【3】2020年

17. 最後の賭け

「悲しすぎるよ、叔父さん」

 僕は、不思議と涙を流していた。


 普段、「感動する」映画やアニメを見ても、そうそう泣くことはない僕が、自然と悲しい気持ちになっていた。


 それは叔父さんの「悲しい心の内側」を知ってしまったから。そう、叔父さんは「口に出さないけど」きっと、彼女、里美さんを心から愛していた。

 そして、同じように里美さんも。


 だが、叔父さんの言動から、どうにも気になる点があった。

 冷静になって考え直す。


「それで、里美さんはアメリカに行ってからどうなったの?」

「さあ?」


「さあ? って連絡取ってないわけ?」

「だって、知らないし」


「し、知らないって。叔父さん、好きだったんでしょ?」

「どうかな?」

 とは言って、誤魔化していたが、これは絶対に「好き」なんだと僕は確信していた。

 同時に、何故「連絡が取り合えなかったか」について、思いを巡らす。


 考えてみれば、叔父さんはよく「引っ越し」をしていた、という話を父から聞いたことがあった。


 確か、今の千葉県柏市の前は、東京都府中市、その前は埼玉県志木市、その前は神奈川県横浜市、その前は神奈川県川崎市、その前は東京都武蔵野市、そして東京都世田谷区。

 つまり、首都圏の1都3県のすべてに移住している。


 それも早くて3年、遅くとも5年以内に。


 そこで僕は、仮説を立てた。


仮説① 里美さんは、叔父さんに連絡を取りたかったが、叔父さんは頻繁に転居を繰り返しており、郵便物が届かずに、戻った。


 通常、引っ越しをすれば、郵便局に「転居届」を出せばいいのだが、ずぼらな叔父さんは、これをよくサボっていた。確か郵便局の転送は、引っ越してから1年以内が有効。1年が経つと、新しい住所にすら届かず、局に戻るはず。ましてや、アメリカという海外からエアメールで来るとすれば、尚更、わからなくて戻った可能性は高い。



仮説② そもそも里美さんは、向こうで結婚した。


 これは、一番あり得そうな展開で、ずぼらでいい加減で、連絡も取らない叔父さんに嫌気が差して、向こうでさっさと結婚して、幸せな生活を送っている。つまり、叔父さんのことなんか、すでに忘れている。



仮説③ 実はもう亡くなっている。


 アメリカは銃社会で怖い国だから、考えたくはないが、この可能性は否定できない。里美さんは何らかの事件に巻き込まれ、すでに命を落としていても何ら不思議ではない。



仮説④ 実は日本に戻ってきている。


 この可能性も否定はできない。何しろ、アメリカに行ったという里美さんの噂は、日本どころか、世界でも全然聞こえてこない。つまり、向こうに行ったはいいけど、失敗して、こっそり帰国して、今は別の仕事をしている。という可能性。



 だが、いずれも「決定打」に欠けるのが、難点だった。


 そこで、僕は叔父さんに内緒で、ある「実験」に似たことを試すことにした。


 これは、「叔父さん世代が昔の知識や経験を得ている」のに対して、「僕ら若者は、ネットを駆使できる」ことを証明するための、「策」でもあった。


 だから、叔父さんにはもちろん、家族全員に内緒にして、最後にサプライズをする予定だったのだ。


 ただし、これはもちろん叔父さんの話が「真実なら」という前提がある。僕は、これまでの「叔父さんの過去話」を信じていたから、その可能性に賭けたのだ。


 そう、これはある意味での「賭け」。


 僕は、叔父さんにこれまでの「話」を聞かせてくれた「礼」を告げて、一旦、家に帰り、自宅のPCから「実験」を開始する。


 2020年の、技術力を賭けた「賭け」が始まる。


 僕は、ネット上の、とある「掲示板」を利用した。


 それは、「行方不明者探します」という、非常に胡散臭いサイトでもあったが、実際にそこの情報掲示板を元に、「行方不明だった母が見つかった」とか「蒸発した父と再会できた」とか、さらには「音信不通の息子が見つかった」みたいな証拠はあった。


 しかも、このサイトは、世界中と繋がっており、日本語以外に英語、中国語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ドイツ語が選択できる。


 対象は、「世界中」という、まさにインターネットを駆使した、ワールドワイドなサイトだった。


 そこに書き込んだのだ。

「20年前の2000年に、日本からアメリカに渡った、大門寺里美さんという女性を探しています」

 と。


 まあ、正直、こんなものは「当てに」ならないし、どうせ「眉唾物」だろう、くらいにしか思っていなかった。


 それこそ「藁にも縋る」思いの「賭け」だったからだ。


 実際に、最初に書き込んでから1週間から2週間は、真面目に毎日見ていたが、ほとんど情報がなかった。


 リプライがあっても、その内容は当てにならないものばかり。

 曰く。

「それだけじゃわからん」

「アメリカがどんだけ広いか、わかってんのか、日本人」

「人口3億の中から、人1人見つけるとか、無理ゲー」

 という否定的な回答がほとんどだった。


 中には、

「何? お前の母親?」

「蒸発乙。もう死んでんじゃね」

 という、人の神経を逆なでするようなレスも平気で返ってくるが、僕はいちいち気にせずにしばらく放置していた。


 というより、さすがに1か月も経てば、日々の生活の中で忘れていた、が正しい。


 そして、3か月後。

 2020年11月。


 そういえば、来月の12月には叔父さんが、誕生日を迎え、もう43歳になってしまうな。福山雅治みたいなイケメンじゃないんだから、さっさと結婚しろよ、と無駄なことを考えていて、思い出した。


 掲示板のことを。


 そして、久しぶりに開くと、そこに、驚くべき情報が、1週間以上も前に書き込まれていたことに気づいたのだった。

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