第65話
「これは……なんじゃ?」
ミィココは机に置かれた鉱石を見つめ、眉を顰めた。「マナが不安定じゃな。このような鉱石は初めて見た」
「やっぱり、ミィココも知らないんだね」
「どこで拾った?」
それから、ルカヱルは砂漠での出来事を話した。
キャラバンとの出会い、砂漠の地下洞窟、伝承の知られていない竜の襲撃――話を聞くにつれ、ミィココの表情も少しずつ変わる。
実に楽しそうに、口角を上げていた。
「面白い」
「そう言うと思った」
「二つの意味でな。一つ、儂はそれなりに、このメガラニカの竜の伝承を知っておる。じゃが――その竜のことは、初めて聞いた。そしてもう一つ。よもや碧翠審院の創始者である儂も知らない鉱石が、このメガラニカにあったとはな」
試験管を拾い、光に透かすように掲げるミィココ。「この鉱石を生成し、牙とする竜――鉱石の牙の竜か。しかし、此度の伝承の呼び名は、お主が決めると良い」
「え、私?」
「当たり前じゃろが、お主しか見ておらんのじゃから。呼び名が何も無いのは不便じゃろう、はよせい」
「そ、そんなこと言われてもお……」
ルカヱルは頭の中で、古語から現代語、方言まで、あれこれと辞書を引く。
そしておおよその慣例に従い、“竜の第一印象として思いついた古語”を名前として伝承した。
「――
「もっと見た目に関する情報はないのか?」
「だ、だって、洞窟の中だったし、姿はよく見えなかったんだもん……。セタも一緒にいなかったし」
「しかし悪くはない。そやつから採れる鉱石自体は、確かに特徴的じゃからな。少なくとも仮称としては十分じゃ。では、もう少しミレゾナのことを教えてくれ。その竜は、潮の香りを纏っていた、と言ったな」
「うん。これはセタも言ってたから、確かなはず。きっと、ミレゾナは海と地下洞窟の中を行き来してるんじゃないかな」
「儂も海の中はさんざん歩き回ったが、それでも見たことはない。昼夜で活動場所を切り替えるタイプか。そう言った竜は、珍しくはないが。ふむ……」
ミィココは、どこか言葉を詰まらせたように黙り込んだ。ルカヱルは彼女の目を覗き込む。
「どうしたの?」
「気になったのは、離れた鉱石にまで作用させるという能力の方じゃ。ラアヴァやガトシロアのように、自身から直接マナを放出させる竜はおるが、ミレゾナのようにマナを仲介させて物に働きかけるのは……魔法のようじゃ」
「うん。やっぱり、ミィココもそこが気になった?」ルカヱルは頷いた。「マナの使い方が変わってるんだよね、ミレゾナは。それに、回復力も異様なほど高かった――マナの総量や密度じゃなくて、練度が高いって感じなの」
「妙な竜じゃ」
言葉とは裏腹に、楽しそうな笑みを浮かべるミィココ。「ならば、儂の方でもそのミレゾナについて調べてみよう。なに、わざわざ広い海の中を探さんでも、砂漠の街にあるという井戸から地下洞窟に行けば出会えるのだろう?」
「あ」
「なんじゃ?」
「ごめん、砂で井戸埋めちゃった。そっからは入れないかも」
「……」
ミィココは肩を竦めた。「ま、海底洞窟の方から探すか。暇つぶしにはなるじゃろ」
*
夜が更けたころ、絵描きのほうの進捗は、今しがたアルマがラフスケッチを終えたところだった。あとは線を修正し、細かいところを書き込んでいけば、十分精巧な絵になるだろう。基本的に色を塗る必要はないと指示されており、完成度をどこまで上げるかは作業者次第である。
ふと顔を上げると、セタもまだ作業中だった。真っ黒こげのミースと比べて、セタが担当しているガトシロアはより難しいだろう。第一印象さえ、精巧なガラス細工を思わせるような繊細な様相の竜だった。
「セタさん、絵の進捗はどーかな? 私、ラフスケッチはだいたい終わったし、図鑑の先輩としてちょっと見て欲しいな」
「あ、もうそんなに? って、いや、俺もまだ図鑑の絵はそこまで書いてないので、先輩って言われるようなレベルではないんですが……」
「まあまあ、何卒――」
