第40話
*
ルカヱルの箒にミィココが乗り、陽が沈みゆくメガラニカの宙に二人の魔女が飛び立つ。
「まずはハーグリャを探さないとね」
「いや――まず、儂をラアヴァのいる火山に連れて行ってくれ」
ミィココの言葉に、ルカヱルは頷く。「そっか。この作戦て、待ち伏せみたいな感じだもんね」
「そうじゃ。儂が先に火口におらんと話にならん。火山はあっちじゃ」
ルカヱルは箒を加速する。“鎧”を着ているおかげか体に流れるマナが安定し、普段より加速が乗りやすい。
「ミィココ、この鎧すごいね、気に入った! なんか普段より箒に加速が乗りやすくて良い感じ!」
「そうじゃろ! まあお主の来ている鎧より、儂の鎧の方が凄いんじゃがな! 例えばこのブーツは深海から採って来た貴重な鉱石とミースの鱗を溶融させて精錬してガラス細工と同じ手法で~――」
「なにー? 風で聞こえないー」
そうこうしていると、地平線の向こうにうっすら明るい山が見えた。光の色は赤く、まるで夕焼けが溜められているかのうように。
「あれじゃ」
と、ミィココが指さすと、ルカヱルも頷いた。
箒で火口から少し離れたところに降り立つ。ミィココは一目散に頂上を目指して歩き出し、ルカヱルは低空の箒で並走する。
「ラアヴァ――伝承では、かつてメガラニカの西を焦土と化した紅蓮色ばかりが有名じゃが、儂の印象では奴の脅威はまさに“炎熱”にある」
「炎熱……」
「お主はしらんじゃろうが、メガラニカの森は元々もっと広かったんじゃ。じゃが、海岸から現れたラアヴァがこの大陸を闊歩し、その足跡にそって大地は焦土と化した。土壌にも影響を与え、砂漠ができるほどにのう。しかし大量の蒸気が雨となって降り注ぎ、火山に潜り込む寸前で奴の体を一瞬だけ冷却した。その時に辛うじて観測された奴の体色が、紅蓮だったんじゃ」
「――あの伝承に伝わる紅蓮の色も、所詮はラアヴァが冷めたときのものに過ぎないってこと?」
「その通りじゃ。鉱石を加工してみたことはあるか? 真に高熱になった金属も、真っ白に光る。赤い炎なんぞ、比較にならん温度でな。儂が想像するに――地上に上がって海水が蒸発した直後のラアヴァは、真っ白な姿だったんじゃろうな」
「ねえ一応確認だけど、この鎧って、その熱に耐えられる?」
「ははっ。まあ気張れ」
「ちょっとぉ!」
「真面目な話をすれば、直撃に耐えられるのは1秒にも満たんじゃろうが、お主の速さなら焼かれる前に通過できるじゃろう。対してセタの絵を見て判断するに、ハーグリャはサイズが大きい。奴はまともに噴火を喰らうはずじゃ」
「ハーグリャ、死んじゃうかな?」
「どうじゃろうな。普通の炎熱なら死ぬわけもないが、此度の炎はラアヴァの炎――神話の如き火じゃ。もしかすると鱗粉どころか、命もろとも燃やし尽くせるかもしれん」
火口の付近にミィココの足音が近づく。ルカヱルは珍しく緊張していた。
「儂はここで待機する。ハーグリャを見つけて誘導し、近くまで連れてこい」
「うん。分かった。ふう」
ルカヱルは箒の先の向きを変えて、火口を離れた。残されたミィココは、うっすらと笑みを浮かべていた。
「久しいのう、ラアヴァ。眠りを邪魔することになって悪いが、力を貸してもらうぞ」
*
夕闇の中でも、マナの検知は鋭敏に働く。高度を上げたルカヱルは目を凝らし、広いメガラニカを見渡しながら、不規則で莫大なマナの動きを探し出す。
――しかし、何も見つからない。
(ハーグリャ、どこに行った? 森の近くには戻って来てないの……?)
ルカヱルは目を細める。まもなくメガラニカに、夜が来る。完全な暗闇のほうが、マナと光に頼るこの作戦はむしろプラスに働くかもしれない、と魔女は考えた。
(暗闇……。前にハーグリャを見つけた時は、まだ明るい午後だった。もしかして夜行性で、夜は森じゃないどこか別に行ってるとか? いや、そもそもあの時のハーグリャが向かったのは、より上空――)
はっとして、ルカヱルは空を見上げた。雲に覆われた朧付きの光が、太陽が地平の向こうに隠れたことで目立ち始めていた。
おぼろげな雲の向こうに、微かなマナの流れを感じる。その気配は、徐々に大きく――正確には、彼女に近付きつつあった。
「……!!」
ごうっ、と風を纏った影が傍を掠め、ルカヱルは箒を高速で後退させてそれを避ける。
「いた、ハーグリャ……!」
ルカヱルの視界では、ハーグリャの正確な姿は見えていなかった。しかし全身からマナを解き放ち、「餌」を撒く。
(来る? 釣れるか……!?)
翡翠色に燃える灰をまき散らしながら、竜は翼をはためかせて空中でバックターン、そしてルカヱルを目掛けて再び飛び上がった。
「き、来た……!!」
QUIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!!!!
高速で後退し始めるルカヱル、それを、ハーグリャが追う。両翼の先端が緑の火の粉を上げ、灰となって地上に降り注いでいく。
「ちょっと、毒撒くの止めてよ!」
魔女は言葉の通じない竜相手に、そんな声を上げた。後退しながらハーグリャの観察を続けるルカヱルを目掛け、突如、何かが鋭く貫く。
「!?」
左の頬を切られた。箒をとっさに動かしたおかげで、頭部に直撃は免れた。
(速っ、えっ、今の何!?)
再び、空を斬る音が耳を掠めた。まるで閃光のように鋭くマナが煌く。今度は右の頬、それと髪の毛が斬られた。
セタの絵を思い出す。これほど鋭い部位は、ハーグリャには無かったはず――
(いや、そうか……! 多分、「口」だ。歯が当たってるんだ?!)
妙に蛾に近似されたハーグリャの生態。そのような変化を遂げた理由は不明だが、ルカヱルの脳内には、蛾そのものが浮かんでいた。
(この竜、たぶん花を吸う蛾の管によく似た「器官」があるんだ。確か「口吻」ってやつだ。思ったよりも餓そのものだ、面白い……!)
しかしセタの絵の中では、口部は通常通り頭部に付いているように見えた。
(あの時は体の中に畳んでた……? 巻いて畳んでるじゃなくて、折り畳んで、使う時だけ遠くまで
「だとしても、なんていう速さなのよ!」
ルカヱルは戦慄する。幸運にも咄嗟にバック走行で逃げ始めたことで歯の接近を察知できたが、もし背中を向けて飛んでいたらいま頃、頭が飛ばされていただろう。
(けど、ハーグリャに対応するためにずっとバック走りのままじゃ――肝心の火口に誘導するのが、難しすぎる! うあ、どうしよう……!)
「どうしよう……、わああ、ミィココぉー!!」
声を上げた瞬間、うなじの辺りにマナの気配を感じるルカヱル。
それはミィココが放ったマナだった。まだ遠くに離れているはずだったが、“鎧”一式に含まれるチョーカーを通じて察知できた。
「ミィココのマナ……。これで火山の方角が分かる!」
ルカヱルは箒を握り直し、方角を修正した。
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