第4話  お引き取り願います

「ぶ、無礼だわ! 私は公爵令息の妻なのよ!」

「元公爵令息でしょう。クロフォード家の現公爵は、シークス様なのですよ? キックス様はお義父さまから爵位を受け継がれていないですし、今は、公爵令息ではなく、クロフォード公爵の弟ですよ」

「元だろうが関係ありません! 公爵令息は公爵令息です!」


 うう。

 言っている意味がよくわかりません。

 元公爵令息なんですから、キックス様自身は、爵位を何かしら継いでいない限り、平民扱いになると思うのですが…。


 ローラ様は、やっぱり、話が通じない人のようです。

 関わってはいけないというのに、関わってしまいました。


 ローラ様の事をお馬鹿さんだと、わかっていて関わってしまった、私もお馬鹿さんです。

 人の事は言えません!

 反省しなければ…。

 というか、人をお馬鹿さんという事自体も良くないのですかね…。


 とにかく、この方との話を打ち切りましょう。

 とても、疲れてしまいます。


「よくわかりませんが、あなたがそう思いたいなら、それでどうぞ。ただ、他の人の前では、そんな話はしないで下さいね。公爵家の恥に繋がりますから。では、失礼します」

「ちょっと! 逃げるんですか!? 間違ってたなら謝って下さい!」

「間違った事を言っておりませんので謝りません。それから言っておきますが、私の実家は公爵家ですので、キックス様が公爵令息なら、私も公爵令嬢ですよ。そして現在は公爵夫人です。公爵夫人って何だかわかります?」

「ば、馬鹿にしないで! それくらいわかるわよ!」

「意味は理解されてませんよね?」

「わかるわよ! 公爵の夫人でしょ!?」


 公爵の夫人。

 間違ってはないですけど…。


 ああ。

 無視すれば良いとわかっているのに応えてしまう私は、何度も思いますが、本当にお馬鹿さんです。


 その時、ローラ様の後ろから、黒髪の短髪で、前髪に赤のメッシュが入った、目つきの悪い男性が顔を出しました。


「何を騒いでいるんだい?」

「キックス! 聞いてよ、お義姉さまにいじめられてるの」

「え? そうなの? それはいけないなあ」


 キックス様は部屋から出てくると、私に向かって言います。


「僕の可愛いお嫁さんにきつく当たらないで下さいよ」

「きつく当たったつもりではありませんでしたが、傷付かれたのなら謝りましょう。お詫びは言葉ではなく、この場から去るという行動で示しますが」

「逃げるの? やっぱり、犬の嫁は犬なのね。負け犬だわ」


 ローラ様がくすくす笑いながら言いました。


 ああ、言い返したいです。

 ですが、関わらないようにしなければなりません。


 あ、良い手がありました。

 次からは言葉ではなく、魔法でお相手する事にします。


「お義姉さまったら、聞いてるんですかあ? おかしいですね。犬って耳が良かったはずですよね?」

「おい、やめろよ、ローラ。犬に失礼だろ。彼女は犬以下なんだから」

「そうよねぇ。あ、聞こえてたらどうしよう!」

「残念ながら、聞こえておりますよ? 発言には気を付けられた方がよろしいかと」


 私が言うと、ローラ様とキックス様が、何がおかしいのか笑い始めました。


「発言に気を付けろって、学園の先生みたいね!」

「頭が固い女性だな」

「お2人の頭が弱すぎるんですよ」


 どうやら、お2人は寝ぼけていらっしゃるようですので、水をかけて目を覚まして差し上げる事にします。


 私は無詠唱で水の魔法を発動し、2人の頭の上から、大量の水をかけてあげました。


「うわぁっ!?」

「な、なんなの!? どうして水が!?」


 2人はぎゃーぎゃー騒いでいますが、床がびしょ濡れになってしまいましたので、メイドに掃除させるのは申し訳ないですし、風の魔法を使い、床に落ちた水を巻き上げ、もう一度、2人の頭の上からかけて差し上げました。


 結局、メイドには迷惑をかけてしまいますので、後で、何か褒美をあげなくては。


「ひどいな! ここだけ雨漏りか!?」

「信じられない! 何なの!?」


 お馬鹿さん2人は天井を見上げておられますが、そんな訳ありません。


「日頃の行いの悪さのせいではないでしょうか」


 2人が水に気を取られている間に、笑顔でそう言うと、私は部屋に戻ったのでした。





「奥様、魔法を使われましたね!」


 部屋に入って扉を閉めるなり、ジャスミンから叱られてしまいました。


 先程、私は魔法を使いましたが、なぜかわかりませんが、平民の多くは魔法を使えません。

 貴族は代々、魔法の使える貴族同士で結婚していたせいか、ほとんどの貴族が魔法を使えます。

 

