第55話

 二人が帰路の半分ほどを進んだところで、大勢の声や足音が聞こえ始めた。そうしてまもなく、洞窟の奥から松明の光が揺らめいて見えた。

「あ! いたぞ、見つかった!」

「えっ、ナックさん? どうしてここに?」見覚えのある人物が現れ、セタは驚いた。

「ギンズから聞いたんだ。ケガは無いか? よく一人で、この洞窟を進んでいけたな」

 ナックはセタたちの元へと歩み寄り、怪我がないことを見ると安堵の息と共に頷いた。彼の背後にはキャラバンの人たちがいた。彼らはセタの無事を確認すると、「見つかったぞ!!」「二人とも無事だ!!」と声を上げながら、後方へ戻っていく。

「砂漠より足場の悪いところだが、もう少し歩けるか? 町に戻ろう。そこで休むと良い、食事もある」

「あっ、ありがとうございます、でも……」

「ギンズのことの礼だよ。あいつが君たちを“命の恩人だ”って何度も言っていた。絶対に助けてくれと――それに私も、ぜひ礼をしたい」

 そう言ってから、ナックは改めて洞窟の中を見渡した。「それにしても……私の住んでる町の下に、こんな洞窟があったなんてな」

「それだけじゃないよ。竜もいた」

 ルカヱルの発言を聞いたナックは驚いた表情を向けた。

「本当か? イマジオンなのか?」

「そうしても良いけどね――詳しい話は、町に戻ってからしよう。ギンズにも聞かせたいから」

 それから。

 セタたちは梯子とロープを使い、井戸から地上へと戻った。最早クタクタだったが、地上に這い出ると胸いっぱいに空気が取り込まれたような気がして、気分が晴れた。

 町には石造りの家屋が井戸を中心に集まっており、その窓や玄関から、人々が井戸の様子を見守っていた。セタたちはナックに案内されて、家屋の中でもひと際大きな一軒へと招かれる。

「ここはキャラバンの皆が共通で使える……事務所とか、会社みたいなものだ」とナックが言う。

 その部屋の一角で、ベッドに横たわるギンズの姿があったのである。彼はセタの帰還に気付くと、硬い表情をはっと変えて笑った。

「おおおおっ!! セタ君、ルカヱルさん! 無事で良かった、何かあったら後悔しきれないところだったぞ!」

「やあギンズ、怪我の具合はどう? 少し話したいことがあるの」

「話? もちろん、何でも聞かせてくれ」

「ナックも。これはキャラバンに関わることだから」

「キャラバンに?」


 ――それから、ルカヱルは二人に今日の出来事を話した。セタにとってもルカヱルが経験したことを全て聞いたのはその時が最初だったので、目を丸くして驚く。


「地下洞窟に、竜が……?」ナックはつぶやく。

「ルカヱルさん、そいつに引きずり込まれたのか? なんかでかい音が聞こえたが、あれは竜の声だったのか」

 ギンズは腕を組み、ルカヱルとセタを交互に見た。「セタ君はルカヱルさんが竜に引きずり込まれたのを見て、洞窟の中へ戻ったんだな」

「ええ、まあぶっちゃけ、追いかけた時は事態が良く解ってなかったんですが……」

 そこで、ナックが唸る。

「砂漠や、町の下に洞窟があって……。その中を竜が動き回ってるって?」

「うん」ルカヱルは頷いた。「砂漠は今も崩落の危険性がある。しかも、洞窟を餌場とする竜が掘削を続けてる――昔より崩落のリスクが上がってるんだよ」

「なんということだ……」

「突然井戸が枯れた、っていう話聞いたけど、地下水を溜めてた空洞の近くを竜が通ったときに抉れて、水が失われたんだと思う」

「井戸が枯れたのも、そいつのせいって?」今度はギンズが驚いたように声を上げた。

「貯水能力が失われたの。君も井戸から這い上がって来たんだし見たでしょ?」

「ああ……あの裂け目か」ギンズは地下の様子を思い出しながら呟いた。「ルカヱルさん、どうにかならないのか? 竜を倒したりとか、遠ざけるとか……。せめてこの町に近付かないようになれば良いんだが」

 すがるような声を聴いて、ルカヱルは腕を組んで沈黙した。拒絶に見える態度だったからか、ナックが手を挙げて、首と同時に横に振った。

「いや、良いんだ。ギンズ、魔女様に手間を掛けさせてはならない。ただでさえお前を救助してくれたんだ。この問題は、俺たちが何とかしなければ」

(……手間を掛けさせてはならない、か)

