第114話

「‟黄金”のフルミーネって……。私たちが最初に報告した竜じゃ……?」

 ルカヱルが思い出しながら言葉を紡いだ。セタも同時に、あの最も美しい竜の姿を思い出す。

「ああ。そうらしいな」

とメフィーは肩を竦めて言う。

「えっ、“そうらしい”、って……メフィー、貴方ずっと私たちの図鑑の旅を見て来たんじゃ?」

「見て来たとも。フルミーネはな」

「え」

「――ああ、思い出しました! 俺たちあの時、まだ‟バッジ”を付けてなかった!」

「……あっ」

 そう言われて、ルカヱルも思い出した。

 竜の図鑑のプロジェクトを担当する者たちに配られる漆塗りの木製バッジ。プロジェクト中における行動の特権を許可する物であり、役人たちは皆、その意味を理解している。

 その実、もう一つの目的はメフィーが‟樹の魔法”を介して魔女たちの動きを見ることだった。だからこそ、メフィーはこのプロジェクトにおいて最も総合的な見解を持つことができるのだ。

 しかしながら。

「主らと来たら、初動が早すぎるばかりにな。儂がフルミーネについて知っているのは、主らが作った図鑑の絵と文面の情報のみ。そしてそこには、鳴き声の情報が無かった」

「あ、あう……そ、そうだったかも」

 ルカヱルは、ばつが悪そうに頭を掻いた。

 セタはというと、記憶を掘り返してフルミーネの‟鳴き声”を思い出そうとしていた。だが、網膜に刻まれた美しい外観と黄金の光と、山間の秘境の中でひっそりと金を精錬する人々の営みばかりが頭に浮かび、反面、鳴き声という音の記憶を思い出す難しさを思い知った。

(けど、フルミーネは確か、文字通り金を纏う竜。まさか……)

「ここで話題に上げたから察したと思うが。フルミーネもまた、インクレスに寄生された竜だ。鳴き声と鉱物を纏う後付けの共通点を持っている」

「……なんてこと」

 ルカヱルは、力が抜けたように肩を落とした。「最初に見てたなんて」

 最初に見ていたからこそ、“共通点”などという意識を持つはずもなく、記憶の中で薄れていたのだ。そのうえ音は、記憶の中で最初に忘れられるものだから。

「確かに、僕が見たフルミーネの姿も、鳴き声も、そのインクレスっていう竜の特徴に似てる。寄生されてるなんて、思いもしなかったけど」

 そうアーニアが言うと、メフィーが頷いた。

「寄生された竜が世界各地にいることに気付いたところで、儂は主らを呼ぶことにした。主らにもインクレスが寄生しうるという危険性を伝えるためにな」

「しかし打ち手はないのか? 長い時間放置していれば、厄災が起きずとも全ての竜がインクレスに寄生される可能性があるぞ」

「然り。だから主らに頼みがある。寄生された竜を、治療したい」

「治療?」

 誰にとっても予想外の提案だったため、数人が同じ言葉を繰り返した。

「ああ。もろもろの観察結果からインクレスは星外生物、あの厄災の根源で間違いない。パンゲアとアトランティスの破壊、鉱物汚染の疑い、および、竜と魔女への寄生。やつの全ての活動が、この世界の全ての生物にとっての脅威だ。奴を駆逐するのは難度が高いとはいえ、影響を受けた生物たちを元に戻してやらねば」

「だが、治療と言ってもどうするのじゃ? 竜の治療なんぞ考えたこともないし、まして竜が寄生した竜の治療法など、お主も知るまい?」

「いや、知ってる。――ミィココ」

「な、なんじゃと? 儂で?」

「そっか。ミィココあなた、厄災で酷い傷を負ったって言ってたよね?」

 ルカヱルがハッとして尋ねると、ミィココの方も事に気付いた。

「まさか、そのとき儂もインクレスに寄生されてたのか?」

「一時的だが」

 メフィーは頷く。「当時はそれがインクレスの寄生だとは気づかなかったが。厄災の影響をまともに受け、燃え尽きた木炭のように崩れかけた主を見つけて拾った。主の回復を待つ間、経過を観察していたが――炭のような破片に混ざって、いくつかの蒼い鉱物が崩れ落ちた」

