44,宇宙船の目撃情報 ー真相ー

「スポットライトが宇宙船…?」


 コリンが不思議そうに問う。


「それが宇宙船なのか?」


 ジョンもコリンに続いて、アリスに問いかける。


「宇宙船の本体は、スポットライトのレンズに貼りつけてある、そのいびつな形をした紙だ。」


 アリスはそう言うと、スポットライトのレンズの部分を指差した。


 そこには、カッターナイフでトライポッド型の宇宙船の形に切り取られた紙が、1枚貼りつけてあった。


 コリンがそれを見て言う。


「本当だ。…宇宙船っぽい形に切り取られた紙がついてる。」


「ああ。それをスポットライトで照らして向かい側の壁に写せば、宇宙船のシルエットを作り出すことが出来る。…つまり、影絵だな。」


 アリスはジトっとした目で、スポットライトを睨みながら言った。


「…それが、ウィルキーが見た宇宙船の正体?」


 レイラが不満そうな顔でアリスに問う。


 アリスはそれに「ああ。」と気怠そうに答えてから、詳しい説明を始めた。


「ウィルキーが見た宇宙船の正体、それは向かい建物の壁に、スポットライトで写された、この紙のシルエットだ。目撃情報は『夜の空を眺めていると、神々しい光を放ちながら、平行移動をする謎の飛行物体を発見した。その飛行物体は、数秒間平行移動をした後、一瞬にして姿を消した。』…みたいな感じだったよな?神々しい光は、影絵の周りの光。平行移動したのは、スポットライトを動かしたから。一瞬にして姿を消したのは、ライトを消したからだ。目撃情報が夜なのは、暗い夜にしか影絵を作り出せないからだ。」


 アリスは尚も説明を続ける。


「ウィルキーはSF好きで、SFマガジンの記者をやっている。普通の人なら、こんな影絵を見たところで、それを宇宙船だなんて思わないだろう。だが、ウィルキーのようなSF好きなら、それを宇宙船だと疑うかもしれない。ましてや、ウィルキーは影絵を数秒しか見れていない。それが何だったのか正しく認識できなくて、『宇宙船だったのかも…』という疑いを持ってもおかしくないだろう。」


 アリスの説明がひと段落ついた所でコリンが質問する。


「…でも、一体誰が影絵を作ったんだい?」


「この影絵を作ってウィルキーに見せたのは、たぶんウィルキーの友人とその仲間だ。」


 アリスがそう答えると、驚いた様子でジョンが聞く。


「ウィルキーの友人?ちょっと待て、アリス。彼もウィルキーと一緒に宇宙船を見たんだろ?自作自演ってことか?」


「ああ。ウィルキーの友人は、彼の仲間に、この納屋から向かいの壁に影絵を作ってくれと頼んだ。友人はウィルキーを自宅に誘って、タイミングを見計らい窓の外を見た。仲間が作り出した宇宙船の影絵を見た友人は、わざと大きな声を出して、ウィルキーに窓の外を見るよう促す。ウィルキーもその影絵を見て、彼はそれを宇宙船だと疑う。ウィルキーの友人が出した大きな声を聞いた仲間は、数秒後にスポットライトの光を消す。すると、宇宙船の影絵も消える。ウィルキーは宇宙船を見たと勘違いして、唖然としている。次の日、友人はウィルキーをカフェに呼び出して、宇宙船が複数目撃されているらしいと嘘を吐く。そして、ウィルキーの友人はこう提案する。『また宇宙船が現れるかもしれないから、今日も同じ時間に、同じ場所で観測してみよう』ってな。」


「…なぜ、そのような提案を?宇宙船の影絵を作り出したのは、自分と仲間なんですよね?」


 エロイーズが顎に手を当てながら、アリスに問う。アリスは得意げな顔で答えた。


「それはウィルキーを家から出す為だ。」


「家から出す?…なぜ?」


「その時間にウィルキーが家にいたら困るんだ。金庫屋が金庫を開けに来るからな。」


「金庫屋?」


「ああ。ウィルキーは投資家もやっていると言っていただろ。そんで有価証券を固定式の金庫に入れて保管しているとも言っていた。つまり、友人の狙いはそれだ。友人はウィルキーが投資で稼いだ証券類が欲しかった。だが、金庫に保管してあるから手が出せない。金庫はそう簡単には壊せないし、固定式だから金庫ごと盗むのも無理だ。」


 アリスは得意げに話を続ける。


「だから、友人はウィルキーを外出させ、その間に金庫屋を呼んで、金庫を開けてもらおうと考えた。ウィルキーの部屋に侵入して、彼に成りすまして金庫屋を呼び、番号を忘れたとか適当言って、開けてもらう作戦だ。ウィルキーを宇宙船の観測という名目で誘い出し、その間に仲間がウィルキーの部屋に侵入し、金庫屋を呼ぶ。そうすれば、金庫の中身が手に入る。」


