第5話  耳障りです

「何するんですか! 鼻の骨が折れたら…って、兄さん!? どうしてここに?」

「妻の部屋を夫が訪れていたらいけないのか?」

「いえ、そういう訳ではないんですが…」

 

 私には嫌な感じのキックス様も、旦那様には強く言えないみたいです。

 鼻をおさえながら、しゅんと肩を落とされています。

 すると、旦那様が言います。


「お前、酔っているな?」

「いいえ! 兄さんにやめろと言われたので禁酒しています!」

「なら、酒臭いのはどうしてだ?」

「そ、それはきっと、お義姉さんから発されているんだと」

「失礼な事を言わないで下さいよ。お酒は飲みますが、酒臭くなるまで飲んだりしませんよ。何より、今日はお酒は一切、口にしていません」


 私のせいにしようとしておられたので、すぐに否定すると、キックス様は舌打ちされました。

 舌打ちされる様な事は何も言っておりませんが…。


 そんなキックス様に旦那様が冷たい声で尋ねます。


「キックス、いいかげんにしろ。彼女の部屋に何をしに来た?」

「いや、お義姉さんがローラをいじめたと聞いたんで、夫として文句を言いに来たんです」

「いじめだなんて、そんな低レベルな人間がする事なんてしませんよ。私、ローラ様にかまっていられる程、暇ではありませんし、いじめるどころか、存在を思い出したくもありません」


 私が答えると、キックス様は怒りの表情で言います。


「ローラは専属メイドに泣いてすがりながら、お義姉さまが怖いって言ってたんですよ! そんな事をしておいて、自分のやった事を忘れたとでも言うんですか!?」

「あなたにじゃなくて、専属メイドに泣いてすがったんですか。どれだけ頼りにされてないんです?」

「い、今はそんな事は関係ない!」

「お聞きしますが、私がローラ様に何をしたというんですか」

「有害だと言われたと」

「あ、それは間違っていません。ちなみに、キックス様も、今のところ、私の中では有害でしかありません」


 旦那様が驚いた顔をされましたので、今のは、言ってはいけない発言だったようです。

 ですので、旦那様に尋ねます。


「あの、謝らないといけませんか?」

「いや、君の言う事は間違ってはいない。元々は、ローラが絡んできてたみたいだからな。キックスもローラから聞いた話だけを真に受けて、君の所に来た様だし、君にとっては明らかに、今の状態のキックスは有害だろう」

「ご理解いただけて感謝いたします」

「兄さん、酷くないですか!? 兄さんにとって、僕はなんなんですか!」

「弟だが…?」

「弟と妻、どっちが大事なんですか!?」


 キックス様の問いかけには答えずに、旦那様は私の方を見て聞いてきます。


「今、耳を疑うような事を言われた気がするんだが、気の所為だろうか?」

「いえ。言われておられました」

「……君は、そんな事を家族に聞かれた事は?」

「ないです。兄しかいませんが、兄から自分と旦那様、どちらが大事かと聞かれましたら、ドン引きするかもしれません」


 素直に答えると、旦那様はキックス様の方に向き直って言います。


「なんにしても、妻の方が大事だな」

「兄さん!?」

「まあ! そんな事を言っていただけるなんて光栄です!」


 パチパチと手を叩くと、旦那様は私の方を呆れた顔で見てこられましたが、また、キックス様の方に顔を向けて言います。 


「という訳だから邪魔しないでくれ。これからは彼女の部屋に1人で訪ねて来るなよ」

「1人じゃなくても嫌です。来ないで下さい。声を聞くだけでも耳障りです」

「なんて人だ! これで済むと思わないでくださいよ!」


 旦那様の言葉を訂正すると、キックス様は忌々しげな表情で私を見た後、捨て台詞を吐いて大人しく帰っていかれました。


 夫婦そろって同じ様な事を言ってますね。


「すまなかったな。ローラと結婚してからは、彼女に洗脳されたみたいに、ローラに従順になってしまった」

「洗脳されているわけではないのですね?」

「たぶんな。そういう事を調べようとすると、あの女が秘密をばらすと脅してくるんだ。本当に忌々しい。まあ、あの女に弱みを握られた俺も悪いが…」

「脅してくる方がおかしいんですから、気になさらなくて良いと思いますよ」

「そう言ってもらえると気は楽になるが…」


 旦那様は部屋の扉を閉めた後、私に近付いてきて言います。


「嫁に来る君に、俺の呪いの事を伝えていなくて申し訳なかった。あと、先程も、ローラの件で助けられなくてすまなかったな。あの時は、まだ犬の姿だったから」


 旦那様が申し訳なさそうに言われるので、笑顔で言います。


「気になさらないで下さい。ローラ様の事に関しては、なるべく近付かない様にしますが、つかまってしまった場合は、珍獣を相手にする気持ちで、お相手する様にしますから」

「珍獣…」

「だって、話が通じませんもの。人だと思うと苛立ちますが、動物だと思ったら、会話できるだけでも、すごいと思いませんか? しかも珍しい動物ですよ!? 相手にしないといけないと思いますよね?」