「……そう、じゃったのか……」ミィココは自分の手のひらを見つめて呟いた。

 それを聞いたルカヱルは、ラアヴァの火に焼かれたときのミィココの事を思い出した。体表面は炭のようなものに覆われていたが、それが剥がれ落ちると、無傷のミィココが姿を現した。魔女の体が余りにも酷いダメージを負うと、大量のマナと引き換えに体の組織ごと作り直す現象が起こる。全身でその現象を起こすことは滅多にないが、部分的なケースはルカヱルも経験があった。

 そしてそのレベルの傷を負ったとき、魔女のマナは大量に漏出してしまう。

「インクレスの寄生は、機構はマナの共鳴だからな。あの日の主のような者に、マナを大量に失った者では共鳴も不可能ということらしい。逆に言えば、今寄生されてる竜も、ノアルウも、それは同じはずだ」

「死にかけになれば、寄生したインクレスが剥がれると?」

「確かにミラジヴィーと戦ったメルキュリオの寄生は剥がれましたが……。でも、あの時は代わりにミラジヴィーの方に寄生が移りましたよ」

 ヲルタオが指摘する。

「その通り。つまり宿主が死にかけた瞬間に別の宿主候補が近くにいては、宿主を変えるリスクがある。宿主を単体で、死にかけまでもっていく必要がある」

「具体的にどうするのじゃ? 儂のケースでは偶然死にかけておったとはいえ、その当時の状況を再現するには」

だ」

 そう言うと、メフィーは‟苗木”を一つ、机の上に置いた。

「儂の苗木は、冬虫夏草に似ている。寄生された竜の体にこの苗木を刺しても、その瞬間に死に瀕することはない。が、苗木がマナを吸収して成長するにつれ、竜は瀕死の状態に陥る。そのあと苗木は枯れて効力を失い、竜は次第に苗木の方からマナを吸い返して回復し始めるが――」

「――瀕死の状態になった瞬間、インクレスの寄生も既に剥がれてる、ってことね」

「左様。この樹とインクレスの鉱物とで、寄生を競合させる。そうすれば宿主が仮死状態に陥った時に、いずれの寄生体も自然と失われる――竜が回復すれば、元通りだ」

「魔女にも有効かな?」

 ルカヱルが尋ねると、メフィーは肩を竦めた。

「保証はできない。竜を封印した実績はあるが、むろん魔女を封印したことはない――だが、試す価値はある」

「うん……。うん。私、その話に乗るよ」

 ルカヱルが数回頷いて、そう言った。「メフィー、その苗木を私に頂戴。上手く行くか分からないけど、試してみる」

「準備を終えたら、ここにいる皆に苗木は数本ずつ渡そう。インクレスに寄生されている生物が、今見つかっている竜とノアルウだけとは限らんからな」

「そうか。ならば、とりあえずミレゾナは儂が封印してやる。苗木の根を体に刺せば良いんじゃな? 奴はつい最近見つけたばかりだからな、もう一度見つけるのは簡単じゃろ」

「なら私はフィアマを封印します。あの竜は頻繁に移動する生態がありますが、活動域に私の“扉”がありますので、すぐ見つけられるでしょう」

「……ぼ、僕もやる。せっかく魔法の修行も兼ねてるんだし、何か役に立ちたい」

「そうか。感謝するぞ、アーニア」

「えっ? え、へへ……」 

「だが、主がムー大陸で見つけたメルキュリオは、今はもう死んでしまった……フルミーネの方を頼む。儂は残りのミラジヴィーを見つけて封印する。あれは以前も封印した相手だ。特に手間取ることはあるまい。終わったらアーニアを手伝おう」

「なら私はノアルウを」

「ああ」

 メフィーはルカヱルの目を見て頷く。

「ひとまず苗木を準備する傍ら、あやつの居場所を樹と役所の情報網を駆使して手がかりを見つけよう。しばらく時間を要すが――終わり次第、みな動いてくれ」





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