神話の厄災

第112話

 *



 レムリアが「中央大陸」と称される所以の一つは『世界地図プロジェクト』にある。メフィーが完成させたそのプロジェクトにおいて、その出発点が今のレムリアだった――それ故に、レムリアの地図が紙面の中央に描かれたのだ。

 さらにもう一つレムリアが「中央」と称すにふさわしい所以があるとすれば、『白塔』である。白塔は全世界の大役所と繋がる情報機関であり、大役所同士のやり取りに限られるとは言え文書や絵の情報であれば“通心円陣”という魔法によって素早く伝達される。世界地図が完成し、その後白塔が完成してから、世界は目覚ましい発展を遂げた。

 白塔は一般市民にとってはさして馴染みがないが、その実物を見たことがある者は更に少ない。レムリアの中央までアクセスするということ自体、極めて時間と金がかかるからだ。


 そんな世間の事情を尻目に、セタとルカヱルは箒に乗り、レムリアへと発った。ジパングの東洋群島からおよそ半日かけて、ルカヱルの箒を全速で飛ばした果てに、二人はレムリア大陸へと至ったところだった。白塔までは、箒であと一時間と言ったところだった。

「セタは役所所属だったし、白塔に行ったことはあるよね?」

「いえ」

 ルカヱルのふとした質問に、セタは首を振った。「確かに役所務めでしたが、地図編纂課の下っ端でしたし……。白塔に行く人って、限られた重役くらいだったと思います」

「あ。そうなんだ」

「だから俺、白塔の見た目もよく知らなくて――。ルカヱル様は白塔に行ったことは?」

「ふふん、あるよ」

 どこか自慢げにルカヱルは微笑む。

「ものすごーく大きいから、近づいたらセタにもすぐわかると思うけどね」

「まあ、世界最大の情報機関って聞いているので、大きいとは思いますが――」

 セタは頭の中で、碧翠審院やメーフィー・イー城を思い浮かべる。どれも首を右から左へ、あるいは真上へ動かさないと全容を把握できない建造物だ。

「あ、でも今日はちょっと曇ってるから、近づかないと見えないかもしれないけど」

「へえ、そうですか……っていや、そんな山みたいな言い方、塔に対してしますか?」

 セタは空を見て言う。厚い雲が早く流れており、今日の天気が悪いというより、昨日までの天気を引き継いだ空模様に見えた。

(運が良ければ、もうすぐ晴れそうではあるけど……)

「ルカヱル様は、白塔に来た時はどんな御用だったんです?」

「白塔が完成したときに、急に呼ばれたのです。通心円陣っていうメフィーの作った魔法が動き始めた時に。だから用があったというか――お茶に呼ばれただけ?」

「……」

 お茶に呼ばれて大陸と海を横断するのはきっと魔女くらいの生き物だろう、とセタは思った。

 そうこうと会話をしていると、次第に雲が切れ目を持ち始めた。霧がかかった地平線の向こうに光が差し込んでいく。

 セタは、自分の目にあるものが映って、目を細めた。

「え……まさか、あれが……?」

「ふふっ、そう。あれが『白塔』です」

 ルカヱルが指さした先には、確かに雲に隠れてしまうほどに大きな建造物があった――否、正確には建造物と呼んで良いのか、セタは迷った。

 白い石柱で組まれた塔の骨組みは確かにそこにあった。だがそれに纏わりつく大きな樹があったのだ。樹の幹は天まで伸び、無数の白色の枝葉を抱えていた。石組みと樹木が融合し、人工物の廃墟を樹が飲み込んだような外観に、セタは混乱する。

「これが、これが白塔……?? 塔とは……?」

「面白いよね。メフィーに聞いたんだけど、塔の骨組みを作ったあと、地面に彼女の樹を植えた。それが成長したのが、あの白い樹だって」

「それもはや塔というか、ほとんどプランターでは? ……いやいや、それ以前にあの樹、大きすぎませんか!?」

 高さにして数キロほどの樹は幹も太く、外周だけで数百メートルもありそうなほどだった。建造物や樹木の域に収まらないスケールで、もはや一つの地形のように鎮座している。

 セタは枝についている葉をじっと観察した。緑色ではなく透明にも近い白色で、太陽光を散乱して輝いていた。宝石や露の輝きのようだった。樹の幹の一部も透けており、この世の物とは思えない神秘さで飾られている。

