第2話 異世界の住人?
「今私の名前を呼んだよね」
少しの間呆気に取られていた俺が我に返ったとき、イオラ嬢は俺の顔や体をじろじろと、訝しげに腕を組みながら眺めていた。
「君って、私の知り合い?」
名前を知っている、だから知り合いだと思ったのだろう。だが、あいにく俺が一方的に知っているだけだ。と、そこだけ切りとるとだいぶ気持ち悪いやつに思われそうだ。
「あ、いや、その」
どう伝えるべきか悩む。知り合いではないし、知らないとなったら、じゃあなんで名前を知ってるの?ってなるだろう。だから、どうしてもしどろもどろになってしまう。
「まぁいいか。それよりも、ここはどこなの?」
そうだな、俺が知ってるどうのこうのよりも、重要なことがある。
「えっとですね…」
そもそも、イオラ嬢と俺とでは住んでる次元が違う。スクールカーストだと か、そういう精神的なものではなく物理的に、文字通り二次元と三次元という、別世界の人間―のはずだ。
はっ、と慌ててスマホを開けば、アプリのホーム画面には見知らぬ女性がうつっていた。周りをキョロキョロと見回しながら、ふらふらとその場所で彷徨っている。
つまり、目の前にいるイオラ嬢と、この"中"の女性が入れ替わってしまった?これまでにいなくなった人たちもみな同じ現象ということか?だとしたら、他にもこのアプリの中のキャラクターが、既に現実世界に存在しているのか?
「なにそれ?」
ひょいと、俺のスマホを持っていくイオラ嬢。
「あれ、中で女の子が騒いでいるけど」
差し替えされた画面の中で、見知らぬ女性が何やら叫んでいる。
『助けて!ここはどこ?』
試しに画面をタップすると、中の女性の声が一瞬だけ聞こえてきた。なるほど仕組みは同じらしい。
だが、一方的なのは変わらないから、会話することは出来ない。恐らく向こうからこちらの声も姿も見えていないのではないだろうか。
彼女―見た感じ、自分よりも少し年上の女性―はどちらが画面の場所なのかは分かっていないようだった。多分、タップをしたタイミングでだけ音声がこちらに届くシステムなのかしれない。
アプリの操作に夢中になっていた俺は、イオラ嬢がいなくなっていることに気が付かなかった。
慌てて探していると、コンビニの方が騒がしくしていた。入口の辺りに、野次馬で壁ができている。
間をすり抜けて駆け寄ると、原因の人物が店員と揉めていた。
「なんでこのお金が使えないの?!」
カウンターの上には朝刊と、トレーの上に謎の硬貨が置かれていた。
「なんでっていうか、日本は円じゃないと使えないんですよぉ。そもそもどこの国の硬貨なんですかぁ?」
若い女性―見た感じ、自分とあまり変わらないくらいの年齢に見える―店員は困惑した様子で、周りをきょろきょろして助けを求めている。しかし、朝はもう一人いる店員も同じくらいの年齢みたいで、一緒に戸惑っている。むしろ関わりたくないのがあけすけで、徐々に距離ができていた。
「すみません、自分が払いますから」
「あ、お兄さん彼氏さんですか?コスプレかわいいですね。どっかにあげたりするんですか」
さっきまで困惑していたはずの女性店員はもう、何事もなかったようだった。今度はイオラ嬢の衣装が気になっているらしい。
金髪で髪は緩く巻かれ、白くて足元が大きく膨らんだ、高貴そうなドレスを着ていた。それはまるでお姫様でファンタジーのような雰囲気であった。よく考えたらゲームの中のままの格好だったから、コスプレだと思われても仕方がない。
適当に誤魔化しながら、お釣りと朝刊を受け取ると、俺は謝罪を繰り返しながら、逃げるようにその場を去った。
イオラ嬢はずっと、
『コスプレって何?』
と聞いてきたけど、とりあえず無視しておいた。
イオラ嬢を連れて、近くにあった公園に逃げ込む。
野次馬が途中までついてきていたけど、なんとか巻けたみたいだ。だけど、やたら写真とか撮られていたから、SNSにあげられるのも時間の問題だ。
まぁ、コスプレイヤーがコンビニで揉めてた、とかそれくらいだろう。そう信じたい。
「文字読めるんですか」
ベンチに座ると、朝刊に目を通しはじめた。イオラ嬢って、普通に会話も出来ているけど、言語はどうなっているんだ?
「全然読めてない」
あっけらかんと言いながら、尚も新聞を見続けていた。
「読みましょうか?」
そんな俺の言葉に、文字通りを目を輝かせながら何度も頷き、新聞を渡してきた。
俺は、大きく書かれた見出しのような部分を読み上げていく。
1番の話題はやはり、失踪事件についてだ。1面で大きく取り上げられている。色々詳しく書かれてはいるものの、全て憶測の域を出ていないものばかりだ。
他には海外で強盗をして捕まった犯人が護送されてくることや、迷惑行為が行われSNSにて拡散されたファミレスのチェーン店が警察に被害届を出したこと、大まかにはそういった事柄が大きく取り上げられていた。
こうやって新聞読むの久しぶりだな、とついでに色々他の紙面も読んでしまった。
「失踪事件の件、気になるね」
イオラ嬢の呟きが聞こえて慌てて、新聞をとじてから返した。よくみたら、かなり近いところに顔があった。本人には良くも悪くも何も気にしていないのだろう。
ってやばい、学校に行くの忘れてた。スマホで確認したら、もうあと5分で朝のホームルームが始まる。ここからじゃ到底間に合わない。
どうするか。
何よりもイオラ嬢をどうしたら良いのか。連れていったらややこしくなるし、かと言って1人で残しておく訳には行かない。
とりあえず、学校には休みの連絡を入れた。これまで休んだことはほぼないし、1日くらい欠席しても問題は無い。そんなことより問題は…って、
「な、なんでしょう?」
気が付いたら、かなり近い距離にイオラ嬢がいて、ドキッとしてしまう。やばい、調子狂うな。
「これで会話してた?」
イオラ嬢が指さしていたのはスマホだった。
「無線機?」
確かに、さっきも興味津々に見ていたな。どうやら、イオラ嬢がいる世界には、スマホ、もしくはそれに似たものは存在していないらしい。
「トランシーバー?」
連絡手段として考えれば、あながち遠くはないのかもしれないけど、そんな感じ、と言うには少し違う気もする。
「なんて言うんでしょう。これ一つで連絡もできるし、色々調べ物もできるし、ゲームもできるし」
「ゲーム?」
イオラ嬢のいる世界は、そういう類«たぐい»のものがほぼほぼない、というかない時代が元になっているのかもしれない。そういえば、ストーリー上でそんなワードは出てきたこと無かったな。
学校に連絡もしたし1度家に帰るか。このままここにいたら、また誰かに見つかるかもしれない。何よりも"この格好"では身動きが取りづらい。
「一度自分の家に戻ろうと思うのですが」
「分かった」
と、一緒に立ちあがってついてくる。
「イオラ嬢って、家って」
「ない、というかわかんない」
分かってはいたけど、ここがどこだかわかっていなかった。ひとまず、家に連れて帰るしかないだろう。
こうやって、普通に一緒に歩くのは色々と不思議な感覚だ。テレビの中の芸能人だとしても半ばありえないのに、イオラ嬢はゲームのキャラなのだ。いや、まだ役作りスゴすぎるコスプレイヤーの可能性があるのか?誰かに洗脳されてる?
まぁ、いずれにしても、こんなキレイな女性と歩けるわけだから、この時を楽しんでおこう。この先二度と無いかもしれないわけだから。
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