第88話
*
アヴァロンの北部には、北洋凍土と呼ばれる島がある。西洋群島が西の果てにある島なら、北洋群島はアヴァロンの最北端に位置する島々である。
火山活動が見られるアヴァロン唯一の地帯であり、なおかつ寒冷地ゆえ、居住者の人口は数少ないが、観光地的な人気があるスポットがいくつか存在する。
さて色炎のフィアマは、そんな北洋凍土で最大の活火山であるガーハ山に一定周期で降り立ち、食餌を行うという。到来周期は年に2回ほどであり、一度やってくると2,3か月ほど、そこに居つく。竜の中でも移動周期が最も短い部類に入ると考えられ、フィアマの到来地区は焦土と化すため、誰も寄り付かない。
「なので、シーズンを逃すとフィアマはムー大陸に移動してしまいます。以前観察したのが、ここ10日以内のことだったので――まあ、なんにせよなるべく早く観察をした方が無難でしょう」
と、ヲルタオは調査済みの生態について述べた。「フィアマは飛竜の類なので、調査前から一般人にも認知されています。いまだに謎なのは、炎の色の由来です。それと、絵図はまだ未完成です」
「……それにしても、焦土と聞いていたのですが、綺麗な場所ですね」
セタは周囲の風景を眺めては、白い息を零す。ヲルタオの扉が通じていたのは、カーテンのように幅の広い滝が流れる高原だった。背の低い花々の淡い黄色で飾られた緑色の絨毯と、水と空の色が地平線まで彩っていた。
「ここは私の持つ扉の中で、一番フィアマの巣に近い扉です。これ以上近づくと、うっかり火に焼かれる可能性もあるので」
「ここに降り立った記録は、これまで無いみたいだけどね」と、リンは付け足す。「たぶん、フィアマの餌は鉱石なんだと思う。前に観察したときは火山の山肌に口を突っ込んで、何かを掘ってたの」
それを聞き、セタはふと気が付く。「ルカヱル様、鉱石を食べるってことは」
「うん、ミレゾナと同じかも」
「ミレゾナも鉱石を?」
ヲルタオが短く尋ねると、ルカヱルは頷いた。
「牙が鉱石でできてる、って話はしたよね。その牙を掘削機みたいに岩盤に突き立てて砕いて、鉱石を食べてたみたいなんだ。そうして使い古した牙は、すぐに生え変わり、古い歯は抜け落ちる――そのせいで、洞窟の壁や天井にまで、牙が突き刺さってたからね」
「その石、いま持ってますか?」
「持ってる。昨日見せておけばよかったね」
そう言って、ルカヱルは袖の下から、ガラス管を取り出した。中には、うっすらと青い鉱石が封じられている。その石を、ヲルタオとリンが同時に覗き込む。
「あ、思ったより綺麗!」と、リンは見た目の印象を告げた。
一方、ヲルタオは難しそうな表情でしばらく見つめている。
「……なんとなく、不安定なマナですね。マナの濃度が不均一に散逸していて、濃度が高い所は驚くほど高い――昨日見せてもらったインクレスの結晶とは雲泥の差です。マナと共鳴しやすい性質が付与されているんでしょうか?」
顎を引くヲルタオ。鉱石に触れる気はないようだ。ルカヱルは肩を竦める。
「そうだと思う。それほど高度なマナの制御能力があるなんて、凄いと思わない?」
「ええ。かなり知能と技術が高いみたいですね。いうなれば、魔女のように」
その発言を聞いて、セタの記憶に前のルカヱルの発言が思い返された。
(ヲルタオ様も、ルカヱル様と同じ感想か。ミレゾナは竜というよりは魔女のようって……)
「フィアマには、そのような性質はありませんか?」セタが尋ねる。
「こういった、マナの制御技術ですか? どうかな――正直、そういう視点であの竜をちゃんと見ていませんでした。考察が足りませんでしたね」
殊勝なことを言って、ヲルタオは高原の果てを指さす。「フィアマはあっちにいます。既にフィアマは降り立ってしばらく経っています。火は収まっているころでしょうが、ここからは気を付けた方が良いです」
