第12話
「ほんとーうに、すみませんでしたぁっ!! ま、ま、まさか、こんな辺鄙な島に魔女様がいらっしゃるなんてっ、思わなくてぇ」
水着の
「くふふっ、そんなにかしこまらなくても良いよ。改めて、私はルカヱル。魔女だよ」
「俺はセタです。さっきも言いましたが、役人です――それで、君は?」
二人に自己紹介をされて、海女は続く。
「あたしは、アイランという者です。近くの島に住んでます。その、さきほどは、とんだご無礼を……」
「いいよ、ぜんぜん気にしてないから」
と、ルカヱルは手を振る。
アイランが魔女の言葉をどう判断するかは分からないが、“気にしない”は本心だろう、とセタは思った。
「その恰好、
「はい、最近は船が出せなくて、仕方なく……」と言ってから、思い出したように「あっ」とアイランは声を上げる。
「あたしの網!? あれっ、どこいったの!?」
「網? ……いや、君は海から上がったとき銛しか持ってなかったように見えたけど」セタはいちおう辺りを見渡してから、答えた。
「あと、頭にくっついてたタコね」と、魔女が冗談めかしく補足する。
「そんなぁ、私、どっかに落としてきちゃったの? あのタコめぇ……!! 急にあたしの顔に飛びついてきて溺れかけて命からがらだったのに、一難去ってまた一難だぁ……」
アイランは、力なくヘナヘナと浜に崩れ去る。あまりに不憫で、見ていられない。
別に、セタたちが何か悪いかと言われれば、何も悪くないのだが。しいて言えばアイランの運が悪い。
「網ですか? 金具とか付いてます?」
と、ルカヱルはいつもの調子で軽く尋ねた。アイランが顔を上げて、こくこくと頷く。
すると、魔女は海の向こうを見て、“ふふっ”と笑った。
「私が取ってあげますよ。金具がついてるなら、目を凝らせば私は見つけられるからね」
つまりどうやら、ルカヱルは金属のマナを海水越しに探知するつもりらしい、とセタは予想した。
「い、いえ。魔女様のお手を煩わせてしまうなんて……それに、服もまた濡れてしまいますよ」アイランは何度も首を横に振る。
「気にしないで。ココから簡単に取れますから」
と言って、ルカヱルは宙を指さす。そして、指を何かを“引っ掛ける”ような仕草のあと、腕を引いた。
――すると、“ざぱん”という水の弾ける音と共に、勢いよく海中から網が飛び出して、ルカヱルの前に落ちたのである。
アイランは目を真珠ほどに丸くして、網を見つめて、ルカヱルも見つめた。
「あ、ありがとうございます……! よかったぁ、中身も残っとる……」
ふうー、と安堵の息を漏らすアイラン。“中身”には、貝や昆布がたくさん入っていた。泳ぐ生き物ではないから、網を落とした後も逃げ出さなかったらしい。
(こんな大漁なのに網をなくしたら、そりゃ、あれだけ凹むよな)と、セタはアイランの気持ちを察する。
「はあぁ……、まさか生きとるうちに憧れの魔女様の魔法を拝めるなんて。おぼれて良かった」と、アイランは言う。
「いや……、それはどうなんだ」
セタは目を細めて苦言を呈する。
ルカヱルはふふっ、と優しく微笑んだ。
「ねえ、ちょっと時間ある? 聞きたいことがあるのです」
「はい、はい! なんでもどうぞ!」
アイランは息巻く。ルカヱル側のテンションとの差が激しく、セタはちょっと可笑しくて、口を押えて隠れて笑ってしまった。
「この辺りに、デルアリアっていう竜の伝承があるはずなんだけど……知らない?」
「で、デルアリア、ですか?」アイランは声を震わせる。「ど、どうして、魔女様がデルアリアのことなんか……?」
「俺たち、竜のことを調査する仕事をしているんです。挿絵と、解説を描いて図鑑を作るっていう。良ければ、話を聞かせてくれないですか?」
セタもルカヱルの話を補いつつ、続く。
二人に迫られて、アイランは顔を伏せた。
「デルアリアは……恐ろしい生き物です。魔女様とセタさんは、竜と戦いに来たんですか……?」
「いえ、戦いません」
と、ルカヱルは速攻で断言した。
