神話の爪痕

第43話

「……セター。ただいm」

「うわあああ良かったぁあああ! 帰って来たぁ!!」

「ひあっ!?」

「ルカヱル様、朝に戻るって言ってたのにもう午後ですよ!? しかもかなり大幅に午後です! 流石に何かあったのかと思ったわ!!」

「ご、ごめん! 気絶してて――!」

「はっは。お主ら割と似た者同士なんじゃな」

「良かった、ミィココ様もご無事で……いや、どうしたんですかその恰好!?服は!?」

「ああ、燃えて消し飛んだ」


 ――さて、そんなこんなのやり取りがあって、そうして魔女二人がセタの待つ場所へ戻って来たのは、午後3時の前だった。予告とはかけ離れた時刻の帰宅であり、魔女たちの様相もボロボロに様変わりしていた。

「す、すみません。とはいえ、取り乱しました」とセタは咳払い。

「こ、こちらこそすみません。遅れまして……」ルカヱルは後頭部を掻きながらバツが悪そうに頭を下げる。

 詳細な事の経緯は、ルカヱルとミィココそれぞれから説明された。

「それでこんな時間まで、気絶してたと? 壮絶……」セタは息を深く吐いた。魔女と竜たちの大立ち回りの果てに、最終的には無事目的は果たされたのだった。

「実際、あのラアヴァって竜は時代が時代だったら、神話になってもおかしくないね」

「神話のう……。確かにあの光の柱、それに砂漠一つ作り上げた過去もある。そういう意味では、神話めいた竜と言えるかもしれんのう、良い得て妙じゃな」

 ミィココが茶を啜りながら頷く。黒く焦げた体表は剥がれ落ちつつあり、目のやり場に困る様相である。

「ミィココ様、服を着てください」

「ああ、忘れとった」と言いつつ、椅子の背もたれに掛かっていた上着を適当に羽織るミィココ。

「それで、その伝承の砂漠を作ったってのは本当の話なんですか」

「ああ。大昔、奴がメガラニカに上陸したときにな」

「ミィココ様、それを目撃していたと……?」

「いや残念じゃが。当時、儂は山脈を超えた向こうにある氷雪地帯を歩いておったからのう。知っておるのは、そこから帰ってきた後には、砂漠が一つ増えていたということじゃ」

 なんにせよ眩暈がするほどスケールの大きな話題であった。

「儂が考えるに、奴は元々、海底火山の中にいたんじゃろう」

「……え? 海にも火山ってあるんですか」セタは驚く。

 水の中に火の塊なんて、矛盾してないかと思いながら。

「あるぞ、たくさんな。前に言った気がするが、儂は海底で暮らしていたことがある。その時、抜け殻になった海底火山があったんじゃ。あれはもしかしたら、ラアヴァが這い出た痕跡だったのかもしれんな」

「凄い話だ……」セタは息を呑んだ。「でもラアヴァは、どうして海底から地上に出て来たんでしょう?」

「さあな。ただ多くの竜というのは、元々棲み処を移動するものじゃ」

 ラアヴァが移動するのは勘弁願いたいセタだった。とはいえ、こういった影響の大きな竜も移動するという事実を広めるための図鑑プロジェクトである。歩く災害の存在を事前に周知し、外観と生態を整理して、事前に影響を抑制することこそが、目的なのだ。

「図鑑の件だけど、ミィココはこれからどうするの?」と話を切り出したのはルカヱルだ。

「そうじゃのう。お主らが作っている竜の図鑑を手伝っても良いが……。確かにいくつか伝承は知っておるが、儂の活動範囲は長らくメガラニカと近海のみじゃからな。お主や他の魔女と違って、海を渡る長距離移動に時間がかかるからのう」

 机に肘をつき、窓の外を眺めるミィココ。「正直、この大陸の外にいる竜の伝承は詳しくない。だからこそ、面白そうでもあるが――ま、あまり役には立たんじゃろう。また死ぬほど暇になったら考えておこう」

 魔女の口から「死ぬほど暇」という言葉が出ると、セタの肝が冷えた。比喩表現になっていないのである、魔女にとっては。

(でも確かに、ミィココ様はインクレスのことも聞いたこと無いって言ってたな)

 セタは思い出す。ルカヱルのように大陸間放浪癖が無いと、いかにスケールの大きな竜であっても伝承すら聞き及ばないことはあり得るだろう。

「そっか」と、ルカヱルは頷く。「でもさ、メガラニカは世界最大の大陸だし、その中の竜を図鑑にするだけで十分かもね。ミィココ以上に、メガラニカの竜を知ってる魔女なんていないだろうし」

 ミィココという魔女が、フィールドワークと称して実施している長い長い散歩の中で何種類もの竜と遭遇しているであろうことは想像に容易かった。

「無論、詳しいとも。それに、この大陸に移り棲む竜が多いこともよく知っておる。そうじゃな――であれば儂は目下、この大陸内の竜の図鑑づくりでもするか。今回の一件で鎧が2つも破壊されてしまったし、ついでに“素材集め”を再開したいと思っておったしな」

「ちなみに、どれくらい竜がメガラニカにいるんですか?」と、セタは興味本位で尋ねる。

 ミィココは指を何回か折ってから、「……少なくとも、30体か40体はおるな」と答えた。

 ルカヱルとセタは目を丸くした。

「えっ、そんなに?」「本当ですか?」

 ジパングを例に挙げると、渡り鳥のように移動を繰り返す竜を除いて代表的な竜はたった3体である。

 地理的な事情とスケールを鑑みれば、小さな陸地が列島となるジパングと、大陸内で気候や植生がいくつも別れるメガラニカで、雲泥の差があるのは当然だった。

「ちゃんと数えたら、もっと多いはずじゃ。じゃが、プロジェクトに参画するのであれば、この大陸に現存する竜が何種類かは数え直さんといかんな。ミースのように大陸の外に出ていった飛竜もおるし、シィユマのような海棲の竜は海流に乗って他所に行くこともあるはずじゃ――それに」

 ミィココはうっすらと笑みを浮かべた。楽しそうに。

「ハーグリャのように変化を遂げた竜もいるかもしれん。楽しみじゃな」

「そっか。そういうことなら、メガラニカのことはミィココに任せておけば安心かな?」

 ルカヱルは何度か頷き、セタを見遣る。「セタはどう思う? 本来のプロジェクトの進め方だったら、世界中を回るようになってるけど」

「俺から無理にとは言えません。俺の一存で決められることでもないですしね……。でも、プロジェクトには魔女様の“暇潰し”の側面もあるんで、ミィココ様のしたいように進めてもらえれば良いじゃないでしょうか? ディエソさんには話しておく方が良いかもしれませんけど」

「はっ、あの碧翠審院の役人か? どうせ、儂のすることに文句を言えるような奴ではないぞ」

 ディエソの穏やかな言動を思い返すと、(確かに、文句は言いそうにない……)と納得するセタ。

 いずれにせよ、ミィココはメガラニカという大陸内で図鑑づくりに注力するというのが、プロジェクト的にも落としどころとしては最適そうだった。

「さて、それじゃあ儂は竜の前に絵描きを探そうかのう。セタのように根性のある奴がおれば良いんじゃがな」

「一応言っておくけどセタは私と行くからね!」

「はいはい分かっとる分かっとる! 全く」

 ミィココはうんざりと言った苦笑いを浮かべながら、ルカヱルを窘めた。

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