 アリスは腕を組み、尚も説明を続ける。


「そんで、ウィルキーの友人の仲間なんだが、1人はたぶんウィルキーの隣に住んでる奴だ。ウィルキーの隣に住んでる奴は、鍵職人をやっていると言っていた。そいつなら、ウィルキーの部屋の合鍵を作り出すことも可能だ。ウィルキーは鍵が一時的になくなったと言っていただろ?あれは、友人が彼の部屋に入った時に合鍵を盗み出し、それを鍵職人がコピーして、再びウィルキーの部屋に戻したんだ。だから、翌日鍵が見つかったのさ。合鍵を作ったんなら、いつでもウィルキーの部屋に侵入できる。隣に住んでる奴なら、大家さんの目につくこともないしな。」


 アリスは更に話を続けようとした。


「友人の仲間は、その鍵職人と、後は影絵を作り出す係とかもいるかもな。まぁ、仲間が何人いるかは知らないが、盗んだ金を山分けするならそんなに多くは…」


 ギイィィー…


 と、アリスが喋っている途中で1階の納屋が開かれる音がした。


「あれ?なんか納屋の扉が開く音がしなかった?」


 コリンが不思議そうにみんなに問いかける。その質問にジョンが答える。


「ああ、俺も聞こえたぜ、コリン。誰か入ってきたのか?」


 全員が階段の方に視線をやる。


「…3人分の足音が聞こえますね。」


 エロイーズが静かにそう呟いた。


 階段を上ってくる音が聞こえてきた。どうやら、納屋に入ってきた人物達は、アリス達のいる2階に向かっているらしい。


 やがて、その人物達は階段を上がり切り、アリス達の前に姿を現した。


 姿を現したのは3人の男達であった。


 1人は身長が少し高い痩せ型な黒髪の男、もう1人は身長の低い眼鏡をかけた男、最後の1人は身長が高くて大柄な体格がいい男であった。


「お、お前ら,ここで何やってるんだ…!」


 1番前にいた背の高い男性が、声を少し震わせながらアリス達に問いかける。


「何って…お前らこそなんだよ?宇宙船の点検にでもきたのか?」


 アリスがそう言うと、彼らは驚いたような顔をした。


 どうやら、ウィルキーの友人とその仲間、つまり今回の事件の犯人らしかった。


「お前らの悪事は大体把握してる。まぁ、観念して大人しく捕まるんだな。」


 アリスは得意げな顔で彼らに言った。


 すると、背の高い男がアリスを睨みながら言葉を返す。


「いや…お、大人しくするのはお前らの方だ…!」


 彼はポケットから何やら鋭利なものを取り出し、それをアリス達に向けた。


 その鋭利なものは、サバイバルナイフであった。


 アリスとジョンとコリンの3人は、ナイフを見た瞬間少し慌てる。


「お、おい、ちょっと待て。取り敢えず、落ち着け。」


 アリスが男を宥めるようにして言う。


 しかし、男はそれに構わずに、アリス達に近づいてきた。


「…いいや、待てないな。取り敢えず、ここにいるお前ら全員、俺達について来てもらう…。」


 背の高い男がそう言うと、後ろにいた眼鏡をかけた男もナイフを取り出し近づいてくる。


 アリスはひそひそ声で、レイラに相談を持ち掛ける。


「…おい、どうするよ?このままあいつらの言いなりか?付いて行ったら何されるかわかんねぇぞ?」


 レイラもそれに対して小さな声で答える。


「そうね。…なら、後ろの窓から逃げるというのはどう?」


「ここは2階だぞ?着地ミスったらやべーし、成功しても走って逃げきれるかわかんねぇぞ?」


「外に人がいれば助けを求められるわ。…まぁ、いなければただ足を怪我するだけだけど。」


 と、ここでアリスとレイラの会話にエロイーズが割って入ってきた。


「レイラ様、ここは私に任せてはいただけないでしょうか?」


 エロイーズはレイラのことを真っ直ぐと見据えて言った。


 レイラはエロイーズの方に目をやる。


 エロイーズはとても真剣な表情をしていた。


 レイラは少し間を置いた後、得意げな顔でアリスに言った。


「ここは彼女に任せてみましょう。…エロイーズ、何か考えがあるんでしょう?頼んだわ。」


「…大丈夫か?」


 アリスは不安そうな顔でエロイーズに問う。


 エロイーズは「はい。」と切れのいい返事をした後、レイラが持っていた鞄から財布を取り出した。


「財布をお借りします、レイラ様。」


 エロイーズはレイラの財布を手に持って、男達の方へと歩いていく。


「おい…!う、動くんじゃねぇ…!そこで止まれ!」