セタは少し驚く。確かにこの旅では戦いに来たわけではなく、図鑑に載せる情報を整理しに来たわけだが、だとしても魔法を使えるルカヱルが、即答で「戦わない」と断じたのが、少し意外だった。
アイランは魔女の答えを聞いた後、また少し俯いた。
「デルアリアのこと、少しなら知ってます。海を乱すってことくらい……じっちゃんたちが子供の頃から、漁船は何隻もお釈迦になったって」
「ふむふむ」
「デルアリア、昼間はけっこう大人しくて、海も静かなんです。けど、昼間は魚もあまり船の網には掛からないから、こうしてあたしが海に潜って」
「漁をしてる、ってことね。なるほど」
「はい。今日はいつもより離れた漁場に行こうとしたら、タコがくっ付いてきて、そのままこんなところまで来ちゃって……。はあ、網が戻って来て良かった」
セタも少しこの辺の事情を察してきた。小さな島の集まりで、放牧できそうにもないのだろう。海は大切な生活の基盤だが、デルアリアのせいで漁もままならない。そこで、個人個人が小規模な漁をして、食いつないでいるのだと。
(もしそうなら、なかなか生活は厳しそうだな)
セタは辺り一帯に広い土地の見当たらない海原を見渡して、そう思った。
「他の漁師たちは、君の住む島の近くで漁をしてるんですか?」と、セタは尋ねる。地図の作成の際も意識する情勢の下調べのような感覚だった。
アイランは数回頷く。
「そうです。みんなデルアリアが怖くて、あまり遠くには行かなくて。あたしも、こんな離れた島まで来るのは初めてで、死ぬかと思いました」
アイランは俯いた。「デルアリアがいなければ船だって動かせるのに。このまま、もしじっちゃんたちが死んだら、もう船を動かせる人がいなくなっちゃう……」
(つまり、技術の伝承が途絶える、ってやつか……?)
そんな深刻な問題もあるらしかった。
船は動かす方法だけ知っていれば良いわけではないのだろう。ノウハウが伝わることもなく伝承者が潰えたら、島はまるで海水の牢に閉じ込められたような状況になり、外と隔絶されてしまう。
「ねえアイラン。良かったら君の住む島に案内してくれない? 竜のことが分かれば、対策のしようもあるかも」とルカヱルは言う。
「え、ええっ? 魔女様が、あたしたちの村に?」
はぁぁ……と、アイランは嘆息していた。
(まさか、それほど光栄そうにしてくれるとは)と、セタはどこか感謝に近い妙な心境だった。おそらく邪険にされずに迎えてくれそうな感触のおかげだろう。セタ一人ではこうも歓迎されるわけもないので、これはルカヱル様様であった。
「だめ?」
とルカヱルは首を傾げて重ねて尋ねる。
「い、いえいえ! ぜひ、なんもないところですがっ、お暇というのであれば……! でも、お二人はどうやって海を渡りましょうか? 海を泳いだら、服が」
「ああ、安心してください。箒で行くので」
と言って、ルカヱルはどこからともなく箒を出す。
この“どこからともなく”というのが、本当にどこから出てるのか全く分からないので、セタはいつも混乱している。
まして、アイランはますます混乱していた。
「ま、魔女様の箒!? へえぇ、ほんとうに箒で飛ぶんだぁ。じっちゃんの話しとった通りだぁ……」
どうやら、ここら辺では“乱流”デルアリアの伝承だけでなく、“魔女”ルカヱルの伝承も親から子へ伝わっているらしい。そう思うと、なんだか感慨深いセタだった。
「まさか、箒で飛ぶところをお目に掛かれるなんて……。おとぎ話みたいです」
「お目に掛かるっていうか、一緒に行かないの?」とルカヱルはアイランを見て尋ねる。
「え?」と、アイラン。
“今の、自分に言ったのか?”というような表情だった。セタは話の流れを察して、肩を竦める。
「君も一緒に乗るんだよ。私たちが乗るのに、一人だけ泳がせるなんてしないですよ」
「……ほ、ほんとう?」
憧れ、と言っていたのはお世辞ではなく本気だったらしく、アイランの目は輝いていた。
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