43,宇宙船の目撃情報 ー納屋ー

 ウィルキーから話を聞き終えたアリス達一行は、彼の友人の家があるクルセイダーストリート8の近辺に来ていた。


「恐らく、あれがウィルキーの友人の家よ。」


 レイラが一軒の建物を指差す。


 その建物は3階建てで、それぞれの階層に2つずつ窓が取り付けられていた。


 レイラが指をさしているのは、3階の向かって左側の窓である。


「あの窓から、ウィルキーとその友人は宇宙船を目撃した。納屋越しに見たと言っていたから、あっちの方角ね。」


 レイラはそう言うと、反対側を指差した。


 彼女が指し示す先には、ウィルキーの言っていた納屋と、その奥に納屋よりも背の高い赤煉瓦の建物が建っていた。


「んじゃまぁ、あの納屋に行ってみるか。」


 アリスが気怠そうにそう提案する。


「あれ?ウィルキーさんの友達に話を聞きに行くんじゃないの?」


 アリスの隣にいたコリンが不思議そうな顔で問いかける。


 すると、アリスはその問いかけに得意げな顔で答えた。


「私の考えでは、。だから、あの納屋の持ち主を探して、中を見させてもらおうぜ。」







 近くにいた人に聞き込みをすると、納屋の持ち主はこの近辺に住む人のいい老人であることがわかった。


 アリス達一行は早速、その老人の下を訪れ、納屋へ入る許可を貰った。


 昔、納屋はとある劇団の物置として使用されていたらしく、老人が引き取った後も道具はそのままにしてあるそうだ。


 現在は、持ち主である老人が定期的に点検に来るらしいが、その他の人物は誰も納屋に出入りしていないという。


 アリス達はそんな、今は真面に使用されていない納屋に足を踏み入れた。


 古臭い木戸を押すと、軋むような音を立てながらゆっくりと扉が開く。


 納屋の中は、舞台で使うような大道具や小道具、演者が着ていたであろう衣装、舞台を設営する為の金具などが、乱雑だが一応端の方に纏めて置いてあった。


「話に聞いた通り、古臭い納屋だな。埃っぽくてしょうがないぜ。」


 アリスは口元を手で押さえながら、納屋の中を見渡す。長年使われていないせいか、納屋の中は埃やクモの巣などで溢れていた。


「まともに使われてねぇようだな、この納屋は。」


「ええ。でも、一応電気は通っていると、持ち主は言っていたわよ?」


 アリスの呟きにレイラが言葉を返した。


「レイラ様、ハンカチをどうぞ。ここは空気があまり綺麗ではありません。」


 エロイーズは隣にいるレイラへ自分のハンカチを渡す。


 しかし、レイラはエロイーズに手のひらを向け、彼女の提案を断る。


「ありがと、エロイーズ。でも、結構よ。それはあなたが使いなさい。汚い空気を吸わずして、SFの未来を開拓することなどできないわ。」


「そ、そうなんですか…?」


 エロイーズは困惑した顔でレイラを見ていた。


「ぱっと見た感じ、宇宙船っぽいもんは見当たらないが…。アリス、本当にここにあるのか?」


 ジョンがわざとらしくキョロキョロとしながらアリスに尋ねる。


「ああ。たぶん、この納屋の…2階だな。」


「2階?どうして、わかるんだい?」


 コリンがアリスに尋ねる。


 納屋の奥には、2階に上がるための階段があった。


 アリスは階段に向かって歩きながら、コリンの質問に答えた。


「宇宙船を呼ぶには、2階にある窓と、この納屋の向かいにある赤レンガの建物の壁が必要になってくるからだ。」


 アリスはそう答えた後、木造りの階段を昇っていく。あとの4人もそれに続いた。


 古いせいか、階段は一段一段ギシギシと嫌な音を立てる。


 納屋の2階は、1階とほぼ景色が変わらなかった。


 1つ違うのは、奥の壁に縦長の大きな窓が取り付けてあることだ。


 アリスはその窓まで歩いていき、そのまま開けた。


 その窓は上げ下げ窓であり、アリスが窓の片側を上にあげると、スムーズに動いてくれた。


 アリスはその窓から外を覗き込む。


 前方に赤レンガの壁が見える。ほんの数メートルほどの距離である。


「…やっぱり、宇宙船のようなもんは見当たらなくないか?」


 ジョンが両手の手のひらを上に向けて、アイリスに言う。


 アリスは彼の方を振り向いて、呆れた様子で返した。