「変わった樹ですね」

「聞いたところだと、メフィーの植えた樹の中でもこれは特別なのです。通心円陣の触媒として使ってるせいか、なんか透明だし」

「ええ……。樹の中を通る水が見えます」

 やがて箒は樹の根元へ近づく。そこに降り立ち、影すら作らない大樹をセタは再度見上げた。光を遮らないおかげか、地面にも草木が生い茂っている。樹の根元は、比較的‟人工物”の様相を維持していて、扉がついていた。

(たしかに、下の部分だけ見ると塔って感じだ)

 ルカヱルが扉に近付き、手を伸ばした瞬間――扉の方が先に動いて、その先に人がいたのである。

「お待ちしておりました。ルカヱル様。セタ様」

 扉の先にはヲルタオの着こなしに似たフォーマルな様相の男性が待っていた。彼は下げていた頭を上げると、胸に手を当てた。

「私はイズと申します。メフィー様のもとにご案内いたします」

「あー、ありがと」

「本日はレムリアのディナの地で採れた茶をご用意しております。セタ様もぜひお茶会にご出席ください」

「ど、どうも……」

 セタは白塔の中へと入る――塔の中は床や壁、天井に至るまで大樹の根が張り巡らされ、その根の中を光が行き来していた。

 根を踏まずに歩ける廊下の床部分を伝うように、セタとルカヱルはイズに着いて進んでいく。

「凄く変わっていますね……。それに、なんだかうっすら明るい」

「そうでしょう」イズはすぐに頷いた。「白塔のなかは、どこもかしこもこうなのです。メフィー様の樹の根が水と光を取り込み、常に明るい――足の踏み場は、少し少ないですが」

「通心円陣の触媒、と訊きましたが……この根も?」

「浅学で、魔法も使えない私めでは完全には理解できませんが、メフィー様いわく、光によって記録と記憶を保存できるとのことです。世界中の樹木に記録された光がこの大樹に伝達され、記憶の一つ一つが葉に残ると」

「凄い魔法だ……」

 そして、確かにセタにも理解は殆どできなかった。

 だが、光で記録するというアイデア自体は似たものを聞いたことがあった――リンの写真機である。

 根が手すりになった階段を上り、大きな扉の前に立ったイズがノックをする。

「メフィー様、ルカヱル様とセタ様をお連れしました」

 そう告げた瞬間、扉がひとりでに動く。驚いたセタが一歩退き、ルカヱルの少し後ろの位置に立つ。

 扉が開くと――その向こうの景色を見て、二人は目を丸くした。

 メフィーだけでなく、ヲルタオとリン――ミィココとアルマ、そして深紅の髪の少女と白髪の紳士。

 魔女と絵描きが、一堂に会していたのだ。

「あ、セタさん! ルカヱルさんも!」リンが手を振り、二人に声を掛ける。

「はっ……お主、まさか一番遅いとは呆れるのう」

 その脇で、ミィココが呟いていた。

「み、ミィココ? ヲルタオとリンも……!?」ルカヱルが部屋の中を指さし、言葉を区切りながらつぶやく。「なんでみんな、白塔にいるの?」

「?」と、ミィココは首を傾げる。「なんじゃお主、呼ばれたんじゃろう?」

「ミィココ。ルカヱルはね、私が個人的に呼んでいたから、役所の通達とは関係なく此処に来たんだ」

 メフィーがそう言うと、

「個人的にじゃと?」

「役所……通達?」

と、ミィココとルカヱルが同時に首を傾げる。

 メフィーは肩を竦める。

「――ま、詳しいことはお茶でもして話をしよう。イズ、お茶を」


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