4. 少女の正体

 ガングロ少女だと思っていた彼女の、予想外の格好と歌声。


 俺は、こうして彼女と「再会」したのだが、その後の展開はさらに予想の斜め上だった。


 演奏が一通り終わり、ライブハウスでのライブ自体が終わって、客がぞろぞろと帰り始める21時頃。


 俺もまた客の流れに沿って、ライブハウス入口のドアに向かって歩き始めていた。

「ねえ、ちょっと!」

 楽屋に続くらしき、ライブハウスの小脇にある、細い通路から「彼女」がひょっこりと頭だけ出して、小声で叫んでいた。


「何だ?」

 振り返って、ぶっきらぼうな声で告げると、彼女が眉間に皺を寄せて、怒気を発していた。


「何だ、じゃないでしょ。そのまま帰るつもり? 私のことなんて、アウト・オブ・眼中なの? MK5だわ」

 そこだけ聞くと、完全に90年代のギャル語だった。

 つまり、「私のことなんて眼中にないの? マジでキレる5秒前だわ」という意味だった。


「いや、だってライブハウス来たの初めてだし。そもそも出演者と会えるもんなのか?」

「私ら、ただのインディースバンドだしね。ちょっと外で待ってて。着替えて来るから」

 嬉々として、そう叫んで彼女は楽屋らしき部屋へと去って行った。


(面倒だな)

 そう思いながらも、まあ強引ながらも約束だ。ライブハウスの外にある大きな扉の前で、彼女を待つことにした。


 待つこと、10分くらい。

「お待たせ」

 ようやく出てきた彼女は、ガングロギャルでも、アフロヘアーでもなかった。

 普通の見た目の、どこにでもいそうなセミロングの髪の少女。強いていえば、その髪型が当時、有名だった「鈴木あみ」に似ていることくらいか。

 恐らく、アフロヘアーの正体はカツラだろう。


 しかし、

「お前さあ。ガングロだったり、アフロだったり、何なんだ? Amiさんよお」

 歩きながら不愛想に尋ねた俺に対し、彼女はにこやかに微笑んで答えたのだった。


「Amiは芸名だよ。本名は、里美さとみ大門寺だいもんじ里美」

「大門寺? 西部警察みたいな苗字だな」

 

「いや、それ大門。大門圭介」

 西部警察とは、1979年から1984年に、テレビ朝日系列で放送された刑事ドラマで、派手な銃撃戦やカースタント、巨額を投じた爆破シーンなどで有名だった。「大門」とはそのドラマの主人公のことだ。

「そうか。っていうか、お前、よく知ってるな。世代じゃないだろ?」


「母が好きだから。って、そんなことはどうでもいいんだ。呼びにくいから里美って呼んで」

「変わった母親だな。いや、それより、何でAmiなんだ? 紛らわしいだろ」

 矢継ぎ早に尋ねると、彼女は面倒くさそうに、


「これからちょっと付き合って」

 と言っては、強引に俺をあるところに連れ出したのだった。


 渋谷センター街にある、ファーストフード。

 相変わらずそこは、若者の「巣窟」となっていた。


 女子高生、女子大生、男子高生、男子学生、チーマー、ゴロツキ。もう何が何だかわからないくらいのカオス空間に、タバコと酒の匂いが充満し、やかましいほどの大声が響き、全然落ち着かない。


 しかし、ポテトとバーガー、コーラのセットを頼んだ彼女は、2階に上がり、それら無数の「うるさい」集団に囲まれながら、ギターケースを床に置き、

「いやー、落ち着くわ」

 と足を伸ばしていた。


(どこが?)

 このカオスにして、うるさすぎる集団が俺は嫌いだった。どっちかというと、当時はまだ「オタク街」ではなかったが、電気街だった秋葉原の方が合う。まだ、オタクが社会からは理解されず、虐げられていた時代。俺は、どちらかというとそっち側の人間だった。


