糞便の置かれた酒場

25,新人警官のミル・ベイカー巡査 ー前説ー

 それはアリスが新聞を買いに外出をしていた時の出来事であった。


「いってぇ!!」


 アリスは街の通りを曲がったところで、とある人物とぶつかった。


「うわぁ!!」


 アリスとぶつかったその人物も、衝撃でふっとばされる。その人物は自転車に乗っており、それごと地面に倒れ込んでしまった。


「いって…すいません、大丈夫ですか?」


 立ち上がりながら、アリスが相手に問いかける。


 問いかけられたその人物は慌てて立ち上がり、アリスに向かって頭を下げた。


「も、申し訳ございませんっ!こちらの不注意です!お、お怪我はありませんか?」


 その人物はアリスに向かって慌てて言った。


「…ああ、大丈夫だ。」


 アリスはそう言いながら、その人物のことを観察する。


 その人物は、女性であり、スコットランドヤード警察の制服を着ていた。


 彼女は、身長がとても低く、華奢な体型をしていた。頭の後ろで結われた金色の髪が特徴的で、肌の色はミルクのように白く、顔立ちはとても幼い。


 そして、彼女の顔はとある小動物に酷似していた。


「…カワウソ?」


 アリスは首を傾げながら、頭に思い浮かんだ動物の名前をそのまま口にした。


「なっ…!だ、誰がカワウソだ!」


 その警察官は怒った表情でアリスに言う。


「お前、スコットランドヤードの警察官だよな?…見ねぇ顔だが、新人なのか?」


 アリスが訝しげな顔でそう尋ねると、その警察官は姿勢を正し、自己紹介をした。


「はい。巡査のミル・ベイカーと申します。本年度から、このフォギーフロッグに配属されました。よろしくお願い致します。」


 ミル・ベイカーと名乗ったその女性警官は、そう言ってアリスにサッと右手を差し出す。


 アリスは彼女の手を握りながら言った。


「ああ、よろしくな、カワウソ巡査。」


「だから、誰がカワウソだ!」


 ミルは怒った表情でアリスに言う。アリスは面倒臭そうな顔をしながら、それに言葉を返す。


「誰って、お前以外にいないだろうが。それとも私に見えてないだけで、お前の隣にカワウソの亡霊でもいんのか?」


「な、なんだ、お前!初対面の相手に失礼だろうが!お前、一体何者なんだよ?」


 ミルはアリスをじとっとした目で睨みながら質問する。


 アリスは得意げにその質問に答えた。


「私はアリス・レッドメインだ。ファミリーネームから察しがつくかもしれねぇが、私の兄はお前らの上司であるリチャード・レッドメイン警視。つまり、私はお前の上司の妹だ。」


「なっ!?レ、レッドメイン警視の…妹!?」


 ミルは心底驚いたような顔で、大きな声を出す。


 アリスは腕を組み、偉そうな態度で彼女に言う。


「ああ、そうさ。私の兄さんはスコットランドヤードのお偉いさんだ。だから、あんまり私に失礼なこと言わない方がいいぞ。でないと、リチャード兄さんに言いつけっからな!なーっはっはっは!」


 高笑いをするアリスに、ミルは悔しそうに言う。


「くそ…!こんなクソみたいな奴がレッドメイン警視の妹だなんて…!」


「…おい、早速失礼なこと言うんじゃねぇよ。」


 アリスは呆れた顔で彼女に指摘した。


「ん…?ということは、ラドクリフ警部補が言っていた”探偵”というのは、お前のことか?」


 ミルは不満そうな顔でアリスに問う。


「ああ、私は探偵さ。それも、お前ら警察の仕事を奪っちまうような、飛びっ切り優秀な、な。警部補は私のことをなんて言ってた?」


「ラドクリフ警部補は、『この街には、変な事件ばかりを追っている、頭のおかしい探偵がいるから気を付けろ』と言っていた。」


「…おい。」


 アリスはジトっとした目で、ミルを睨みながら言った。


 そんなアリスを無視するかのように、ミルは倒れている自転車に手を伸ばし言った。


「じゃあ、私はそろそろパトロールに戻るから、お前も家に帰れ。ちゃんと前を見て歩くんだぞ?」


 ミルはそう言った後、自転車にまたがりその場を離れようとする。


「おう、がんばれよ、ミス・オッター(カワウソ)。事件現場で会ったら世話してやるよ。」


 後ろからアリスの声が聞こえてきた。


「だから、カワウソって言うな!二度とお前なんかと会いたくないわ!」


 ミルは拳を振り上げてそう言った後、自転車を漕いで進みだした。


 しかし、後に彼女らは『糞便の置かれた酒場事件』で再開することとなる…。

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