第11話 どんとこいです

「どういう意味だ?」

「何かの罪で捕まってしまえば、牢屋に入れられたりするわけですし、ローラ様が旦那様の弱みを誰かに言えなくなるのでは? 例え、その場で言ったとしても、相手は看守や犯罪を起こした方だけでしょうし、違う派閥の人間に知られる事もないのではないかと思うのですが…」

「それなんだが、ローラは顔が広くてな。平民に多くの仲間がいる。だから、ローラからの連絡が途切れたりすると、仲間が敵方に情報を売ると言うんだ」

「それは厄介ですね…。ローラ様の仲間は把握できているのですか?」

「出来てはいるが、複数人いる。捕まえるなら、一斉に捕まえないといけない。ただ、そう上手くはいかないだろう。だから、尻込みしている」


 旦那様が大きく息を吐かれました。


 ローラ様は小物かと思っていましたが、そうでもなかったのですね。

 なんか、ちょっとした悪役という事に変わりはなさそうですが。


「ローラ様は思った以上に面倒な方なのですね」

「まあな。今までは家から出ないでいてくれていたから、好きな様にさせていたが、君に対して、こんな事をする様では、少し考えないといけないな」

「命を狙われた訳ではなさそうですし、気になさらなくても良いですよ」

「俺が言うなという話かもしれないが、そんな呑気な事を言っていては駄目だろう。命に関わる様な事をされかねないんだから、君はもっと危機感を持った方がいい」

「あるかないかわからない事で、頭を悩ませたりするのは嫌なんですよ」


 きっぱりと答えると、旦那様は難しい顔をして、大きく息を吐かれました。


「気持ちは分からなくはないが、困ったもんだな」

「ローラ様如きに悩まされたくないじゃないですか。時間の無駄です」

「君は大人しそうな顔をしているのに、言いたい事を言うよな」

「それは偏見ですよ、旦那様。大人しそうな顔をしているからって、全ての人の性格が大人しいだなんて思わないで下さい」

「その言い方だと、君は何か嫌な思い出でもあるのか…?」


 旦那様に呆れた顔で聞かれましたが、特に何かあった訳ではありませんので、答えに悩みます。


「そうですね…。イメージが違うとか言われそうなので嫌なんですよ。大人しそうに見えるから性格も大人しいだなんて、見た目で勝手に判断されているだけですからね」

「それは悪かった」

「謝らないで下さい。責めているわけではありませんから。ただ、旦那様もそう思っていらっしゃったのですか」

「君の場合は最初だけだ。式後の会話の時に、そのイメージは吹っ飛んだがな」

「褒めていただき、ありがとうございます!」

「いや、褒めた訳でもないんだが…」


 褒めてくれたわけではないのですか…。

 大人しくないという事は悪い事なのでしょうか?


「とにかく君の部屋の前には、君が部屋の中にいようといまいと、誰かを立たせる様にしよう」

「それは有り難いです。ジャスミンに不審者と戦ってもらう訳にはいきませんから」

「そういえば、君の連れてきたメイドは良いメイドだな」

「ジャスミンの事ですか?」

「ああ」

「ダメです! ジャスミンは私のメイドです! いくら旦那様が欲しいと言われても渡すわけにはいきません!」


 慌てて言うと、旦那様は微笑して言います。


「そういう意味で言ったんじゃない。純粋な気持ちで、良いメイドを持ったな、と言いたかっただけだ」

「ありがとうございます! ジャスミンはすごく良い子なんですよ! よろしければ、旦那様の散歩係に」

「俺は犬じゃないから大丈夫だ」

「犬になれるじゃないですか!」

「…この呪いは君のための呪いなんじゃないかと思う様になってきた」


 旦那様がこめかみをおさえて言います。

 そう言われると、あながち、間違っていない様な気がしてきました。


 こんな事は旦那様の前で口に出してはいけませんが、魔女さん、ありがとうです!


 もちろん、呪ったりする事はいけませんけどね!


「わかりませんが、私と旦那様がお話するきっかけにはなったと思います! そうでなければ、旦那様なんて、私の興味の対象にはなっていなかったでしょうし」

「エレノア、もう少し言い方があるんじゃないだろうか」

「しょっぱなから、あんな発言された旦那様に言われたくないです」

「悪かったと言ってるだろう」


 眉根を寄せる旦那様に、言われた方は嫌な気分になったんですよ、とお伝えしたい気持ちもありましたが、喧嘩をするのも馬鹿らしいので、話を打ち切る事にします。


「その件については、これ以上は言わない様に致します。あと、報告いただき、ありがとうございました。これから、しばらくは好きな様に動かせていただきます」

「その事なんだが…」


 旦那様は何か言いにくそうに言葉を止め、目を伏せられてから、口を閉ざしてしまわれました。


「どうかされましたか?」

「いや、その。君が俺の呪いに対して拒否反応もない事だから、昨日のお詫びも兼ねて、新婚旅行に行ってこいと両親から言われているんだ」

「お義父さまとお義母さまのお気持ちは嬉しいですが、私にしてみたら罰ゲームですね」

「罰ゲーム…」


 旦那様がショックを受けた様な顔をされるので、さすがに言い過ぎたのかと思い、謝る事にします。


「すみません、旦那様。旦那様が嫌だとかいう訳ではなく、旅行そのものが、別に好きなわけではないんですよ」


 友人や家族となら楽しいのでしょうけれど、旦那様とでは…。


「君が望むなら犬になろう」

「行きます!」


 旦那様の言葉を聞いて即答します。


「それならそうと先に言っていただきたかったです! あ、さすがに旦那様に首輪は付けづらいですがら、プライベート空間の大きい場所でお願いします! 屋敷に庭があるところだとか素敵ですね」


 公爵家なのですし、別荘があってもおかしくありません。

 私にとっての新婚旅行はどこへ行くかではなく、何をするか、です。


「わかったが…、たまには人間に戻らせてくれるよな?」

「もちろんです。人間でなければいけない時もあるでしょうし…。あ、でも、犬の姿で一緒に寝てほしいです!」

「8時間後には人間の姿に戻るんだぞ?」

「もし、旦那様が私に欲情されても、旦那様が犬になるだけですから、どんとこいです」

「何だか複雑な気分だ…」


 旦那様はがっくりと肩を落とされましたが、私にしてみれば、夢に見ていた犬との添い寝が出来ると思うと、嬉しくてしょうがありません。


 私と旦那様の間には恋愛感情は存在しませんが、この旅行で仲良くはなれそうな気がします。


 新婚旅行はどこへ行くのかわかりませんが、存分にもふもふしたいものです!


 

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