42,宇宙船の目撃情報 ー宇宙船の目撃者ー

 アンティークショップ『混沌と静寂の館』を出たアリス達一行は、ウィザール街を抜け、フォギーフロッグの南西部にある、とあるフラット(アパート)の前に来ていた。


「おい、ここか?宇宙船の噂をしてた奴の根城は。」


 アリスが隣にいるレイラに尋ねる。


「ええ、恐らくね。」


「恐らくじゃねーよ。わざわざ、ここまで歩かされたんだぞ?間違ってましたなんて言い出したら、私の中のもう1つの人格が出てきて、お前の頭をこのステッキで叩き割るかもしれねぇからな。ジキルとハイドみてぇによ。」


「どっちかというと、表の人格がハイドに近いと思うけどね、あなたの場合は。心配しなくてもいいわ。たぶん、ここに彼はいる。」


 レイラはそう言うと、フラットの正面扉をノックする。


 しばらくすると、その扉が開かれ、1人の老婦人が出てきた。


「はい、どちら様?」


「こんにちは、ミセス・バーナム。先程、お電話させていただいたジーニアスです。ミスター・ウィルキーにお会いしに来ました。」


「あぁ!お待ちしておりましたよ、ミス・ジーニアス。ミスター・ジーニアスの娘さんとお会いできるなんて、今日はとても良い日だわ。」


「フフッ、大袈裟ですよ、ミセス・バーナム。私もお会いできて嬉しいです。」


「身に余るお言葉ですわ。ミスター・ジーニアスによろしく伝えておいて下さい。」


 レイラとミセス・バーナムはお互いに愛想良く会話を交わす。


 新聞社の社長令嬢であるレイラは、基本的にどこへ行こうと、この街では丁寧な対応をされる。


 その様子を見ていたジョンが、小声でアリスに言う。


「さすが、ミス・ジーニアスだな。これなら、この街のドブネズミとかでさえ、『お会いできて嬉しいです〜!』とか言ってきそうだ。」


「…?ネズミは喋らねぇだろうが。」


「いや、物の例えなんだが…。」


 ジョンが困った顔をする。アリスは納得しような表情を見せる。


「…あぁ。」


 その後、アリスは頭の後ろで手を組み、顎でくいっとレイラを指して呟いた。


「ただ、まぁ本当にそうなったら、あいつも面倒だろうなって思ってよ。」








 ミセス・バーナムはその後、アリス達をフラット内に入れてくれた。


 アリス達はそのまま2階の部屋に向かう。


 階段を上がった先には、手前と奥に2枚の扉があった。


 どうやら、このフラットの2階には、2部屋あるらしい。


 アリス達は、手前側の扉へと歩み寄る。


 コンコンと扉をノックし、中から返事が返ってくるのを待った。


「はい…。」


 少し気弱そうな声が聞こえてきた。その後、すぐに木の扉が開いた。


 中から出てきたのは、眼鏡をかけた茶髪の2、30代くらいの男性であった。


「こんにちは、ミスター・ウィルキー。先程連絡させていただいたジーニアスです。」


 今日何度目だろうか。レイラが愛想よく挨拶をする。


「あぁ…!ど、どうも、ミス・ジーニアス…!よくいらっしゃいました。中へどうぞ…。」


 ウィルキーはそう言って、部屋の中へとレイラ達を誘おうとする。すると、レイラが善意でその誘いを拒否する。


「いえ、立ち話で結構です。先程、電話で忙しいと仰られていたでしょう?あまり、お時間を取らせては悪いので。」


 レイラがそう言うと、ウィルキーは少し安心したような顔をした。


「ウィルキーさん、宇宙船のことで幾つか聞きたいことがあるのですが。」


「…はい。できる範囲であればお答えします…。」


「では、お聞きしたいのですが…。ミスター・ウィルキー、あなたは宇宙船の噂を知っていますよね?」


「はい。」


「もしかして、宇宙船の目撃者本人ですか?」


 レイラの問いかけに、ウィルキーは重々しく口を開いた。


「…はい。」


 ウィルキーの答えを聞いた、ジョン、コリン、エロイーズは少し驚いたような表情を浮かべる。


「その宇宙船を目撃した時のことを、詳しく教えていただけませんか?」


 レイラがそう言うと、ウィルキーは不安そうに言葉を返す。


「構いませんが…あまり他の人には話さないでいただけませんか…?」


「ええ、もちろん。」


 レイラがそう返すと、ウィルキーは宇宙船を目撃した時のことを話し出した。


「その日、私は友人の家に出かけていました。競馬の馬券をどの馬で買うかを決める為です。その友人と話し合いをしていると、ある時友人が窓の方へと走り出しました。そして、窓の外を指差して『宇宙船だ!』と叫びました。宇宙船という単語を聞いた私は、すぐさま友人と同じく窓の方へと駆けて行き、外を確認しました。すると、見えたのです…。眩い光を周囲に放ちながら直線移動をする、トライポッド型の宇宙船が…。」


