第124話
星の光が目で見えるくらいに空が暗くなったほどの時、アーニアはフルミーネの傍まで辿り着いていた。
彼女の火の魔法は文字通り火を操るものであるが、爆炎に指向性を持たせることで推進力にすることもできる。
移動に使えるが、その欠点は絶望的な燃費である。
アーニアは気質が人間に近く、端的に言えばよく動揺するため、その心の動きに伴って大量のマナを生み出す。しかしながら、魔女として未熟な体質がそのマナを燃焼させていて、効率という点では他の魔女とは明らかに劣っていた。
そのため滞空している間、常に爆炎を使い続けるとアーニアのマナが尽きかねないため、地上で一時的に爆発させた後は慣性で移動する程度の使い方しかできず、海を渡るなど到底不可能であり、普段アーニアは使わない方法である。
ただし数キロ離れたフルミーネに近付く程度であれば、彼女にも可能だった。
QRAAAAA!!!
フルミーネの大きく長い胴体は今も猛烈な速さで地を這いずり、その頭部がどこにあるのかすら分からなかった。そのうえ眩い黄金の光を常に身にまとっていて、近づくほどに視界が潰れていく。
「ま、眩しすぎる……」
アーニアは目を細める。マナのせいで視界が潰れているのか、光のせいなのか、もうわけが分からなかった。
その点において困るのは、苗木をどう刺せば良いか、物理的に判断が困難なところだった。一定以上に近付くと視界不良になり、まともに狙いは定まらない。
その上、動くフルミーネの体に苗木を刺そうとしても体の表面で弾かれてしまうのが関の山だった。
(せめて光か、動きのどっちか止まってくれれば……)
ともあれ地上でフルミーネを追いかける限り、到底苗木を刺すことは叶いそうになかった。
アーニアは再び爆炎を燃え上がらせ、爆発音とともに上空へと一気に跳躍した。竜の黄金の胴体は山一つ囲めそうなほどに大きかったが、空から俯瞰してようやく全貌を把握できた。
(上手く行くか分からないけど……試すしかない――!)
アーニアは自身の火の一部を空中に切り離し、地面の竜を目掛けて投げつけた。
爆炎が立ち上り、衝撃をうけたフルミーネが一時的に動きを止める。その隙にアーニアは苗木を構え、背中に爆炎を発生させ、竜の胴体を目掛けて加速した。
(上空から勢い付ければ――届けっ!!)
その時、
―――QRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAxxxXXXXXXXX!!!!!
夜の空全体に届くような音が響き、アーニアは突風で吹き飛ばさてしまう。
「ひあっ!!?」
山の斜面に落ち転がる。苗木が手から零れ落ち、慌ててそれを拾い上げた。
「な、なに今の!? フルミーネの声?」
心臓が高鳴るような感覚を、拾い上げた苗木を胸元に抱えるようにして押さえ込む。少し離れたところで振り返り、フルミーネと対峙し直す。
(ほとんど同じ声だったけど、なんかおかしい気がする……)
「……声が、重なってる……」
インクレス本体の咆哮と、もっと遠くから響いているような遠鳴りが同時に響き、重なっていたのである。
(なんで? 前に来た時、こんな鳴き方だったっけ……?)
「なんか不味いのかな……? は、はやく封印したほうが良いのかも――いや、メフィー様が来るのを待った方が良い?」
苗木を抱えて、右往左往とアーニアは迷い始めた。
一方で、フルミーネの動きも鈍くなっていた。胴体の動きは緩慢になり、土煙を上げながら、長いリボンのようなヒレのついた首が空に伸び、頭部を持ち上げて、辺りを見渡していた。
その首元にはウロコが無く、アーニアの目から見ても苗木を刺すのにうってつけだった。
(いまを逃したら……でもメフィー様は来てないし、ど、どうしよう!?)
苗木を構え直した、彼女の選択は――
(あと一回だけ試してダメなら、メフィー様を待とう!)