 背の高い男がエロイーズにナイフを向ける。彼の左斜め後ろにいるメガネの男も、同じく彼女にナイフを向けた。


 エロイーズは背の高い男の前で足を止めて、財布を掲げて言った。


「取引をしましょう。」


「と、取引…?」


 背の高い男が首を傾げる。


 エロイーズはこくりと頷いてから続ける。


「はい。この財布には、40ポンド(約200万円)分の有価証券が入っております。それを全て差し上げますので、私達のことは見逃していただけないでしょうか?もちろん、あなた方の悪事を他言することも致しません。」


「40ポンド…?ほ、本当か…!」


 背の高い男が、驚きの表情を浮かべながら問う。


「ええ。確認していただいても構いません。」


 エロイーズはそう言うと、男に財布を差し出した。


 男はその財布を掴もうと、ナイフを持っていない方の手を伸ばす。


 すると、エロイーズは男が掴む前に、財布を手から放した。


 財布は地面にぽとりと落ちる。


「…え?」


 男はその財布を目で追った。


 その瞬間、エロイーズは左手で男の右手を掴み、そして右手で男の腕を叩いた。


「…!?」


 腕を殴られた男は、思わず握っていたナイフを手放してしまう。


 ナイフが地面に転がり、カランという音を立てた。


 その音が鳴りやむよりも早く、エロイーズは男の懐に潜り込み、彼の顎に向かって掌底を繰り出す。


 ガコン!という音が鳴って、男の脳が揺れる。


 男はそのまま後ろに倒れ込んだ。


 背の高い男の後ろにいた、眼鏡をかけた男と体格のいい大男は、一瞬の出来事にまだ理解が追い付いていない。


 エロイーズは空かさず、眼鏡の男に接近する。


 そして、彼の顎に目掛け、薙ぎ払うような蹴りを繰り出した。


 眼鏡の男は何も理解できないまま、顎を蹴られて吹き飛ばされる。


 僅か数秒の間に、男2人がノックダウンした。


 その光景に、レイラ以外の者達は唖然としていた。


「…残りはあなただけです。」


 エロイーズは一番後ろにいた大男を見ながら言う。


「…っ!」


 大男は焦った顔をしながらも、ファイティングポーズをとり、エロイーズを迎え撃つという意思を示す。


 エロイーズは彼の下へゆっくりと歩いていき、目の前で足を止めた。


 エロイーズと大男が向かい合う。


 数秒の間を沈黙が流れた。


「…っ!」


 やがて、大男は沈黙を破り、エロイーズに向かって右ストレートを繰り出した。


 空気を切り裂くような、速くて重い一撃である。


 エロイーズはそれをいとも容易く躱し、間髪入れずに、大男の腹にカウンターの蹴りを入れる。


「ぐっ…!」


 蹴りを喰らった大男は、少し後退りをしたが、すぐさま構え直す。


 エロイーズは蹴りを入れても相手がダウンしなかったことに対して少し驚いていた。


 大男は再びエロイーズに殴りかかる。今度は、左フックを彼女の顔に向かって繰り出した。


 エロイーズは頭を下げてそれを躱し、しゃがんだ状態のまま大男の左足に蹴りを入れる。


 大男は少し怯んだが、ダウンはせず、右のアッパーをエロイーズの腹に目掛けて放つ。


 しかし、エロイーズは右にサッと身体を移動させ、空かさず大男の顔面に掌底を喰らわせた。


 エロイーズが、彼女よりも頭2つ分くらい大きい男を圧倒している。


 その光景を見ながら、アリスは呟いた。


「…何もんなんだよ、あいつ。」


 それに対してレイラは得意げな顔で答えた。


「エロイーズは私の執事よ。飛び切り優秀なね。」


 やがて、大男が限界を迎えた。


 彼は最後の力を振り絞り、右ストレートを繰り出す。


 エロイーズはそれをしゃがんで避けて、大男の膝に右手でパンチを繰り出す。


 膝にダメージを喰らった大男は、体勢を崩す。


 エロイーズはその隙を見逃さず、彼の顎に右足の蹴りを入れた。


 その蹴りを喰らった大男は気絶し、バタリと地面に倒れ込んだ。


 男が気を失ったことを確認すると、エロイーズはレイラの下へと歩み寄っていった。


「お疲れ、エロイーズ。あなたのお陰で助かったわ。」


 レイラが彼女に労いの言葉をかける。


 エロイーズはキリッとした表情でそれに答えた。


「申し訳ございません、レイラ様。相手もなかなかの手練れだったようで、少々時間がかかってしまいました。」


 

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