第6話  ご迷惑おかけして申し訳ございません

 旦那様が私の部屋から出て行かれて少ししてから、ジャスミンが戻ってきました。

 自分がいない間に何もなかったかと聞かれましたが、色々とありすぎて、説明するのも面倒でしたので、旦那様が来てくださった事だけは話をしました。

 すると、驚いた表情でジャスミンが聞いてきます。


「旦那様がいらっしゃったんですか? 昨日は嫌な感じでしたが、態度ががらりと変わられたのですね。一体、旦那様は何を考えていらっしゃるのでしょうか? まさか、奥様と話をしてみて、奥様に興味を持たれたとか?」

「それはなきにしもあらずかもしれません」


 興味を持たざるを得なくなった、というのが正しいかもしれませんが。


 そう考えてみると、あの場で躓いたのは、何か運命的なものを感じます。

 そうでないと、私と旦那様は、お互いに嫌な感情の方が多かったかもしれません。


「一体、何があったのか気になりますが、教えてもらえないのですよね?」

「ごめんなさいね。でも、ジャスミンが心配する事案ではないから安心してください」

「奥様の今日の様子を見ていますと、ちっとも安心できません」


 きっぱりと言われてしまい、返す言葉がありません。

 ローラ様やキックス様に言いたい事をしょっぱなから言ってしまいましたからね。

 我慢を覚えなければいけないというのに!


「反省はしていますよ。これからは気を付けようと思います」

「旦那様が、思っていたより常識のある方でしたから良かったものの、そうでなければ大変な事になっていたかもしれないんですから! 結婚してすぐに追い出される様な事にならなくて本当に良かったです」


 興奮した様子でジャスミンは言った後、すぐに何かを思い出したのか、エプロンドレスのポケットを探り、一通の手紙を取り出しました。


「もう、ローラ様の件についてお返事が来たんですか?」

「違います。ヒート様からです」

「お兄様から?」


 聞き返しながら、ジャスミンの手から封の切られた封筒を受け取ります。


 封が切られているのは危険なものが入っていたりしたら大変なので、いつもジャスミンやメイド達が先に開けて、中身を確認してくれていたので、こちらの屋敷に来ても同じようにしてくれたようです。

 手紙を取り出して読んでみると、驚き、という程ではないですが、旦那様にお伝えしなければいけない内容が書かれてありました。


「大変です。これは旦那様にお伝えしないと」

「何が書かれていたのですか?」


 他人からの手紙は、ジャスミン達に先に読んでもらっているのですが、家族からの手紙は封筒に書かれている宛名や差出人の筆跡などでわかるため、中身は読まないようにしてくれているので、ジャスミンが聞いてきます。


「お兄様が様子を見にいらっしゃるそうです」

「え? ヒート様が? 奥様はまだ結婚して二日目ですよね? いつ、いらっしゃるんです?」

「五日後だそうです」

「相変わらずの溺愛ぶりですね…」


 ジャスミンが呆れた様な顔をして言いました。


 そうなのです。

 お兄様は家族というつながりをとても大事にしていらして、もちろん、私の義理の姉である奥様の事もとても大事にしていますし、お父様の事もお母様の事も、そして、妹である私の事もとても大事に、いや、私の場合は愛玩動物の様に可愛がってくれています。

 お兄様の手紙の最後には、お兄様の奥様から、ヒートを止められなくてごめんなさい、という謝罪の言葉が書かれていました。


「来ないでと言っても、お義姉さまが離婚すると、お兄様に言うくらいしないと来るでしょうし、しょうがないですね」


 お兄様の中では、もし、私とお義姉さま、どっちを取るかといったら、恋愛ではお義姉さま、命なら両方というタイプです。

 お義姉さまであるジーニ様も、お兄様の気持ちはわかっていらっしゃるので、必要以上に妹を可愛がっているお兄様を許して差し上げてるのだと思われます。

 ただ、呆れてはいらっしゃいますが…。


 そういえば、お兄様は旦那様の呪いの事を知っているのかしら?

 旦那様に聞いてみないといけません。


 いえ、それよりも、まずはお兄様の来訪の日にちを伝えなければいけません。

 いくら仲が良かったといっても、旦那様は公爵です。

 友人であり、妻の兄、そして次期公爵とはいえ、屋敷にいきなり押しかけてくるのは失礼でしょうからね。


 そう思った私は、慌てて、旦那様の部屋に向かったのでした。


 旦那様は私からの報告を聞いて、最初は呆れていらっしゃいましたが「そういえば…」と呟いてから、手紙の束から、封筒を一つ抜き出して、私に渡して下さいました。

 見てみると、差出人はお兄様からで、妹の様子を知りたいから、五日後に伺いたいという内容の手紙でした。


「返事をしないといけないな」

「私からしておきますので」

「いや、俺からもするよ。それから、君が望むなら、ヒートを歓迎しよう」

「私が嫌だと言ったら、夫婦仲が上手くいっていないのかと心配して、余計に様子を見に来たがると思います。泊まっていったりはしないと思いますので、兄に来てもらっても良いでしょうか」

「本当にあいつは困った奴だな」


 旦那様は、呆れながらも、お兄様の来訪を許可して下さいました。


「ご迷惑おかけして申し訳ございません」

「君は気にしなくていい。ヒートは君の事を変わった妹だと言っていたが、女性の話が出ると、君の話ばかりしていたから、シスコンだろうな、とは思っていたら、やはりそうだったのだな」

「学生時代からご迷惑おかけしていた様で申し訳ございません。そういえば、兄は、旦那様の呪いについては知っているのですか?」

「いや。呪いは学園を卒業後だからな」

「お話されるおつもりは?」


 私の問いに旦那様は少し考えてから答えてくれます。


「話すなら、まずは試してからだ」

「試す…? という事は…?」

「瞳を輝かせるのはやめてくれ」


 期待を込めて旦那様を見ると、呆れた顔をされてしまいました。

 そういえば、お兄様は犬が苦手だけれど大丈夫かしら?

 アレルギーという訳ではないので、中身が旦那様とわかれば何とかなるでしょうか…。


 お兄様が旦那様と会話が出来なければ、お兄様を見る目も変わってきますので、会話できる事を祈らなければ…。


 そして、五日後の日の朝、お兄様がクロフォード邸を訪れたのでした。

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