第51話

 足を止めた二人を迎えたのは、天井が見上げるほど高く、床が低い大きな空洞だった。

 セタは手に持ったランタンを高く掲げて動かし、周囲一帯を照らす。彼が目を丸くしている理由は、ここが洞窟の中のはずなのに、からなのだ。

「これは……?」

 洞窟の天井、地面に点々と存在するその鉱石は、まるで水の上に張ったオイルのように、鮮やかで薄暗い色彩の光を仄かに放っていた――セタは息を呑む。発光する鉱石を初めて見たのだ。

「ルカヱル様、珍しい鉱石がたくさん見えます。貴方の目にも見えますか?」

「……うん、見えてる。マナが」

 彼女は頷くと地面の一点に焦点を当て、そして膝をつくように屈み、光る石を一つを拾い上げた。セタは改めて、洞窟の天井を見上げる。まるで星空のようだった。しかし上だけでなく、空洞の全方向に、鉱石の光が点々と灯っている。まるで宇宙の中を歩いているかのような状況――セタは、自分の見ている風景をはっきりと脳裏に刻んだ。海の絵と同じで、この情景も絵画に描き残すのは難しそうである。

 ルカヱルは鉱石を摘まみ上げて、まじまじと見つめていた。

「この石……? これまで見て来た鉱石の中で、一番マナの密度が濃い気がします」

 その発言を聞いて、プラネタリウムを観察していたセタの視線もルカヱルが持つ鉱石に移った。

「もしかして、危険なものですか? 人体に有毒な鉱石もある、と聞きますが」

「まだ分からない。でも一つ言える。普通の自然現象じゃ、こんな高密度にマナが凝集するはずない。普通の鉱石は、石の中にマナが混ざってるような感じだけど、これはマナそのものを石にしたようなものです。別の物で例えるなら、“個体になった炎”とか……、“凍結した雷”のような……」

「そんな荒唐無稽なこと、可能なんですか……?」

「鉱石からマナを抽出すれば、ほんの小さな結晶は作れるの。かなり時間とエネルギーがいるけどね。でもこの石、サイズも密度も、そんな代物とは次元が違う。だから、自然現象で作られたものとは思えない」

 ルカヱルは袖の下から試験官を取り出すと、光る石をその中に封じ、また袖の下に戻した。

「いったい、この鉱石はどうやってできたんだろう……興味深いけど、ちょっと、嫌な予感もする……」

「……もしかして、また竜関係ですか?」

 セタが半ば勘に基づいて尋ねたところ、彼女は首を傾げた。

「まだ、分からない。鉱石のマナは感じるけど、竜みたいなマナにも感じるし」

「俺には、全く分かりませんが……」少し緊張気味な口調で、セタは言う。「先を急ぎましょう。貴方が嫌な予感がする、というのであれば、なおさら」

「分かった」

 ルカヱルは立ち上がり、裾を少し払った。「まだ風は感じてる。少し強くなってきた……行こう」

 ルカヱルはそう言うと、またセタの袖を摘まんだ。セタは肩を竦めると、片手で杖をつくような歩調でゆっくりと歩き出す。大きな空洞を後にするとき、セタは振り向きもしなかった。

 妙な緊張感が、背骨をなぞっているようだった――足音を殺して、番犬の脇を通って、夜道を進んでいるときのような。

 黙って静かにしておきたいという思いもあるし、しかし何も話さないでいると息が詰まってきそうで、セタは歩きながら溺れてしまいそうだった。アンビバレントな彼の内心を量ってか量らずか、ルカヱルは口を開く。

「今の鉱石、ミィココに渡してみようと思う」

「なるほど……。ミィココ様が見たら、何か分かるかもしれませんね。そのために、一つ採取したんですね?」

「うん。それに、彼女はメガラニカ歴が長いから、一度くらい見たことがあるかもしれない。もしかしたら、すでにコレクションとして同じものを持ってるかも」

 あり得そうな話だ、とセタは思っていた。そもそも、メガラニカに建設された大役所“碧翠審院”も、聞くところによればミィココが鉱石の研究のために建てたのがルーツだ。そこから考えるのも安直だが、きっと彼女は鉱石に詳しい――とセタは思った。

「まあ、まずはここから出ないとですね」

 そう言って、セタは湾曲した洞窟の角に差し掛かった。

 そして。

「……」

「……」

「……」

 は、驚きのあまり、誰も声を発しなかった。

 セタとルカヱルの前には、洞窟の岩壁を背に地面にへたり込む青年がいたのである。どこかで見たようなバンダナを腕に巻いており、露になった頭には短く切り揃えられた髪が見える。目は大きく見開かれて、薄青の瞳が揺れていた。少し焼けた頬には軽い擦り傷が見えたが、血は流れていない。重症ではなさそうだ。