「…。」


 例の如く、アリスはウィルキーの話を訝しげな表情で聞いていた。


「その宇宙船は、私が姿を確認したそのすぐ後に一瞬で消えました。あまりにも一瞬の出来事だったので、私も友人もしばらく呆然としていました。やがて、友人が『今の見たか?』と問いかけてきたので、私は『ああ…』 と答えました。…その後、窓の外を注意深く観察しましたが、宇宙船は現れませんでした。」


 尚もウィルキーは話を続ける。


「その翌日、私は友人から、他にも宇宙船を目撃したという人が複数いるらしいという話を聞きました。そして、その友人に『また宇宙船が現れるかもしれないから、今夜も同じ時間帯に張り込んでみないか?』と誘われました。私はSFマガジンの記者をしておりますから、それに乗らない手はありません。その日から今日まで、毎日同じ時間に友人の家で観測を行っています。」


「…宇宙船は再び現れましたか?」


 レイラが尋ねる。すると、彼は残念そうな顔で答えた。


「いえ…まだですね。ですが、諦めずに頑張りたいと思います。」


 ウィルキーは力強く言った。レイラはそんな彼を真っ直ぐ見据えて答える。


「ええ、必ずまた宇宙船を目撃できる日が来ると思います。HGウェルズの宇宙戦争に出てきたようなトライポッド型の宇宙船を。」


「ありがとうございます。宇宙戦争は私のバイブルですから、トライポッド型の宇宙船を見るまでは諦めきれません。」


 SF好き同士で共感し合う2人。アリスはうんざりとした様子でウィルキーに言った。


「…あの、すいません、ウィルキーさん。私の方からも質問させていただいてよろしいですか?」


 それに対して、ウィルキーは若干戸惑いながらも頷いた。


「はい…。なんでしょうか?」


「ウィルキーさんが宇宙船の観測をしにご友人の家に行っている際、この部屋には誰かいますか?」


「いえ…。私は1人暮らしですので、出かけている際は基本的に誰もいません。」


「なるほど。隣の部屋には、どういった方が住まわれているんですか?」


 アリスはチラッと隣の部屋の扉を見ながら尋ねる。


「隣に住んでいるのは、私と同じ年齢くらいの鍵職人をしている男性です。」


「へー。…最近、鍵を無くされたりしませんでしたか、ウィルキーさん?」


「えっ…?無くしてませんが…あっ、でも合鍵をどこにしまったか忘れてしまって、1日中部屋を探し回った日がありました。翌日、机の引き出しを見てみたら、そこから出てきたので問題なかったですけど…。」


「なるほど。ウィルキーさんは記者でしたよね?」


「はい。」


「他にも仕事をなさっていませんか?…何か、お金が絡むような仕事を。」


 アリスが尋ねると、ウィルキーは少し困惑した様子で首を縦に振る。


「…ええ、まぁ。投資家としても、一応活動しておりますが…。」


「そうだったんですね!では、部屋で有価証券なんかを保管されているんじゃないですか?金庫とかに入れて。」


 アリスがそう言うと、ウィルキーは訝しげな顔で彼女を睨んだ。


「…その質問、答えないといけませんかね?」


 ウィルキーがアリスに問う。アリスは彼を見据えながら言った。


「できれば答えていただきたいですね。別に無理強いはしませんが。」


 アリスがそう言うと、彼は渋々答えた。


「一応、小部屋にあるダイヤル式の金庫で保管しておりますが…。」


「その金庫、固定されてますか?」


「はい…。あの…こんなこと聞いては失礼かもしれませんが、泥棒じゃないですよね、あなた?」


 ウィルキーはアリスをジトっとした目で睨みながら言った。


「違いますよ。…その質問はもっと他の人にした方がいいかもしれません。」


 アリスは面倒臭そうにそう言った。


「ウィルキーさん、最後に宇宙船を目撃した場所を教えていただけませんか?」


 レイラがウィルキーに聞く。


「友人の家が、南西部のクルセイダーストリート8にあるので、その近くです。私と友人はその家の窓から、目の前にある納屋越しに宇宙船を目撃しました。」


 ウィルキーから質問の答えを聞いたレイラは、笑顔で彼にお辞儀をしたあとこう言った。


「貴重なお話をありがとうございました、ウィルキーさん。私達はこれで失礼します。…できれば、私達がここへ来たことは内緒にしてください。特にあなたのご友人と、隣に住んでいる方には…。」

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