 店内には、先月発売されたばかりのT.M. Revolutionの新曲「HOT LIMIT」がBGMとして流れていた。


「で、何でAmiなんだ?」

「決まってるじゃん。鈴木あみが好きだから」


「いや。それにしちゃ全然似てないけど」

「そうかなあ? それよりライブどうだった?」


意味不いみふだった」

「意味不? わけわかめってこと?」

 意味不明で、訳がわからないこと。当時、こんな会話が普通に成立していた。


「まあ。そもそも何で『ノストラダムスの大予言を吹き飛ばせ! 世紀末ライブ開催』とか言ってんのに、あんなネガティブなんだ?」

 俺にとっては、それこそが最大の謎だった。


 どうせなら、もっとポジティブな歌を歌えばいいと思ったし、それが原因で、集客がイマイチなんじゃないか、とすら思えてくる。


 しかし、どうやら俺は彼女自身のことをよくわかっていなかったようだ。その証拠に彼女の主張は「変わっていた」。


「だって、どうせあと2か月で世界は滅びるんでしょ?」

「ノストラダムスの大予言か。あんなのをまともに信じてるのか?」


「そりゃね。私の親は、ネガティブでね。もうすぐ世界最終戦争が起こるって恐れて、核シェルターを買おうって、本当に計画してるよ」

「馬鹿馬鹿しい。どうせ何も起こらないって」

 当時は、色々と噂になっていたが、要は「世紀末」の退廃ムードと、時代を反映したもので、実は100年前の19世紀末にも同じような「世界の終焉騒ぎ」があったらしい。

 人類の考えとは、本質的には昔も今も変わらない。相変わらず「世界の終末」を予言していたのだが、結局19世紀末には何も起きていなかった。

 そもそも、キリスト教世界では、こうした「終末思想」が多いし、その考え方は仏教にもある。


 数年前に話題になった「オウム真理教」の地下鉄サリン事件。あれも一種の終末思想がなせる狂気だったのだ。


 店内BGMが、PUFFYの「アジアの純真」に変わる。1996年の曲だ。


「お前。歌は上手いのに、自己肯定感は低いのな」

「それより、君の名前は?」

 言われてやっと、名乗ってないことに気づいた。


「ああ。葦山政志」

「大学生?」


「ああ。来年、卒業だがな」

「就職先は?」


「決まってない」

 そう。この時、大学4年生で、普通なら就職活動中。もちろん、俺も「一応」はやっていた。


 だが、これも世相というか時代というか。

 1999年から2000年にかけてのこの時代。


 世の中は、空前の「就職氷河期」だった。第一、俺たちの世代は「若者の人口が多い」。つまり今のような少子化と真逆の「ライバルが多い」世代だった。


 おまけに不景気だったから、少ない就職先を巡って、同期が強力なライバルになる。大手の有名な会社でもないのに、わずか数名の募集に100人以上が殺到するなんていうのはザラだったし、それを振るい落とす企業側も、圧迫面接などのえげつない手段を使っていた。


 その分、あぶれる者も多く、その「就職に失敗した」連中の末路が悲惨な非正規雇用に流れ、結果的には現在まで続く「少子高齢化」の流れを作ったことを、日本の政治家は根本的にわかっていない。


 言わば、「ベビーブーム世代」かつ「就職氷河期世代」の俺たちが上手く社会に入れなかったことが、現在の低迷した日本を作っていた。


「今日はサンキュ。どうせなら連絡先教えてよ」

「携帯持ってない」


「はっ? マジで」

「マジで」

 当時、流行っていた細長い形の小さな携帯を取り出した彼女の口が開いたまま、塞がっていなかった。


 携帯電話黎明期のこの時代。1Gのショボい携帯しかなかったが、そもそも携帯電話を持っている者と、持っていない者に分かれていた。


 ビジネス上で必要だから持つという会社員はいたが、まだ学生にはそれほど普及しておらず、持たざる者も多かったし、そもそも友達が少なかった俺には、別に必須の物でもなかった。


「じゃあ、家電いえでんでいいよ。一人暮らし?」

「ああ」

 当時、携帯は持っていなくても、「家電」、つまり家に固定電話がある世帯は多く、俺も一応は親との連絡用に、固定電話を引いていた。もっともほとんど使っていなかったが。


 仕方がないからその番号を教える。同時に、

「そもそも俺はバイトで忙しいから、ほとんど家にいないけどな」

 と伝えると、彼女は食いついてきた。


「じゃあ、バイト先教えて。行くから」

 と。


 妙な女に懐かれた気がするが、まあ、隠す物でもないから一応教えることにした。そもそもそれが「間違い」だったと後で後悔するのだが。


「ああ。環七通り沿いにある、ファミレス」

 今のようにGoogle Mapのような便利な物が存在しなかった時代だから、俺は口頭で場所を教えるしかない。

 世田谷代田駅から徒歩5分くらいの環七通り沿いにある一軒のファミレス。そこが俺のバイト先。


 もっとも、この近辺に他にファミレスはないから、余程の方向音痴以外、迷いようがない。


「サンキュ。今度行くよ」

 ある時は、ガングロ。ある時は、アフロ。ある時は、普通のセミロング。

 おまけにやたらとネガティブな歌を歌う、変な女。


 なんだか「妙な女に懐かれた」気がした。そして、それが、この大門寺里美との出逢いだった。

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