 そして、旦那様に呪いをかけた魔女、というのは、平民なのに、魔法を使える女性の事を魔女と呼んでいます。

 平民の中では魔法を使える人間が少ない分、魔女という名前で格を上げている感じなんだそうです。


 元公爵令嬢である私が魔法を使えるのは当たり前なのに、あのお2人は、水をかけられた事も、突然の家の中で吹いた強い風も、魔法だとは思っていないようでした。


「あの2人は魔法だと気付いていないようでしたが、どうしてでしょう?」

「奥様の様に魔法を正確にコントロール出来る人を見た事がないのでしょう」


 ジャスミンは怒りの表情で私を見て続けます。


「普通の人は、あんな狭い範囲だけ水や風を出すなんて無理なんです! 基本は攻撃魔法しか使えないんですから」

「頑張って、コントロールの練習をした甲斐がありました!」


 呑気に言うと、ジャスミンは眉根を寄せて言います。


「失礼を承知で言わせていただきますが、今日の奥様、なぜか浮かれておられませんか?」

「そんな事はありません!」

「まさか、旦那様と何かあったわけではありませんよね?」


 ジャスミンが疑わしげな目をして、私を見てきました。

 彼女とは長い付き合いですので、やはり、私の事はよくわかってくれているようです。


 かといって、話をするわけにはいきませんので、首を横に振ります。


「何もないですよ。それよりも、ジャスミン、ローラ様の事を調べてほしいんですが」

「…何をお調べしたら良いのでしょう?」

「ジャスミンも聞いていたでしょう? どうしたら、あんな思考回路が出来上がるのか知りたいんです」

「よくわかりませんが、旦那様はどうなんですか?」

「どういう事です?」

「先程のお2人の様な方ではないのですよね?」

「もちろんです。お義父さまもお義母さまも、あんな方達ではないです」


 私が答えると、ジャスミンは少し考えてから言います。


「では、どうして、キックス様だけ、あんなやばい人になられたのでしょうか?」

「やばい人」


 復唱すると、ジャスミンは慌てて口を押さえました。


「間違ってませんよ。私も2人ともやばい人だと思います」

「申し訳ございませんでした。とにかく、私はローラ様の素性を確認しようと思います」

「よろしくお願いしますね」


 夕食の時間まで、もう少しあるので、ジャスミンは早速、ローラ様の素性を調べる為に、メイド仲間に連絡するといって、自分の部屋に戻っていきました。


 ジャスミンが戻ってくるまで、のんびりしていようと思っていると、扉が叩かれる音が聞こえました。


「どちら様でしょう?」

「俺だ。シークスだ」

「旦那様ですか!」


 ここまで来られたという事は犬の姿ではないのでしょう。

 ちょっと残念な気もしましたが、わざわざ来て下さいましたし、扉を開けてお出迎えします。


「どうされましたか?」

「さっきの話が聞きたかったのと、これを渡しておきたかったんだ」


 そう言って、旦那様は毛を取るブラシを私に差し出して下さいました。

 

 服を見ると、旦那様に抱きつきまくってしまった為、私の服に旦那様の毛がついてしまっていました。

 ですから、毛を取るブラシをわざわざ持ってきて下さったみたいです。


「ありがとうございます! 助かります!」


 そう言って、自分で一生懸命ブラシを使ってみましたが、手が回らないところは、旦那様がやって下さいました。


「そういえば旦那様は直接、女性の肌に触れなければ大丈夫なのですか?」

「どういう意味だ?」

「例えば、腕が当たってしまった場合などはどうなるのですか?」

「有り難いというとおかしいかもしれないが、自分から触れようという意思がない場合は大丈夫みたいだ」

「助けようとして手を出すのは触れようという意思になってしまうのですね」

「とにかく魔女は他の女性に、俺から触れようとするのが嫌だったみたいだな」

「という事は、服や手袋越しでも意思があれば犬になってしまわれるのですね…」

「そうなる」


 困ったものです。


「もし、ダンスパーティーなどに出席する事になったら、どうされるおつもりだったんですか?」

「1人で出席するつもりだった」

「新婚なのにですか」

「しょうがないだろう。君は行ってくれるのか?」

「もふもふさせていただけるのなら、お付き合いいたしますよ!」

「もう存分に触りたくっただろう!」

「至福だったんです。もっと触りたいです」


 私のお願いに旦那様が眉根を寄せた時でした。


 扉が叩かれる音がしたため、ジャスミンが戻ってきたのかと思い、返事を返します。


「ジャスミンですか?」

「お義姉さん、俺だよ」

「…俺ではわかりません」

「お義姉さんって言ってるんだからわかるだろ」


 旦那様を見ると、声には出さずに「キックスだ」と口を動かして下さいました。

 私は話しかけながら、扉に近付きます。


「私には俺という名前の弟はおりません」

「いや、わかるでしょう!?」

「ですから、俺という名前の弟は存じ上げませんので、お引き取り願います」


 扉の鍵を静かに締めて、また、部屋の奥に戻り、立ったままの旦那様の隣に立ちます。


「キックスだよ! あなたの旦那様の弟だ。可愛い義弟ですよ!」

「ローラ様にもお伝えしましたが、可愛い義妹もいませんし、私の中では可愛い義弟もおりません」

「酷い女だな! 普通は扉を開けるくらいするだろう!」

「開けたくありませんので、酷い女で結構です」

「なんて女なんだ!」

 

 そう言って、キックス様は扉を開けようとされましたが、鍵をかけておりますので開きません。


 ガチャガチャとドアノブが壊れるんじゃないかと思うくらい乱暴に回されていますので、声を掛けようと思った時でした。

 旦那様が小さく息を吐いてから、扉に近付き、鍵を開けられました。


「最初から素直にっ」


 キックス様が何か言われていましたが、旦那様は容赦なく外開きの扉を開け、キックス様に扉をぶち当てたのでした。


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