と、軽い調子で応じつつ、セタの手元を覗き込んで、アルマは驚いた。
「えっ、上手っ!」
そこには絵があって、最初に抱いた感想は確かに「上手い」だった。実に単純な感想だ。だが、すぐに奇妙な違和感を抱き、アルマは黙り込む。
「アルマさんの絵も上手いですね、ラフスケッチでも分かります。さすが、博物館に絵を展示しているだけありますね……」
セタの称賛も、内心に生まれた違和感が邪魔をして、アルマは一瞬聞き流してしまった。
「あ、ありがとう。いやでもセタさん、ラフスケッチは? 下書きは??」
「普段は描きません。だいたいいつも、端から順番に描いてます」
答えたセタの手元には、ほとんど左半分だけの竜の姿があった。
それはまるで、印刷やステンシルによる作画に近い。全体の輪郭を描いて細部を追記する手順ではなく、輪郭も細部も、およそ左から順番に描かれている。現状のアルマの作品が「ラフスケッチ」というべきものなら、セタの作品は「精巧な完成作の右半分だけが消えた状態」にすら見えた。その線は細く、描き重ねた痕跡すらない――全ての線が一発描きであり、なぞり描きのように正確だった。
アルマは息を呑む。絵を描くという同じ作業をしていて、進捗具合も同じくらいなのに、二人が進めて来た作業は全く異なるものだったのである。
「こんな描き方あるんだ……!? というか、描けるんだ?!」
「ええ、まあ、頭に浮かんだ記憶を端から書き写してる感じですかね? 全体像を描いても良いんですけど、こっちのほうが絵に手が擦れないので」
「へへ、いやあ、そうかもしれないけどさ。面白いなあー……」
アルマは作品を鑑賞するというより、珍獣を観察するような目で絵を見つめた。
「君の記憶って変ってるなあ。単なる良し悪しとは別の次元にある気がするよ。今日は一緒に描いて良かった! 私も見劣りしないように頑張らないと」
「いや、見劣りなんてことは……。アルマさんもラフスケッチと言いつつ、既に完成度は高いじゃないですか?」
アルマの作品は輪郭だけ見ても十分な完成度を感じさせるものだった。ここからさらに細かい書き込みがなされて、あの博物館の展示品のような見事な絵になるのだろう。
「そういえば、物覚えに心得があるって言ってましたけど。メモ書きのおかげですか?」
「そんなところかな」
「実際はもう少し複雑じゃろう?」
「うわっ、ミィココ先生? 話はもう終わったんですか?」アルマは、脇から声を掛けられて驚く。
「複雑? どういうことです?」セタが尋ねた。
「こやつの記憶は、眠ると補完されるのじゃ。深層心理に残った物を明晰夢として取り出し、覚え直す――というプロセスを意図的に利用出来る、らしい。博物館の絵の完成度の高さも、こやつが冒険家時代に所かまわず昼寝しておったおかげじゃろう」
「へへ、まあそういうことです。私の特技かな。いわば、“睡眠学習”だよ」
「凄いですね……!?」
セタは目を丸くして、アルマを見る。「俺、そんなこと出来る人に初めて会いました。普通、夢なんて制御できないですよね?」
「儂も以前、コツを聞いて暇潰しに使えるようにしようと思ったが――無理じゃったな。普段から半分寝てるような奴でなければできんらしい」
そんなことを言われて、アルマは唇を尖らせていた。
「もう、そういうミィココ先生は? 図鑑のキャプションは書き終えたんですか?」
「概ねな。それと――ルカヱルと話し合い、儂らで新しい竜も探すことにした。この竜をミレゾナと呼称し、今後調査を行う」
その名が出たとき、ルカヱルは咳ばらいをしてミィココの横に並び立った。
「私が最近見つけた竜なんだけど、海に棲んでるっぽくて……。私はメガラニカの海中には詳しくないから、ミィココに頼むことにしたの」
「ということじゃ。良いな、アルマ」
魔女二名の話を聞くと、アルマはすぐに頷いた。
「もちろん! 面白そうですし、お任せください!」
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