

 そうじゃないと、こんなに平気な顔をして、訳のわからない事ばかり言えるはずがありません。


「とにかくお義姉さま、近い内にお義姉さまを訪ねて、何人か男性が訪ねてくると思いますから、お相手をよろしくお願いいたしますね! それから、今日の分のプレゼントはお義姉さまの部屋に置いておくように指示してあります。私はタバコを探しに行きますから、ここで失礼します!」


 ローラ様は怒りながら、私達の前を通り過ぎ、階段を降りていかれました。

 ネグリジェ姿という事は、今は夕方なのに、今まで寝ていらしたのでしょうか。

 それとも、あれが普段着なのでしょうか?

 あ、もしかして、これから寝るところなのでしょうか!


「使用人たちに、その様な人間が来たら、問答無用で追い返すように伝えておこう」

「ありがとうございます、旦那様」


 そんな事を考えていましたら、ローラ様を呆れた顔で見送った後、旦那様がそう言って下さったのでお礼を言ってから続けます。


「どうして、ローラ様は私と旦那様を離婚させたがっているのでしょうか」

「はっきりとした事はわからないが、彼女にとって君は良くない存在なのだろうな」

「ローラ様に何も言わない、大人しいタイプの義理の姉がほしかったというところでしょうか」

「かもしれない」


「それを言いますと、私だってもっと可愛い妹が欲しかったです。あんなタバコタバコとさまよい歩いている人は嫌です。もちろん、タバコを吸う人が全てが嫌いなのではありませんよ? タバコをポイ捨てしたり、タバコを吸えないからとイライラして人にあたる人が嫌なんです」

「ローラはタバコがないとイライラする様だからな」


 旦那様はそう言った後、眉根を寄せたまま言います。


「さっき、気になる事を言っていたな」

「そういえば、プレゼントを部屋に置いておくように指示した、とか言われていましたね。まさか危険物でしょうか」

「さすがにそれはないと思うが、一緒に行こうか?」

「いいえ。ジャスミンに声を掛けて、一緒に部屋に戻るように致します」

「本当に大丈夫か?」

「心配なさらずです!」

「余計に心配になるが…。じゃあ、何か困った事があれば、すぐに連絡してくれ」


 旦那様は少し心配げな表情でそう言ってから、お兄様のせいで仕事がたまってしまっているのか、急いで自分の部屋の方へ戻られていきました。

 私の部屋は旦那様とは別方向ですから、1人で部屋の方に戻り、私の部屋の手前にあるジャスミンの部屋に寄って声を掛けます。


「ジャスミン、戻ってきましたよ」

「思ったよりも早く終わられたのですね。ヒート様は今日は泊まって行かれるのかと思っていました」

「少し用事が出来たのもあって、急いで帰られましたよ。それに、ジーニ様に少しでも早く会いたくなったのかもしれません」


 私の部屋に向かいながらジャスミンに尋ねます。


「ローラ様から私宛に何かプレゼントを預かりましたか?」

「いえ、その様なものは受け取ってはおりませんが…」

「という事は、勝手に人の部屋に入ったのでしょうか…」


 ジャスミンに先程のローラ様の話をすると、ジャスミンは眉をひそめて言います。


「ですが、奥様の部屋に鍵はかけております。ただ、使用人の控室に、スペアの鍵がある様ですので、それを使われてしまうと、勝手に中に入れてしまいますね」


 部屋の掃除をする為に、鍵が開けれるようになっているので、それはしょうがないとは思うのですが、それ以外の目的で使われてしまうと、信用問題になる気がします。

 ちなみに、私が部屋の中にいる際は、チェーンをかける様にしています。


 少し警戒しながら、ジャスミンが鍵穴に、彼女が持っていた鍵を差し込みました。

 ガチャリと解錠された音がして、ゆっくりとジャスミンが扉を開けて、中を覗き込みました。

 私の視界に入ったのは、日が落ちかけて薄暗くなった部屋でした。

 すると、すぐにジャスミンが扉を閉めたのです。


「どうかしましたか?」

「大変です、奥様」

「どうしました? 明らかに死んでそうな人が倒れているとかですか? ミステリー小説ではありますよね、そういうの!?」

「死人ではありませんが、生きている人がいます!」

「ジャスミン、かなり動揺していますね。死人でない人間でしたら、生きている人というのは当たり前の様な…」

「そんな事を言っている場合ではありません! 不法侵入ですよ! 誰か! 誰かいませんか!!」


 ジャスミンは部屋の扉を押さえ、助けを求め、大きな声で叫んだのでした。  

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