「……ここは十分離れてるんですよね?」
「ええ。問題は、不意にフィアマが飛び立とうとしたとき、です」
ヲルタオは言葉を区切るようにはっきり告げてから、話を続けた。
「飛び立った直後の低空飛行のフィアマは、地上にも強い熱波を伴います。凍土の氷を一気に溶かすことで、近辺の川で急激な増水が連動して起こる傾向があります」
「つまり――危険なのは、熱そのものではなくて、川の氾濫?」
「その通りです」
ヲルタオの視線は、滝の源流の方向を見ていた。「もちろん、距離が近づくほど、飛行時の熱波そのものの危険性も増します」
「ふふん、熱の対処なら任せてよ。こう見えても私、ラアヴァの熱線に耐えたんだからね」
「らーば? ……って、なんでしたっけ?」
メガラニカに渡ったことが無いヲルタオは、首を傾げた。
「今度、ミィココに会ったら聞いてみな。私より詳しいから……さて、それじゃあ飛び立つ前に行って見ようか。ミレゾナと共通点があるって思ったら、待ちきれなくなってきた」
ルカヱルが右手で箒を取り出し、“さんっ”と軽い音を地面に突き立てた穂から鳴らす。
「行こう。ヲルタオ、案内してくれる?」
「それは良いですが……」
ヲルタオは、ちらりとリンを見る。「リンを連れて行っても? 写真機のテストをしたいそうなので」
「あ、うん――私も、もう一回フィアマを見たいです! あと、実は箒にも乗ってみたい!」
と、素直な私欲ばかり漏れるリンに、ルカヱルは微笑んで答える。
「良いよ、行こう。あ、セタ、もちろん君もね」
「ええ。もともと俺は行くつもりでしたが……」
セタ、リン、ヲルタオ、そしてルカヱル。
箒一本に四人乗りはさすがに無理がある、というのは火を見るより明らかだった。
「リンは箒に乗って」
とヲルタオは勧めた。
「でもヲルタオどうするの? 案内役なのに」
「どうとでもなるから、さ、皆さん、箒に」
「そう言うなら……」
言われるがまま、ヲルタオを除く3名は箒に跨る。
「――セタさん、ち、ちょっと掴ませてね」
「ええ、構わないですよ」
最後尾のリンが跨ったのと同じタイミングで、箒は少し浮き上がり、“わっ”とリンが小さく驚いた。
そしてヲルタオは、誰も載っていない箒の穂先に飛び乗る。彼女が飛び乗ったにも関わらず、箒の柄が天秤のように傾くことはなく、水平を保っていた。リンとセタが目を丸くして、彼女の大道芸のような芸当に感嘆を送る。
「さて、これで行きましょう」
「なにこれ、重さ感じないんだけど」とルカヱル。
「実は、扉の魔法を使ったあとの一定時間だけ重量を揺らがせる特技を習得してましてね。しばらくの間、質量はありますが重量がない状態になってます」
「質量はあるが、重量はない……??」セタが片方の眉を上げ、もう片方を下げた。
「へえ、ヲルタオそんなことできたの? 重力だけ狂わせてるってこと?」
「平たく言えば、そうです。いまは摩擦だけでここに立ってます。――立っているというか、“引っかかっている”って感じでしょうかね?」
「ああ、そういえば昨日インクレスに遭った時もそうやって穂先に立ってたね。ふふっ、その意味のわからない特技、どうやら相変わらずの天才肌って感じで安心したよ」
「でもヲルタオ、重量がないんじゃ、風で飛ばされちゃうんじゃないの?」
リンが論文の突拍子のない結論について懐疑する学生のように尋ねると、
「質量と密度は残っているので風では動きません」
と、まあ不思議な回答をヲルタオが返したので、セタは角度を深く首を傾げた。
ともあれ魔法は大概このようなものだ。
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