第7話 この犬は旦那様なんです!
「久しぶりだな、エレノア」
「まだ、実家を出てから七日くらいしか経っていませんが…」
「何だよ、せっかく可愛い妹に会いに来たのに、そんな言い方しなくてもいいだろう?」
お兄様は不満そうに言葉を発されましたが、顔は満面の笑みを浮かべておられます。
妹の私が言うのもなんですが、お兄様は旦那様ほどではないですが眉目秀麗です。
ですので、結婚前はモテていて、妹の私は兄と近付きたい女性達に寄ってこられ、その方達をとても、わずらわしく思っておりました。
今となりますと、兄を慕ってくれていたのですから、感謝すべき人達であったと理解できます。
嫌われるよりも好かれた方が、お兄様の立場上は良い事ですからね。
お兄様はまだ、公爵令息という立場ですから、今のうちは自由にされている様です。
家族の前ではこんな感じですが、他の人の前では、公爵令息らしい立ち居振る舞いをしてくださっている事を祈ります。
「会いに来てくださったのは嬉しいですが、あまり頻繁には来ないでくださいね。屋敷の方の迷惑になりますから」
「わかってるよ。エレノアの様子を見に来たのもあるが、シークスのとゆっくり話したかったのもある」
「そうなんですね」
「シークスとの調子はどうだと聞きたいところだが、それよりも気になる事があるんだが…」
お兄様はそう言って、ソファーに座る私の横に座っている大きな犬、旦那様を見て、ひきつった顔をしています。
「どうかしましたか?」
理由はわかっていますが、知らないふりをして聞いてみます。
「僕が犬が嫌いな事を知っているのに、どうして連れてきてるんだよ。嫌がらせか?」
「迷惑ですか? 心配しなくても飛びかかったりしませんよ」
「そう言われたって、苦手なものは苦手なんだよ」
ローテーブルをはさんでいるというのに、お兄様は今すぐ逃げたそうな顔をされています。
なので、早速、旦那様に話しかけます。
「旦那様、少しお話をしましょうか」
「そうだな」
「エレノア、犬に旦那様なんて名前つけてるのか?」
お兄様が不思議そうに聞いてこられます。
おかしいですね。
お兄様は旦那様の言葉を聞き取れなかったのでしょうか。
そうなると、お兄様は旦那様に対して、良い印象を持ってない事になるのですが…。
「旦那様って名前、可愛いと思いませんか?」
「そうかもしれないが…、別に今、ここに連れてこなくてもいいだろ…。それより、シークスはまだ来ないのか?」
「ここにいる」
「ん?」
旦那様が言葉を発した途端、お兄様の動きが止まりました。
どうやら、言葉が通じたのかもしれません。
「旦那様、もう一度、お願いできますか」
「ここにいる。ヒート、久しぶりだな」
「……エレノア」
「はい」
真剣な表情のお兄様に、私も居住まいを正して返事をしました。
「そういう悪戯をするのは良くない」
「悪戯なんてしていませんよ!」
どうやら現実では考えられない出来事のため、お兄様は私が悪戯をしていると思ったみたいです。
「シークスの声まで使って…。こんな手の込んだ悪戯をするくらいに仲が良いのなら、それはそれでいいんだが」
お兄様は黒く長い前髪をかきあげながら、呆れた顔をして続けます。
「もう十分だろ。驚いたよ。だから、犬はどこかへやってくれ。こんな悪ふざけに協力するなんて、シークスにも文句を言わないと」
「だから俺がシークスだと言ってるだろう!」
旦那様はソファーから降りて、お兄様に近付いていきます。
「く、来るなよ」
「安心しろ。俺はシークスだから、犬じゃない」
「いや、思い切り犬だよ!」
お兄様はソファーから立ち上がって、扉の方に近付いていきます。
これは逃げようとしていますね…。
ですので、逃げ道をふさぐ為に、私が扉の前に立ちます。
「な、どういう事なんだよ!? エレノア! 自分が小さい頃に何をやったのか覚えていないのか!?」
「お母様達から話を聞いたので、知ってはいますよ。お兄様が私の大切にしていた、ぬいぐるみを興味もないのに私から取ろうとして、クマさんの手が引きちぎれた事を!」
「いや、それは原因だろ! 小さい頃の事なんだから許してくれよ! その時だってちゃんと謝ったじゃないか」
「謝ってもらったそうですが、その時のお兄様は全然、悪いと思っておられなかったそうじゃないですか」
「だからって、友達の家から大きな犬を連れてきて、追い回させなくても良かっただろ!」
「大きいけれど、可愛いわんちゃんだったそうですよ」
「エレノアのせいで、全然、可愛くなかったよ! それに噛んでくる犬が可愛いわけないだろう!」
お兄様は私が5歳の頃に、私が借りてきた大きな犬に追われただけでなく、噛まれてしまった為、犬、特に大きな犬が苦手なのです。
借りてきた犬はまだ若かったらしく、身体は大きかったけれど、アマガミの加減を知らなかったようで、その時は大変だったそうです。
あまり、その時の事は覚えていないのですが、家族から話を聞いて、大きくなってから、自分の行動を色々な意味で悔やんだものです。
もちろん、お兄様に酷いことをしてしまったという気持ちと、そのせいで犬が飼えなくなってしまったという、また違った気持ちが…。
どうして、子供の頃の私は、友人から犬を借りてきたのでしょう。
全く覚えていないのですよね…。
「あの時は申し訳ございませんでした。でも、この犬は旦那様なんです!」
「そんな、そんなの信じられるわけないだろう!?」
こんな情けない表情のお兄様を見たのは、子供の頃以来です。
もちろん、私と犬しかいないと思っているから、こんな姿を見せるのでしょうけれど。
「まあ、そうなるのもしょうがない。犬は苦手だと聞いていたが、ここまでとはな」
旦那様は足を止めると、その場でお座りして言います。
「俺がシークスだと、お前が判断できる質問をしてくれ。それに対して答えよう」
「そ、そんな…。嘘だろ」
犬が話をしている事も信じられない様で、お兄様は呆然とした表情で呟いたのでした。
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