「ま、まあ、そう言われてみればそうだな」

「人間だと考えると、容赦なくけちょんけちょんにして差し上げたくなるのですよ」

「君は変わってる上に好戦的なんだな」


 旦那様が苦笑されるので、笑顔で答えます。


「そうでないと、公爵令嬢というプレッシャーに負けてしまいそうでしたから。それに、今は公爵令嬢ではなくなりましたが、公爵夫人という立場ですし、他の方になめられてはいけません!」

「ローラはそれを理解できるだろうか」

「無理かもしれませんが…。そういえば、今、私の専属メイドのジャスミンに勝手ながら、ローラ様の事を調べてさせていただいているのですが、彼女のご実家は貴族なのですか?」

「貴族だった、が正しい」

「没落されたのですか?」


 旦那様は小さく息を吐いてから、聞き返してこられます。


「君のメイドが調べてくれている様だが、話を聞くか?」

「そう言われてみればそうですね…。ですが、メイドの情報網でしか仕入れる事の出来ない情報もあるかもしれませんから、ジャスミンからも聞きますし、旦那様からもお話をお聞きしたいです」


 部屋にあるソファーに座っていただき、旦那様から話を聞いたところ、ローラ様のお家は伯爵家だったそうです。

 ですが、お父様である伯爵が働きもしないのに、お金だけ使いまくったせいで、没落してしまったんだそうです。


 使うだけで入ってこないなら、そうなるのは当たり前ですよね。


 お子様はローラ様1人しかおらず、お母様はローラ様が幼少の時に病気で亡くなられてしまったとの事で、奥様が亡くなった事により、無気力になったローラ様のお父様は、仕事をしなくなり、お酒ばかり飲むようになったそうです。

 かといって、ローラ様を家庭教師などに任せる事はなく、自分で育てられたそうです。

 ですが、それがいけなかったようでした。

 結果、ローラ様は貴族としての嗜みなどを、お父様には教えてもらえなかったようで、パーティーに出席されても浮いておられたんだそうです。


 なぜ、そんな方がキックス様と結婚する事になったかといいますと、パーティー会場で、常識的でない行動をしているローラ様をキックス様が注意し、それをきっかけに知り合い、婚約、そして結婚まで一気に進んだそうなのです。


「なぜ、2人の仲が急に発展したのか、よくわからないんだが、その時、キックスには婚約者はいなかった。婚約したいというキックスに対し、彼女はまだ伯爵令嬢だったが、素行が良くないため、両親も俺も反対した。だけど、どうしてもと言うから、俺が公爵になった際に、父上はキックスに自分の持っている爵位を与える予定をしていたが、それを無しにして、平民として生きる覚悟があるなら結婚しても良いという条件で了承されたんだ」

「それでキックス様は何の爵位もないわけですね」

「俺も自分が爵位を継いだら、あいつらを追い出すつもりだった。なのに…」

「弱みを握られて追い出せなくなった、という事ですね」


 私が言葉を発すると、旦那様は無言で頷かれました。


「ローラ様達は現在は平民という事になるでしょうし、貴族のパーティーなどには出席はされていないのですね?」

「他の貴族も、あの2人を招待する必要がないからな」

「では、お馬鹿さん2人は、世にはあまり知られてないという事ですか?」

「俺が公爵になってからは、ずっと家の中にいる。それで馬鹿が知られずに助かってはいるがな」


 ふむふむ。

 今の状態だと、馬鹿を野放しにしなくて良いのでメリットはありますが、いつまでも屋敷に居座られても困ります。

 となると、厄介者を追い出すには、旦那様の呪いをとかなければなりません。

 旦那様をもふもふできなくなるのは残念ですが…。


「呪いがとけたら、君には好きな犬をプレゼントしよう」


 私の心を読んだかの様に、旦那様は私が求めていた事を仰ってくださいました。


「では、それでお願いいたします」

「悪い顔をしているな」

「犬を飼うのは憧れだったんです。でも、ここで飼うには、メイドに頼まないといけない事が増えてしまいますので、ちょっと遠慮しようかと思っていたんです」

「そうなった場合、犬の散歩は敷地内でやるように」

「承知いたしました! 楽しみができました!」


 旦那様の呪いをとく事が出来れば、鬱陶しい人達はいなくなり、本物の犬と生活が出来ます!

 輝かしい生活の為にも、旦那様の呪いをとかなければ!


 って、何から始めたら良いのでしょうか?

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