第6話
*
「――ルカヱル様、ここら辺です」
とセタが魔女に声を掛けたのは、飛行し始めて数十分ごろ。ルカヱルは頷くと、箒を減速させた。
眼下に広がるのは、木々を失ってこけた山肌。「木々がなく露出した山肌は、国土測量局では赤茶色の顔料で塗り分けているんです。土砂崩れが起きやすいので、普通の山と区別して」
地図を広げて言うセタの隣に顔を寄せて、ルカヱルも地図を覗き込んだ。
そして難しそうに目を細めた。
「地図はよく分かんないけど、ここら辺は鉱石のマナをかなり強く感じる。私が知ってる伝承通りだね。“黄金フルミーネは、石を喰らい、金を纏い、夜中も目が潰れるほどに煌びやかである”」
「――フルミーネは石を食べるんですね。今は竜らしきものは見えませんけど」
セタは箒の上で可能な限り辺りを見渡したが、「黄金」で「煌びやか」な影など見えなかった。
ルカヱルも頷いている。
「鉱石のマナが邪魔で、私にも見えないですよ。けど、もし地表に出てきたら、すぐに竜のマナが見えると思う。竜はそれくらい、莫大なマナを持ってるから。ただ伝承の言うところによれば、この竜は夜行性なのかもしれないですね」
「なら、夜まで待ちますか?」とセタ。
「うん。それまで近くの街に行こう。“暇潰し”に」
「そうですね、“情報収集”に」
「よーし、方針は一致したね」
「してましたかね、今のは」
なんにせよ街に行くという方向性は同じだったので、ルカヱルは箒の柄の先を街の方へと向けた。
*
ヒシカリ、という土地のことをセタはあまりよく知らなかったが、山の隙間を縫って形成された街並みに立派なたたら場が置かれており、ある建物の奥では、火の赤さで炉が彩られていた。
「これが製鉄所か。初めて見た……」
セタは目を皿にして街の様子を見つめ、脳裏のフィルムに焼き付けていた。普段彼が過ごしているエダの地には、製鉄所なんて存在しないのだ。
一方、彼と比べて遥かに高名なルカヱルはとても目立つらしく、周囲に人が集まっていた。
「これは、これは、魔女様ではないですか」「ルカヱル様がいらっしゃった」「こんな山奥までご足労いただけるなんて」「本当に箒で飛ぶんだ……」
「はいはい、通してくださいね。今日は暇潰……お仕事で来ていますから」
ルカヱルが手を振ると、皆が頭を下げて身を引いていく。
セタはというと、そんな光景を他人行儀に眺めて、魔女と行動を共にすることの意味をいまさら実感し始めた。
ジパングの中で、ルカヱルのことを知らないものはいないだろう。皆が知る歴史上の人物たちの多くは、魔女とのかかわりがあったのだ。「国の一つの象徴」と言って過言ではないほどの人物である。そんなルカヱルの傍で仕事を遂行するセタは、パートナーとの「格」の違いを実感し始めていた。
(なんか俺、とんでもない仕事を任せられて無いか……?)
もとはと言えばトーエが軽く投げた仕事であり、当のルカヱルも雰囲気が軽いので、身分の差を少し掴み損ねていたのだ。
住民たちが退いて現れた道を悠々と歩き、ルカヱルは、セタのもとまで戻ってくる。まるで覇王が歩いているかのような風格を感じて、セタは息を呑んだ。
そして、ルカヱルは言う。
「ねえセタ、あまり私から離れないでよ。この街は鉱石のマナがものすごく濃くって、すぐ迷っちゃいそうです」
「そうですか」
威厳もへったくれもないことを言うので、セタも気が抜けた。思い返してみれば、セタも最初は緊張していたが、たちまち緊張感の無い魔女の雰囲気に呑まれただけだ。
ただルカヱルの言ったことは的を射たもので、この町に鉱石のマナが豊富なのは当然だった。
「地図によると、すぐ近くに鉱山が多いようです。地図によると、金鉱も少しあると」
「金鉱ね。フルミーネの棲み処に相応しいって感じです」
ルカヱルは目を細めて、通りかかった荷車が運ぶ石ころの山を眺める。
「……」
「ルカヱル様?」
住民たちの生活を眺めて押し黙る魔女に、セタは違和感を覚えた。魔女は言う。
「昔、ちょっと遠い地に錬金術師って人がいたことを思い出した。懐かしい。もう死んじゃったと思うけど」とルカヱルは冗談めかしく答えてくれた。
「錬金術? よく知りませんが、ふつうの精錬術と何が違うんですか」