 ナックの発言を、頭の中でリフレインさせるセタ。

 他人に手間を掛けさせてはならない、という感覚は通常美徳になるが――魔女相手なら、話は全く別だ。

「ふふっ」と、ルカヱルは微笑む。「ま、試すだけ試してみようか?」

 ナックはぎょっとして、また首を横に細かく振った。

「いや、ありがたいが、これ以上貴方たちに世話になるのは……まだ、ギンズのことも礼ができてない」

「なら、私が勝手に“暇つぶし”でやるなら、良いよね」

「ひ、暇潰し?」ナックは呆気に取られた様子で、オウム返しをすることしかできないようだ。

「でもルカヱル様、いったい何を?」

 セタが彼女の真意を尋ねると、いたずらっぽく魔女は笑った。

「砂遊び」

「なんだって?」とギンズは裏返った声を上げた。

「ひとつアイデアがあってね。今日はまだ、あの竜が近くにいるかもしれないから……明日の朝に、アイデアを実行に移そうかな」

「そのアイデアというのは?」

 セタが真意を尋ねると、彼女は咳ばらいを演出たらしく挟んだ。

「セタ、これ覚えてる?」

と言って彼女は袖の中から光る鉱石を採りだした。初見のナックは驚き、セタ、そしてギンズは「あっ」と声を上げる。

「その光る石! 洞窟で見たぞ!」

「ええ。珍しい石ですよね」

「地下の洞窟にこんなものが? なんなんだ、この石は……」

 ナックが目を細め、石に顔を寄せる。

「竜の牙だよ」

とルカヱルが言うと、すぐに彼は体を引いた。

「牙!?」

「牙だって!? これが!?」

「そう」

 劇的に驚くナックとギンズに、ルカヱルは平然と答えた。一方で、合点したように頷いたのはセタだ。

「あ、そう言えばルカヱル様、これがマナの塊だって言ってましたね。竜の牙……なるほど、そういうことですか」

「ど、どういうことなんだ?」

とギンズ。

「さっきルカヱル様が言っていたように、あの洞窟が竜の餌場だとして――この牙は、とりわけ大きな空洞の中に沢山ありましたよね。下だけじゃなく、天井や壁にも。あの竜が鉱石を食べる過程で、突き刺さって抜け落ちた牙、ってことですか?」

「セタ、君、かなり分かって来たね……。私が言おうと思った事、半分以上言われたよ……」

 どこか眉を下げて、残念そうに魔女は唇を尖らせた。「んん。さて、今セタが言ったように牙は食餌の過程で抜け落ちたんだと思う」

「でも、それが“砂”とどう繋がるんですか?」

「好き嫌いだよ」

「好き嫌い……?」

と、セタは首を傾げた。「あの竜の好き嫌い、って話ですか?」

「そう。鉱石を齧って歯が抜け落ちる生態を持つってことは、ある意味、それくらい硬い鉱石を好んで食べるってこと。逆に、好んで食べない鉱石もあるはず」

「……それが、砂?」

「あの竜に砂を食べる習性は無かった。だから地下の洞窟を這いずるばかりで、砂の上に出てこず、誰にも姿を知られなかった。結果としてイマジオンという、砂の中に棲む竜が仮想的に伝承された」

「でもなんで砂を好まないんだ? 歯ごたえが好きなのか、その竜は」

とギンズが子供のような疑問を投げかけた。

「それにも、理屈があると思う。あの砂漠は、かつてラアヴァが焼き尽くして形成さた、っていう過去がある。でしょ?」

「ええ、確かにそう聞きましたけど――あっ」セタは手を叩いた。「つまり、ラアヴァに焼かれたあの砂漠の砂は、マナが残ってない?」

 ふと、ミィココが言っていたことをセタは思い出す。ラアヴァが周囲のマナを光に変換する直前、一帯からマナが消えて姿を観察できた、と。

 かつて、そのマナ変換の性質に巻き込まれた砂漠は、水だけでなくマナも失っていたのだ。

「その通り。まあ全くゼロってわけじゃないけど、他の鉱石と比べたらほぼ無い。砂漠でキャラバンを見た時も、、って思ったし」

 砂にマナが残っていれば、砂まみれのキャラバンを同じ砂の中から見つけることは、魔女にはできなかったかもしれない。しかし実際には、セタがキャラバンを見つけたのとほぼ同時に、ルカヱルも一団を発見していたのだ。砂にマナが乏しいゆえの出来事だったのである。

「砂漠の砂が餌として食べられない理由は、マナが痩せてて、食べる意味が無いから。もしかすると、あの竜は砂を忌避するかもしれない」

「でも砂でどうやって追い払う?」とナックが尋ねる。

「町の下の洞窟を砂で埋める」

 ナックとギンズは、あんぐりとして顔を見合わせた。

「言うと思った……。魔女しかできませんね、その手段は」とセタは笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る