34,糞便の置かれた酒場 ー新人警官ー

 ピートの証言によると、盗まれた赤ワインは部屋の物置に隠してあるとのことであった。


 彼の部屋の物置を探してみると、その証言通り盗まれた赤ワイン『シャトー・ソレイユ』は見つかった。


 オーランドがピート・マニアを捕らえてから暫くして、応援の警察官が車に乗ってやって来た。


 その応援に来た警察官達に、ピートの身柄は引き渡された。


 警察官達は車にピートを乗せようと、その近くまで彼を連れていく。


 オーランドとミルは、少し離れた場所でその様子を見ていた。


「申し訳ありません、ラドクリフ警部補…。休暇中なのにお手を煩わせてしまって…。」


 ミルが口を開いた。


 彼女は申し訳なさそうな顔で俯いていた。


 そんな彼女をちらっと見た後、オーランドが答える。


「構わないさ。それにアリスの誘いに乗ったのは私自身だ。」


「…レッドメインの誘い?…どういう意味ですか?」


 ミルは思わず聞き返してしまった。それにオーランドは少し口角を上げて答える。


「私がここへ来たのは、アリスから電話を受けたからだ。『犯人を逮捕するのに協力しろ』って彼女が言ってきたから、それに応じた。」


 それを聞いたミルは心底驚いた様子で言う。


「なっ!?偶然、散歩してたら私達を発見したんじゃ…!?」


「…あれは嘘だ、ベイカー巡査。」




------ Not so long ago (少し前) ------




 オーランドの下に電話がかかってきた。


「はい、ラドクリフです。」


「よぉ、警部補。部下が働いてんのに、自分だけ休みをいただいている気分はどうだ?」


 その言葉を聞いたオーランドは、電話を掛けてきた相手がアリスであることに気づいた。


「アリスか。今、君のせいで最悪な気分になったよ。…電話を掛けてくるなんて珍しいな。何の用だ?」


 オーランドが問いかける。


 アリスはその問いに答える。


「実は今、お前んとこのベイカー巡査と、ある事件を追ってるんだ。そんで、犯人らしき人物を特定することはできたんだが…。」


 アリスは話の途中で言葉を詰まらせた。


「…ん?どうした?」


 オーランドが尋ねると、アリスは言いづらそうにしながらも話を続けた。


「いや…ベイカー巡査が少々落ち込んでてな。警察官として上手く捜査を進められなかったと思い込んで、そのことを気負っているらしい。」


「…そうか。それで?」


「それで?…じゃなくてだな。ほら…何となくわかるだろ?もし仮に、私みたいな『いけ好かない奴』が犯人を捕まえちまった日には、あいつの面目が立たねぇだろうが。…だから、今から言う住所に来い。そんで、お前が犯人を捕まえてくれ。上司のお前が捕まえりゃ、あいつの面目も保たれるだろ?」


 説明を終えたのか、それ以降受話器越しにアリスの声は聞こえてこなくなった。


 説明を聞いたオーランドは、フフッと少し笑った後、受話器の向こうの彼女に言った。


「わかった。…ベイカー巡査を気遣ってくれてありがとう、アリス。」


 オーランドがそう言ってから数秒経った後、アリスから言葉が返ってきた。


「…このこと、あいつには言うなよ。」


「ああ、もちろんだ。」


「じゃあ、さっさと来い。場所は…」




------ back to the present (現在に戻る) ------




「彼女は君のことを、とても気にかけているようだったよ。」


 オーランドが穏やかな口調でミルに言う。


「そうだったんですか…。」


 ミルはぽつりと呟きながら、アリスの方へと視線をやった。


 アリスは、ピートに殴りかかろうとしているマスターを必死に引き止めていた。


 アリスに気を遣われていたことを知ったミルは、警察官として情けなくなって、再び俯いてしまった。


 そんな彼女を見たオーランドが言う。


「そう気を落とすな、ベイカー巡査。君は新人警官だろう?上手くいかなくて当たり前だ。これから多くのことを学んで、成長していけばいい。だから、上手くいかなかったことに対して、気を落とす必要はない。今回、君が反省すべきところは、落ち込んでいる顔を周りの人に晒してしまったことだ。」


 オーランドはポケットから警察手帳を取り出し、それを見ながら言う。


「我々は警察官だ、ベイカー巡査。事件に巻き込まれた人達を助けるのが仕事だ。そんな我々が俯いていては、この街の住民も不安になるだろう。」


 オーランドはミルに向き直って言った。


「我々は、いくら捜査が難航しようと、前を見続けなければならない。いくら不甲斐なくたって、それを表に出すべきではないと、私は思うんだ。…まるで、推理小説のように、我々よりも優秀な探偵が、警察の仕事を全部搔っ攫っていこうとな。」


 オーランドはアリスの方へと視線をやり言った。その言葉は、アリスへの嫌味にも聞こえたが、彼は爽やかな顔をしていた。


「…じゃあ、そろそろ私は散歩に戻ろうかな。ベイカー巡査、この後も頑張れ。」


 オーランドはそう言ってから、ミルに背を向け歩き出した。


「は、はい…!あ、ありがとうございました、ラドクリフ警部補…!」


 ミルは慌てて、彼に礼を言う。


 すると、彼はふと何かを思い出したかのように、後ろを振り返った。


「…言い忘れていたが、さっきの話、アリスには言わないでくれよ?…じゃあ。」


 オーランドはにっと笑ってそう言った後、その場から静かに去っていった。


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