第73話

「と、いうことでね、ルカヱルさんにお願いがあるんだけど」

「なに?」

「さっきリンが言ってたように、写真機を使った方法だと絵が描けない竜もいるんですよね。水の中にいる竜、太陽の近くを飛ぶ竜……とか、諸々ね。セタさんの画力だったらそういうの関係なさそうだし、どうせ竜の図鑑作るんだったら、お願いしても良い?」

「それなら良いよ。これまでも、セタなら描けてたし」

 確かになあ、とセタはしみじみと同意した。振り返ると、魔女が一緒にいるとはいえ、無茶な冒険ばかりだ。

「恩に着ます。ぶっちゃけ私も空を飛べないから、手を焼いてる竜もいるの。だから調査できるところだけやって、もう切り上げたんだけどね」

「君、思い切りが良いね」

「それに、これから例の石を探さないといけないから。たぶん、しばらく海底をうろつかないと」

「海底を?」

 ルカヱルはそれを聞き、自分からも一つお願いを打診することにした。

「それだったら、ちょっと調べて欲しいことがあるの」

「私に? 光栄ですね。ちなみに何を?」

「インクレス――“波紋”の伝承を聞いたことはある? 実は、その竜のことを探しててね。手がかりが欲しいの」

「波紋、インクレス……? ベテランの船乗りがたまに、そんなことを言ってますね。海の竜は写真機に不向きだから、図鑑調査では除外してたんだけど」

と、ヲルタオはリンを一瞥してから、続けた。「別に構いませんが、なんでその竜のことを?」

「ちょっとした、個人的因縁でね。インクレスを見てみたいの」

「そうですか。まあ……、海底はアヴァロン群島全体よりも広い世界だから、あまり期待しないでね」

「石探しのついでで良いから。どう?」

「じゃあ、暇潰しにでも」と、ヲルタオは了承した。「このカフェ、2階の部屋空いてるから、宿の代わりに好きにして良いよ。……ちょっと散らかってるけど」

 どの魔女の家も大概散らかってるな、とセタは思った。





 次の日の朝。

 セタたちは、いったん大役所に話を通すことにした。アヴァロンの大都市、ラーンを歩きながら街並みを眺めていると、改めてその発展具合にセタは驚く。

「改めて、ここは凄い街ですね。エダやラジの地が、遅れているように見えます」

 決定的な違いがあるとすれば“道”だろう。道の舗装は完璧に行き届いていて凹凸はごく小さく、馬車や人力車がなんの障壁もなく行き来している。

 そんな完璧な道の脇に、これまた最初から計算されて建造されたような、同じ背の高さの建物が並ぶ。まるで壁のようだ。

「空から見た時に、この町はなんだか同心円状のようなのつくりになってましたね」

 例えばジパングのエダの地はどちらかといえば碁盤の目に沿って形成された城下町である。昔の権威者がそのように街の配置を整備した、という経緯があるようだ。このラーンの地も、何らかの権威によって整備された街なのだろう

「うん。このつくりは、なんだか――」

 ルカヱルは遠い目を空に向けて呟いた。「――似てるんだよね。アトランティスの街に」

「そうなんですか? へえ……」

 そう聞くと、期せずしてアトランティスの視察をしているような気分も味わうセタだった。

 さて、ラーンの地に構える大役所は、そんな円形の街の真ん中――ではないが、その近くに構えていた。特別なつくりではなく、油断すると見逃してしまいそうだ。

 中に入ると、大概の役所の構造と同じで、いくつかの窓口が構えていた。

「図鑑プロジェクトの担当を探してみます」と、セタは言い残して窓口の方へと向かう。

「すみません、ちょっと良いですか?」

 受付に尋ねると、まるで機械的反射のように受付が応じた。

「ご用件は?」

「ジパングから来たセタと言います。竜の図鑑プロジェクトの担当者の方はおられますか?」

 彼が名乗ると、“セタ?”と反応する声が、受付のずっと奥から聞こえて来た。

 セタもセタで、異邦の地で自分の名前が不意に呼ばれるという経験に驚き、はっと顔を上げた。

 そして、窓口の奥から接近してきた人物を見て、目を丸くした――その人物は、歯を剥いてほほ笑んでいた。

「えっ? と、トーエさん!?」

「よお、セタ。どうやら五体満足で息災みたいだな――それに、魔女様もご一緒か」

 トーエは手を挙げると、セタ、そしてルカヱルの順に、平然と簡単な挨拶をしてみせる。一方、セタは驚きが収まらず、目を白黒とさせていた。

「な、なんでここに、トーエさんが……?」

「ははっ、何で何も、手紙に書いてただろ? お前さんの頼まれた調査のために、ここにしてるってわけだ」

「しゅ、出張ぉ……?」

 あっさり言うには、かなり遠距離な海外出張である。アヴァロンとジパングは陸続きではなく、パシファトラスという巨大な海を渡る必要があるのだから。

「おう、だから船乗りに乗せてもらったぜ。とはいえ、ここにたどり着くのに、移動だけでまる10日以上かかったけどな」

「でもこの前に手紙を送って来たばかりでしたよね……? “次はアヴァロン宛てが良いか?”なんて書いてあったから、普通にジパングにいると思ってましたよ」

 役人同士の連絡であれば、“通心円陣”という魔法によって、どれだけ離れていても一日以内にやり取りが可能である。ジパングにいようが、アヴァロンにいようが、そこから手紙をセタに届けるのにかかる時間は変わらない。トーエは当然ジパングにいると思い込んでいた。

「ははっ、いやその手紙、確かにそう書いたが、実はここから送ったんだ」

「なぜそんな、変に引っ掛けみたいなことを……?!」

「俺がアヴァロンにいるとか連絡したら、お前さんを無駄にあせらせるかもしれないと思ってな。そういう性格だろ? けど変に急かすことになると、プロジェクトの弊害になるからな」

 確かに、上司が次の目的地で先に待っていたと知ったら、セタは焦るタイプの部下だった。

「さて――とはいえ、しかしこうして出張中に運よく合流できたなら、こりゃ好都合だ。魔女様もちょうどいらっしゃるし、ここはお茶をお出しすべきだな」

「い、いえ、俺がやりますよ」

「まあどうぞ座ってなさいって、お客様。ルカヱル様も、どうぞこちらに――」

(いや、そういうトーエさんも、アヴァロンでは来客扱いのはずでは?)

というセタの真っ当な疑問はさておき、二人は半ば強引に、会議室へと連れていかれた。

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