第113話


 白塔に集められた魔女と絵描き、計9名が茶の席に着いた。

 セタなどの絵描きの方は一様に少し緊張した面持ちで、ルカヱルとミィココだけが、メフィーのほうに身を乗り出すように腰を浮かせていた。

「ではルカヱル。悪いが、最初に主の話を聞かせてくれ。お主が調べた、インクレスのことを」

「うん」


 ルカヱルの話によれば、まずインクレスが持つ“共鳴”能力について語られた。マナに富む鉱物などに作用する力であり、それだけであれば脅威には感じられない――ただし実際は、竜のマナとも共鳴し、「寄生」ともいえる生態を成立させている。インクレス自体は深海よりも深い星の深奥に棲息しているにも関わらず、「鉱物を纏うこと」、「甲高い鳴き声」という“とってつけたような共通点”を持つ竜たちが、世界各地に散らばっているのである。それこそが、ミレゾナ、フィアマ、メルキュリオ、そしてミラジヴィーだった。

 加えて、インクレスは群体として動くことで正味莫大なマナを操る。深海から海面まで共鳴が届き、「波紋」や「乱流」の伝承となった。なおかつ、その強大で広範囲の共鳴能力が、かつてのアトランティスを沈めた可能性が最も高い。もしインクレスの群体が大陸の奥底から湧き上がれば、大陸全体の鉱物が共鳴によって揺れ動き、すべてが塵芥となるまで破壊されると予想される。


「ちょ、ちょっと待て? お主の話が正しいならば、ミレゾナはインクレスの仲間――いや、宿主なのか?」

 ミィココが椅子から立ち上がって言う。「しかも生態だけでなく鳴き声がインクレスと同じだと?」

「うん。鳴き声っていうか共鳴音かもしれないけどね。どんな声かって言うと――」

「“QRAAAAA”、って、こんな感じですよね」と、ヲルタオが見事な声真似を披露する。

 それを聞いたミィココが、びくりと肩を震わせた。

 隣に座っているアルマも、目を見開いて、ゆっくりとミィココを窺い見る。

「せ、先生、今のって」

「なんということじゃ……」

 震える声で呟きながら、彼女はメフィーの方へと向き直る。

「メフィー、だとすると今の声は……、パンゲアを破壊した厄災の竜とも、同じ鳴き声じゃ」

「えっ!」「うそ!?」

 セタとルカヱルが同時に声を上げて、ミィココを見た。

「ええと、つまり、つまり――じゃあ先生が遭遇した大昔の厄災も、インクレスが起こしたもの、ってことになりせんか!?」

「じゃが、もしそうだとすればアトランティス大陸を沈めるほどの力があっても全く不思議ではない。むしろ辻褄はあうが……。メフィー、どう思う?」

「残念だが例の厄災の日、儂は鳴き声がちゃんと聞こえる場所には居なくてね――だから無傷で済んだのだが」

 メフィーは肩を竦めた。

「だが主の言う通り、かの厄災もインクレスがトリガーだと断定して良いだろう。お主は死にかけておったから知らぬだろうが、儂は厄災の日、ある物を見たからな」

「ある物じゃと?」

「穴さ。底が見えないほどに深い、暗い大穴。砕けた後のパンゲアの中心に、その穴はあった」

「パンゲアの中心って……。それこそ今でいう、レムリア大陸ってことですよね。その穴、今はどこに?」

 アルマが手を挙げてメフィーに尋ねる。

 彼女は、口を開く前に下を指さした。

「ここだ」

「……えっ?」

「白塔の大樹が隠れているが、その穴はこの下にある」

「えええええ!!?」

 質問者のアルマだけでなく、その場の皆が驚きの声を上げた。

「おい、ど、どういうことじゃ!? じゃあ儂ら、いまその厄災の中心の、ま、ま、真上にいるってことなのか!?」

 ミィココが顔を青くして尋ねる。

「そうさ。樹の魔法を封印の魔法に転用する技術自体、この穴を塞ごうとしたときに完成した副産物だからな」

 さらりと言うメフィー。

 “家の壁に穴が開いたから塞ぎました”くらいの口調だった。

「なにか竜の仕業だというのは、その時の大穴の周辺に残ったマナで分かった。それに、儂は厄災の瞬間を遠くから見ていたしな。ルカヱルがインクレスを見つけてから、厄災の根源だったと確信した」

「じゃあ当時のパンゲアの厄災は、その穴からインクレスが出て来たのが原因ってこと?」

「いや逆だ。インクレスはその穴から深奥にんだろう」

「……はい、った……?」

 メフィーの答えを聞いたルカヱルは、背中に悪寒を覚えた。

「ああ、すっかり大事なことを話し忘れていた。厄災の日、儂が遠くから観測したものというのは、だよ。パンゲアの中心に、それは堕ちた。その衝撃が大穴を開け、さらには大陸を砕いた――後からその場にたどり着いた儂は、穴の周りに竜のマナの残滓を見つけた。今でいう、インクレスのマナをな」