(いや、というか――!?)セタは口をぱくぱくとさせた。

「だ、だ、誰だ、おたくら!?」青年は動揺気味だ。

「いや、それはこっちのセリフ……! 誰ですか、なんでこんなところに!?」

「――あっ、もしかして貴方、ナックさんが言ってた“若いの”じゃない?」

「はっ!? アンタ、ナックさん知ってんのか……!?」

 青年は腰を上げようとしたが、「いっ……」と呻き、壁に背中を擦るように腰を下げ、座り込んだ。

「ぐっ……。ああもう、どっか折れてんのかな、これはっ……」

「大丈夫ですか? どこか怪我でも――ああ、そうか。貴方もから落ちて来たんですね?」セタは勘付く。

「ああ……、くっ、そうとも。その口ぶり、あんたらも俺と同じで落ちて来たってわけか? 見た感じ、あまり負傷はなさそうだな……」

 はあ、と彼は深く息を吐いた。「俺はギンズっていうんだ。あんたら、ナックさんの知り合いか? ナックさんたちは無事なのか?」

「……いや、知り合いってほどではないです。でも、ナックさんは無事でした。俺はセタっていいます。ナックさんとは、偶然会ったときに少し話を聞いただけです。“若いのが流砂に落ちた”――って」

「おいおい……。偶然会ってすぐ、俺が砂の中に落ちた話を聞いたのか? 恥ずかしいな、それ……。一体どんな世間話したんだよ?」

「それについては、私から話そうか」と、ルカヱルが言う。

 ギンズの目が彼女に向いた。「……そっちは? 二人とも、砂漠じゃ見たことない顔だが」

「私はルカヱル」

「ルカル……。ルカル? たしか東洋ジパングにいるっつう魔女も、そんな名前だったな。なんだか知らないが、最近数百年ぶりにメガラニカに来たって噂だ」

「へえ、詳しいね?」

「受け売りだぜ。港の行商から、ちょっとな」

「その東の魔女だよ、私」

「……は?」

「ああそれと、少し発音が違うよ。私の名前はルカヱル。古語だからね、ちょっと違うの」

「………??」

 ギンズは腕を組み、若干首を傾げて、「それは、どういう……??」と、ごく小さな声で呟いていた。

「話の続きをしようかな。私たち、竜の図鑑を作ってる最中で、イマジオンの伝承を辿るために砂漠に来たの。ナックさんから貴方の話を聞いたのは、私たちがイマジオンの話を尋ねたから、その流れで」

「……あ、ああ」

 彼は戸惑いつつも、色々と無理やり呑み込んだように細かく頷いた。“もう聞きたいのはそこじゃないんだが”と顔に書いてあるようだった。

 セタもルカエルの説明に続く。

「俺は竜の図鑑の絵担当なんです。竜を追跡するためにルカヱル様の助けを借りてて、今日はイマジオンのことを調べてたんですが……、流砂に呑まれてしまって、今はここにいます」

「災難だな、アンタ……」とギンズは言う。「ああ……。なるほど、でもちょっと納得だ。流砂に落ちたのにそんだけ軽傷で済んでるのは、そっちの魔女さんが一緒にいるからってわけか? ってなると――ルカエルさんが魔女っていうのも、本当ってことだ」

「ルカヱル、ね」

「すまない。ルカヱルさん、だな。ちょっと発音が慣れないもんで、許してくれ」

 ギンズは腰をゆっくりと上げた。「俺も普段から鍛えてはいるんだが、さすがにあんなに落ちるとは思ってなかったんだ。あとちょっとで家に帰れるところだったのになぁ……。負傷しちまったし、ラクダも失った。手持ちの松明も湿気て火が消えて絶望してたところだった――だが、運が良かった! 光を持ってる、アンタらに会えたからな!」

「ええ、一緒に行きましょう。ギンズさん、まだ歩けそうですか?」

「もう歩けねえ……って、さっきまで思ってたが、アンタらの顔を見たら回復してきた」

 ギンズは、元々松明だったであろう棒切れを拾い、杖代わりにした。立ち上がると、負傷だけでなく服までボロボロな様相がよく見える。

「風を辿ってここまで来たんだろ? 俺も同じだ。済まないが同行させてくれないか? 光がないと、進みようもないんだ」

「うん、良いよ。光、一つ貸そうか?」

「貸す? ……って言っても、おたくらランタンは一つしか持ってないように見えるが」

 ギンズが言いかけた所に、袖の下からするりともう一つのランタンを取り出して、ルカヱルは差し出した。

「どうぞ」

「……あ、ああ。助かる」

 魔法を目の当たりにして、光に照らされたギンズは目を白黒とさせていた。

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