「金を取りだすのではなく、例えるなら泥を金に変えるような試みですよ。まあ、出来た人は見たことが無いけど。ここの人たちは、何を精錬して金を作ってるの?」
「……当然、金鉱石では?」
セタは精錬所へと向かう荷車を見つめて答えた。仮にあの石の中に金鉱石が混ざっていたとしても、遠目にはあまり普通の石との差はない。しかし目を凝らせば、金色の模様が、まるで幸運の手相のようにさりげなく紛れ込んでいるものだ。
そんな目利きが必要なため、石ころと金鉱石の見分けがつかなかいセタだった。
「ほかに金が取れるものなんて、ありますか?」
とセタが尋ねたところ、すでにルカヱルは荷車の方へと歩み寄っていた。運び屋は魔女に話しかけられて驚き、足を止めた。
――しばらくすると、ルカヱルは積み上げられた石の一つを摘まみ上げて、運び屋と別れてセタのもとへと戻って来た。
「……どうして石を貰ったんですか?」
「貰ったんじゃなくて、ちゃんと買ったよ。金貨1枚で」
「ええっ鉱石を金貨一枚で? 確実に損ですよ」
セタの考える限り、金貨一枚より価値高い金鉱石は存在しなかった。
「知ってるよ。でも私から提示した取引だから。さて」
と言葉を区切ると、ルカヱルは石をじっと見つめた。「この鉱石、どこから採って来たんだと思う? セタ」
「金鉱石を採るなら、金鉱でしょう」
「ふふっ、金鉱石ね」
「……あ、それは違う鉱石ですか? 俺は、あまり詳しくないもので」
ルカヱルはセタの問いに答えず、目を細めると、その石ころを掲げて光にかざす。
何の輝きもない。
ただの石ころにしか見えない。
「“もし坑道でも金庫でもない場所で、特に夜中、光る金色の何かを見たらすぐに逃げろ”」
と、ルカヱルが言った。
伝承だ、とセタはすぐ思い出す。
「出発前に教えてくれた、フルミーネの伝承の一つですね。夜中に注意しろっていう内容から考えると、夜行性の竜かもしれないってことですよね」
「今日の夜は面白いものが見れるかも。楽しみ」
ルカヱルが唐突にそう言ったが、セタはまだ何を楽しみにしているのか分かっていなかった。
「ルカヱル様、情報は集めなくても良いのですか?」
「うん? ふふっ、任せる」
「……そうですか」
「あっ、でもセタ。一つお願い。私たちは“夜までには帰る”って皆さんに伝えといてください」
「夜に帰るんですか? フルミーネは?」
「帰り際に見つけられたら観察しよう」
「なんか適当ですね……まあ、分かりました」
セタはよく分からないまま頷くと、それから街行く人々に声を掛けていった――
「フルミーネ? 夜は特にあぶねえから、出歩くんじゃないよ……て、なんだ帰るのかい。気をつけなよ」
「本当に金色なんよ、あの竜。あーしは見たことあるし、夜マジピッカピカ」
「サイズ? 大きすぎて、よく分からないね……」
「生き物というか、小高い丘さね。近寄らないほうが良い、踏みつぶされるよ。帰るんなら、明るいうちに帰りな」
「火を吹いて危ないとか」
「毒もあって危ないとか」
「鉱石を食べてるか? よく聞くけど、何かを食べてるところなんて見えないよ」
「どこに現れるかはよく分からないね。どこからともなく現れるらしいけど」
「真夜中に登山するのは自殺行為だよ。そろそろ日も暮れるし、もし帰れそうになかったら、今晩は宿で大人しくしておきなさい」
「もし坑道でも金庫でもない場所で」「特に夜中」「――光る金色の何かを見たらすぐに逃げな」
「ま、そうだよな。夜に竜に遭ったら危ない」
一通り話を聞いているうちに、辺りが薄暗くなってきた。ルカヱルはというと、情報収集の間、ずっと静かだった。
「ルカヱル様、なにか気になったことはありますか?」と沈黙している魔女に尋ねる。
「ふふっ、皆さん、フルミーネのことをとても警戒してる感じだったね。近づくな近づくなって」口を開くと、ルカヱルはそんなことを言った。
「普通そうですよ。竜ってそういうものでしょう?」
セタがそう言って首を傾げる。
魔女は、にんまりと微笑んで、
「でも今から近づくんですけどね、私たち」と、どこか悪童のような雰囲気で八重歯を覗かせた。
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