第7話
*
ヒシカリの街は、夜になっても眠ることは無かった。
それどころか、炉の光がより煌々として、熱を帯びているようにすら感じる。
「さて、セタ。そろそろ行きましょうよ」
と、ルカヱルが言う。
セタはと言うと、景色をスケッチしていたところだった。真っ暗な夜でも風景画の正確なスケッチが可能なのは、彼自身の脳裏に焼き付いた記憶を書き写しているだけだからだ。
そしてルカヱルはと言うと、道端に生えていたタンポポを摘み取って花冠を作っていた。いま作っているのが4つ目で、他の3つは彼女の頭の上に載っている。
暇潰しの
「……しかし、探す当てはあるのですか? 鉱山を探すと言っても、辺り一帯が山ですよ」
と言って、セタは周囲を見渡す。
「相手は金ぴかなんだから、空から見れば一発だよ」
そう言って、ルカヱルは袖の下に手を入れる。そして、じゃらじゃらとドロップ缶のような、神社の鈴のような音を響かせた後、箒を引っ張り出した。鞘から抜刀する仕草に似ている。
「どうやって仕舞ってるんですか、それは」
「袖の下の魔法です。ほら、乗って乗って」
そして例によって、セタたちはあっという間に空へと飛び立った。
夜の空からヒシカリの街を眺めると、周囲の光が消えた自然環境の中で一際輝きを増した街並みが美しい。
「うわぁ……夜の空から見ると、この町はますます綺麗ですね」
「ええ。“坑道でも、金庫でもない場所で、光る金色の何かを見たらすぐに逃げろ”――ってところですね」
「えっ?」
セタはもう一度、街を見る。
炉のから漏れ出す光に照らされて、周囲はまるで山火事のようだ。溶融した鉱石は冷えるまで黄色の光を放ち、山の隙間を縫う街道を彩る。
まるで、金色の竜のように。
「黄金のフルミーネって、まさか、街道のことですか……?」
「そういう側面も、あるのかもね。“夜のたたら場に人を寄せ付けないため”――夜になったら金を精錬するから、この秘密の場所に、人が寄らないように」
セタは驚いて、もう一度山間部を見遣る。あの場所が秘密だなんて、彼は全く思いもよらなかった。
「そんなことが? 俺たちあの町に偶然降り立ったのに、そんな特別なロケーションだったんですか……?」
「いや、あそこは私が選んだの。山間部に金のマナがやたら高密度で集まってたから、気になってね。でも実のところ、昼間に精錬してるのは金じゃなかったのです」
そう言って、ルカヱルは袖の下から「石ころ」を取り出す。
「これはただの鉄鉱石。マナで分かる。金なんて、これっぽっちも入ってないですよ――金インゴットの鋳造は、この秘境における夜の秘密産業ってことです。私が金貨をぽんと渡したので、金を盗みに来た輩ではない、とみんな判断してくれたと思う」
「秘境……秘密……」
セタは地図を思い出す。
赤茶色で塗られた地形は、木々が無く、崩落の危険性が高い山であることを示す。
あの秘境は、地図に載っていない。
(フルミーネの伝承のせいか。……つまり、国土測量局もあの町を見つけられてないんだ)
ルカヱルのように、空から探してピンポイントで降り立たなければ、秘境にたどり着く前に山の中で夜になってしまう。
まして役人というものは、もっぱら保守的な考えであり、国土測量局であっても竜の伝承がある場所へと無理に攻めたりしないのだ。
「じゃあもしかして、フルミーネと言う竜は本当はいないんですか? 秘境を隠すための方便……?」
「いーえ、ここからが本題です」
「本題?」
「言ったでしょ、人除けは伝承のいち側面に過ぎない。方便というものは理屈を伴うと、使う側も気兼ねが無くなるものですから。詰まる所、それは――」
話の途中で突如、地鳴りのような音が響き渡る。
セタはとっさに、音の方を見た。崖崩れが起きたと思ったからだ。しかし、そんな災害云々よりも目を惹かれるものが見えた。金色に光るものが動き、山を縫って動いていたのだ。