――だった。
アーニアは深呼吸をして、身体の中に空気を取り込む。
動揺という心の動きによって増幅されたマナに再び火が灯り、そして爆炎が閃くと、彼女は忽ち飛翔した。
火の粉を散らせながら、苗木の根の先は、フルミーネの首元を目掛けて……
「とどけえええー!!!」
彼女の声に反応したフルミーネが振り返り、その喉元が露になったと同時に、苗木の根の先が、竜の喉へと突き刺さった。
アーニアは飛びだした勢いのまま竜を過ぎ去り、地面に向かって落ちて行く。そして地面と衝突する寸前で、しなやかな草と枝の網で受け止められて、その上を転がった。
「うわあっ!!」
「アーニア、よくやった」
そばにはメフィーが立っていた。それに気づいたアーニアはすぐに姿勢を正したが、白魔女の浮かべる微笑みを見て、力がすっと抜けた。
「此度の働き、見事だった。わずか十数年余りの魔女が、これほどやってのけるとはな」
「えっ…は、はい! あ、ありがとうございます」
喉に宿り木を受けたフルミーネは身をよじり、首を伏せて低くうめいていた。
「で、でも僕、あの苗木を少し焦がしちゃったかも……」
「気にするな。効きが遅くなるとは思うが、樹に残った傷はマナを吸って成長する過程で癒える。封印は進むだろう」
「よ、良かった……」
ほっ、とアーニアが胸を撫でおろす。「ひとまず、これで竜の封印は終わり――」
そのとき、
「ニアーーーーーーーーーッ!!!! だめだーー!!!」
という声が、山間に木霊した。
「……え?」
アーニアとメフィーが、驚いて上空を見上げる。すると、箒に乗った二人の人物がまさに向かってくるところだった。
「セタさん!?」「……ウル!!」
アーニアとメフィーがそれぞれ見えた者の名を叫ぶ。
「だめだ!! フルミーネを封印したら――」
―――QRAAAAAAAAAAxxxXXXXX!!!!!
セタの声をかき消す大咆哮が地面ごと揺らし、木々の枝と葉が風に鳴った。
(今の咆哮は……!)
メフィーも事態を察し、声を上げる。
「アーニア、主はここを離れろ!!」
「え」
その反応より早く、アーニアは箒に乗っているノアルウに掴まれて、地面からあっという間に離脱した。
「うわあ、ちょ……は、早っ!!」
「じっと して」
上空で狼狽えるアーニアに対し、ノアルウがたしなめ、地表に残ったメフィーは地面に手を当てる。
地表には亀裂が走り、地下に伸びた樹々の根は何かの声に慄いたように震えている。地殻を丸ごと震わせるような振動が星の中枢から響き、地表に届いているようだった。
(この根の感覚……この一帯の大地は、ただの谷じゃない。もっと深い亀裂が、大昔の土砂崩れで埋まったものだ)
メフィーは巨大な亀裂が地下深くに残っているのを察知し、インクレスに寄生されたフルミーネを見遣ると、状況を完全に把握した。
「裂け目そのものか、ここは……!」
「師匠 にげて!」
ノアルウの声が上空から響く。「インクレスが 来る ここに残ったら ダメ!」
「竜を全部封印したら、飢餓状態のインクレスの本体が地表に出て来る可能性があるんです!! 速く逃げないと、崩壊するかも――!!」
ノアルウ、セタの声が立て続けに響いたが、メフィーは首を振った。
「否。ならば尚更、儂が逃げるわけにはいかんな」
メフィーは両手を地面につけて、樹の魔法を行使した。裂け目を縫うように木々の根が成長し、地面をつなぎとめる。
地盤の動きを広範にわたって制御する大規模な魔法を行使しながらも、メフィーは空に向けて声を上げる。
「セタ、ウル、事情を知っているようだな、主らに任せる。宿り木が焦げている故、フルミーネの封印はまだ終わってない――木を奴の体から取り除いてくれ」
「苗木を……?!」
セタはフルミーネの体を見た。
苗木は今も少しずつ成長し、竜の体からマナを吸い上げているようだった。
「取り除くって言っても……あんな目に見えて成長している樹、どう引っこ抜いたら…」
「それは――」
メフィーがセタたちを見て口を開いたが、同時に大地が瓦解する轟音が響き、木々が軋み、なぎ倒された。まるで水のように地面が流れ、メフィーが土砂に呑まれて離れていく。
「メフィー様!!」
セタが顔を青くして、フルミーネの方を見た。その竜も地面の崩壊に合わせて、のたうつように移動していく。
「ノアルウ様、早くあの竜の封印を解除しないと――!」
「うん わかった」
ノアルウが箒を加速した。
「ちょっと待って、フルミーネの封印解いちゃうの!? てか、今何が起きて…??」
ノアルウに抱えられたアーニアが声を上げた。
「寄生された竜は、インクレスにとって食餌のためのものなんです。全部の宿主の竜を封じたら、本体が地下から出て来るかもしれないんですよ!」
アーニアは目を剥いた。「ええ!? なんでセタお兄さん、そんなことを知ってるの?」
「わたしが 教えた」
ノアルウがアーニアの目を見て答える。風に髪がなびき、その左目の翡翠が晒されると、アーニアは納得した。
「ま、マジ…?」
「ともかく 今はあのりゅうを 封印したらだめ 先に裂け目を 封じてからじゃないと」
「でも、どうやって宿り木を取り除けば…もう首元に根付いてるのに――」
セタが顔を顰めて、思案を巡らせていると、アーニアが意を決し、口を開いた。
「な、なら……僕が燃やす!」
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