「……インクレスは、流れ星に乗って来たの?」

「あるいは、あの星そのものが、鉱物を纏ったインクレスだった」

 セタは深奥で見つけた、インクレスの「外殻」を思い出す。

 見た目は澄んだ水のように美しい結晶のようだったが、魔女の力でも砕けない硬度があった。

「いずれにせよ、奴はこの星の深奥の原生生物ではない。もとは、宙から来たのだ」

 メフィーの話を聞いて、セタは言いようのない不安感に襲われていた。

 事実を端的に言えば、パンゲアが砕ける日までインクレスはこの世界にいなかったのである。

 人が、動物が、草花が、樹が、魔女が、竜が棲むこの世界において、インクレスは元々いた生物ではない。突然宙から来て、大地に穴をあけて、深奥に潜り込んだ。

 なにか取り返しのつかない歴史が、いま棲んでいる世界は既に遭ったのだ――星外の竜に星ごと侵略寄生されていたとも言える事実が。

「寄生された竜は鉱石を主食としていた。深奥に潜むインクレスのマナが、長い時間を掛けて地表の鉱石に浸食しつつあるのかもしれん……寄生生物の生態から類推すると、それだけでは済むまい。いわばそれは中間宿主、もしその竜が他の竜に捕食されたら、捕食者にもインクレスのマナが移る。あるいは捕食の如何によらず、能動的にな」

「そうしていずれ、この世界の竜すべてを手中に収めようということか」

「否、竜だけではないな」

 メフィーに首を振られて、ミィココが目を丸くした。

「どういうことじゃ?」

「マナの共鳴能力を応用して寄生しているのなら、マナを持つ生物全て、宿主になりうる」

「つまり、儂ら魔女、か」ミィココが顔を顰めて言う。

「ですが現存する魔女はここに集まっています」と、ヲルタオが辺りを見渡しながら言う。「脅威ではありますが、魔女への寄生は防げるのでは?」

「儂らについてはな――だが、ルカヱルも知ってると思うが」メフィーはルカヱルとセタたちの方を見て、話を続けた。「世界には魔女が儂ら以外に、もう一人いる」

 その発言に、その場にいる魔女も絵描きは驚く。

「私から説明するよ」

 ルカヱルが席を立って、みんなの注目を集めた。

「魔女の名前はノアルウ。もともとアトランティスに棲んでて、大陸が沈んでからは行方知らずだった。けど、つい数日前に彼女が生きている痕跡を見つけたの。海底の裂け目の奥底に突き刺さっていた魔法の箒をね」

「魔法の箒じゃと? お主のものでなく?」

「うん――私の箒の魔法は、アトランティスにいたころにノアルウから教わったもの。つまり」

「ならその箒は、ノアルウさんのものということですか」

「そう。でもその箒の魔法には、樹の魔法を応用した封印の仕掛けがあった……メフィー様、なにか知ってますか?」

「ああ。儂が教えたやつだ。あれは――ミラジヴィーを封印してからしばらく経ったころか」

「やっぱり、ノアルウと会ったことあったんだね。しかも、アトランティスが沈んだあとに」

「しかし当時の儂は其の魔女がノアルウだとは知らないでな。やつは名を隠し、わけあって追究しないでくれと言った。暇つぶしに、そのまま師事させたが」

「名前も知らないまま教えてたの?」

「そうさ。だが不便なものだったから、儂が勝手に決めた呼び名はあった。ルカヱルとヲルタオは知っていると思うが、という」

 ルカヱル、セタ、そしてヲルタオとリンが、その名を聞いて同時に目を見開いた。

「まさか、あの論文の? ……道理で」瞬時に様々なことを察したヲルタオが小さく呟いた。

「ああ。さて――では、本題に入ろうか」

 メフィーの一言に、皆が顔を見合わせた。

「本題じゃと?」

「ああ。皆をここに呼んだ理由をな」メフィーは面々を見渡した。「主ら魔女と絵描きの招集令を出したのは、インクレスの共通点が竜から竜に渡ったのを、ルカヱルとヲルタオたちが見た後――つまり宿主が変わるのを見て――寄生の実態に気付いたから。それとは別に、インクレスが深奥にいるという事実と過去の厄災が、ミィココの記憶によって結びついた。だが、もっとも強いきっかけは」

 言葉を区切ったメフィーは、ゆっくりと顔を上げて、この場で最も若い魔女へ、視線を向けた。紅蓮の髪の少女は少し顎を引きつつ、最も古い魔女の一瞥を受けた。

「アーニア。主がジパングで、黄金のフルミーネを観測したときだ」

「……えっ? ぼ、僕?」

 魔女たちの議論に混ざれず、静観を保っていたアーニアが呆気にとられたように驚いて目を丸くして、他の皆も、彼女と同じ表情をした。


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