「宇宙船ならそこにある。」


 そう言って彼女は、部屋の隅を指差した。


 彼女が指示した先には、木造りの机が置いてあった。


「…あの机かい?」


 コリンが訝しげな顔で尋ねる。


 すると、アリスは首を横に振った。


「違う。その机の後ろにあるものだ。…ジョン、その机を持ち上げて横に退かしてくれ。」


 アリスはジョンに言う。ジョンは少し心配そうな顔でその頼みを承諾した。


「これを退かせばいいのか?…最近、腰の調子が悪いんだが、いけるかな?」


 ジョンが腰を摩りながら、机の前まで歩いていく。


「おいおい、泣き言言ってんじゃねぇぞ、男だろ?その重たそうな机をさっさと退かしてくれ。」


 アリスが呆れた顔で言う。


 ジョンは机を持ち上げようと、屈んで机の端に手をかけた。


「すぅー…よし。」


 そして、静かに息を吸い込んだ後、両手で机をがっしりと掴み、両足に力を込めて勢いよく立ち上がろうとした。


「…せーの、フンッ!!」

 

 掛け声と共に、ジョンは机を持ち上げようとした。


 しかし、力んだせいなのか、彼は放屁をしてしまった。


 ブゥゥーッ!


 切れの良い音が納屋の中に響き渡る。


 ジョンは「あぁ…!」と情けない声を洩らしながら、慌てて両手でお尻を押さえた。


 その後、気まずい沈黙が5人の中に流れた。


「ち、違うんだ!今のはわざとじゃ…」


 少し間を置いた後、ジョンが放屁したことを慌てて弁明しようとする。


「くっさ…そういうの要らないからさっさと机を退かせよ。」


 アリスは鼻をつまみながら、少しイライラした様子でジョンに言う。


「…ジョン、コメディアンとして笑いが欲しいのはわかるけど、それは違うと思うよ?」


 コリンも鼻をつまみながら、ジトっとした目でジョンを見て言う。


「…そ、そうだな。わ、わかった。気を取り直して机を退かすとしよう…。」


 ジョンは再び、机に向き直ろうとした。


 しかし途中で、口を抑えて下を向き、体を小刻みに震えさせているレイラが見えた。


「…ふふっ…。」


 どうやら、レイラは必死に笑いを堪えているようだった。


「ミ、ミス・ジーニアス?だ、だいじょうぶですか…?」


「フッ…ええ。…だいじょう…フフッ…」


 レイラはジョンに返事をしようと試みたが、込み上げる笑いを堪えきれず、まともに喋れなかった。


「な、なぁ、アリス…。彼女は大丈夫か…?」


 ジョンがアリスに問いかける。すると、アリスは面倒臭そうに答えた。


「さっきのくだりがツボったんだろ。こいつは変なところで笑いの発作が起きるからな。全く面白くないのに、何故かこいつだけ笑ってるみたいなことが偶にある。」


 アリスは、笑いを堪えているレイラを指差して言った。


 ようやく、笑いが落ち着いてきたレイラは、涙を人差し指で拭いながらジョンに言った。


「面白かったわ。流石、コメディアンですね。」


「…どこがだよ。」


 アリスがジトっとした目でレイラにツッコミを入れる。


「レイラ様、こちらのハンカチで涙をお拭きください。」


 エロイーズがレイラに持っていたハンカチを渡そうとした。


 しかし、その瞬間。


「うわぇあ!」


 エロイーズが絶叫を上げ鼻をつまんだ。


「ど、どうしたんだ…?」


 ジョンがエロイーズの方を見て問う。アリスがその問いに答える。


「お前の屁が時間差で、ちびっ子執事のとこまで流れていったんだだろ。…ガス兵器だな、お前の屁は。」


「エロイーズ、そのハンカチはあなたが使いなさい。」


 レイラがエロイーズにそう言うと、彼女は「はい…」と答えて申し訳なさそうにハンカチを口元に当てた。


 その後気を取り直して、再びジョンは机に向き直った。


 そして、今度は放屁することなく、机を持ち上げて横に退かした。


 すると、机の後ろには、少し小さめなスポットライトが置いてあった。


「…結局、宇宙船は何処にあるんだ?」


 ジョンが尋ねると、アリスはスポットライトを指差さして答えた。


「宇宙船の正体は、そのスポットライトだ。」

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