"QRAAAAAA……"と、奇妙で甲高く、微かな鳴き声が響いた。
「いた……!」
と、ルカヱルは目を見張った。
「ええ?! じゃあ……方便じゃなくて、本当に竜もちゃんといるってことですか?」セタも魔女と同じような表情で、同じ方を見る。
「その通りです。本当に見たことがある、という話をしている人もいたでしょ?」
「い、いましたけど……」
つまりフルミーネの伝承は、方便と言うより多義的である、というのが正しいらしい。実際に竜もいるから、伝承は避難指示の警句として働く。そしてそれが警句として有効である限り、金の精錬秘境に寄りつく人も減るのだ。
もちろん、竜が起こす土砂崩れのリスクと背中合わせなのだろうが、現地に秘められた知恵が、あの秘境を安全に運用するのに一役買っているらしい。
「……金を作ってるといっても、そんなリスクを負ってまで隠したいものなんですかね?」
「ふふ。ま、ともかく今はいよいよ実物を見に行こうよ。セタ、絵の取材は任せました!」
ルカヱルが箒を加速させる。
セタの焦点の先に、うねる金色が見える。ピントはとっくにあっていた。セタの視力は相当良い。鱗の模様もはっきり見える。しかしそれでも、全貌を把握できなかった。
「思ったより大きい……! というか、長いですね!? 形もかなり奇妙だ」
「君の目に歪んで見えるなら、私の目にはもっと歪んだ状態で見えてるよ」
ルカヱルは箒を止める。
“フルミーネ”は、かたい地面を水面か何かのように容易く掘り返し、潜ってはまた一部姿を現す。まるで砂場でのたうち回るミミズのような挙動だった。それに伴い、局所的な土砂崩れが頻発する。こんな様子では、木々が生えるはずもなく、セタは顔を顰めた。
「これは確かに危ない――こんなに簡単に、地形が滅茶苦茶に荒らされるなんて」
「うん。フルミーネが鉱石を喰らうと言われる所以も、金を纏うと言われる所以もよく分かる――ただ、面白いのはあの竜の鱗だね」
「鱗? あの金色の?」
「実際に土や鉱石を食べて、あの体を作ってるんだろう。当然、あの金鱗もね」
ルカヱルは目を細めて、フルミーネの体表面をじっと見つめた。彼女の目には、フルミーネのまとうマナが、「金貨」と全く同じマナに見えたのだ。
「それって……まさかフルミーネの鱗は、金そのものなのですか? 色が金色なだけではなく?」セタは驚く。
「そう。土から金の鱗を作る、まさに錬金術そのもの。あの秘境では金鉱石の鋳造だけじゃなく、フルミーネから剥がれ落ちた鱗を拾って鋳造してると思う。あの竜の鱗のほうが、そこらの鉱石よりはるかに高純度の金だから」
セタは感心にも近い思いを抱いた。
竜は生ける災害のような存在なのに、こんな山奥に、それと「共生」しているかのような営みがあった、ということに。
(そうか……。あの秘境は、ウロコ採取の競争相手も減らしたいんだ。だからリスクを負って実態を隠してまで、フルミーネの近くで暮らすのか)
「で、セタ。フルミーネの絵は描けそう?」
「あ……すみません。顔がどこかも、全体像も掴めてなくて、何を描いたら良いのか」
セタは目を細めて、何とか特徴のある部分を探そうとする。
しかし、暗がりの中で黄金の躰が水のように流れているばかりで、体の構造が把握できなかった。
ルカヱルは、ふふん、と得意げに息巻く。「じゃあ、もっと近づいてあげよう。私に掴まって」
「え? いや、あれに近付くってのは……ちょっと!」
セタが役人らしく保守的な意見を述べようとしたが、小言はドップラー効果を呈して夜空に置き去りにされ、魔女と絵描きは、金の光を目指して急降下した。
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