12,露出狂とセレナーデ ー終曲ー

 露出狂の逮捕から数日後。


 ここはアリス達の部屋。


 アリスはソファの上に仰向けに寝転び、今日の新聞を読んでいた。


 彼女は眠そうな目で次々と記事を流し読みしていく。

 

 すると、部屋の扉が開く音がした。


 アリスがそちらに視線をやると、コリンが部屋に入ってくる様子が見えた。


 彼の手には、茶色い横長の封筒が握られていた。


「アリス、君に手紙が届いてるよ。」


 コリンは右手に持った茶封筒をひらひらとさせながら言った。


「手紙?私の知り合いに何の前触れもなく手紙を送ってくるような、センチメンタルな心の持ち主はいねぇよ。一体どこの誰からの手紙だ?」


 アリスは再び新聞の方へと目をやりながら、コリンに問いかける。


 コリンは茶封筒を裏返しにして差出人の名前を読み上げた。


「差出人はソフィア・ベネットさん…。ベネット夫人だね。」


「…。」


 コリンの口からベネット夫人の名前が出た瞬間、アリスは読んでいた新聞を閉じて上体を起こした。


 そして、ジトっとした目で手紙を眺める。


 彼女の視線に気がついたコリンは、「はい。」と言ってその茶封筒を差し出した。


「…。」


 アリスは茶封筒を無言で受け取った。その後、ソファに乗せていた足を床につけ、持っていた新聞を目の前の机に置いた。


「一体何が書いてあるのかな?」


 茶封筒を手放したコリンが、首を傾げて問いかける。


 アリスは茶封筒の中の手紙を取り出しながら、その問いかけに答えた。


「さぁな。読んでみりゃわかる。お前も読んでいいぞ、コリン。」


 アリスは二つ折りにされた白い紙を開ける。


 コリンはアリスの隣からその手紙を覗き込んだ。


 その手紙には、露出狂の件に関して改めて感謝を述べたいという旨の内容が書かれていた。そしてその後には、彼女との関係を解消したこと、自分も友人もそれぞれの夫とこれからも夫婦としてやっていく予定であることが綴られていた。


 一通り手紙を読み終えたアリスは、その手紙をコリンに渡した。


 コリンはまだ読み切れていなかったようで、彼女から手紙を渡さられると、自分の方へと手紙を向け、まだ読めていない文に急いで目を通した。


 手紙を読み終えたコリンは物悲しげな表情で言った。


「…これでよかったのかな?」


 アリスは頭の後ろで手を組み、部屋の天井をジトっとした目で見ながら答える。


「別にいいんじゃねぇの?ベネット夫人が旦那さんを愛しているのは本当みたいだし。それに…同性同士で結ばれるのは大変だ。風当たりが強いだろうからな。」


「…いつか、ベネット夫人のような、同性愛者の人達に対する風当たりが弱くなって、その人達が一緒になれる日は来るかな?」


「どうだろうな。もしかしたら、遠い未来では同性同士の結婚なんかが認められてるかもしれねぇな。時代が違えば、もしかしたら…。」


「時代が違えば、か…。」


 コリンは悲しげな表情で俯き、静かに呟いた。


 アリスは、そんな彼になんと言葉をかけるべきか迷った。


 しかし、数秒の沈黙の後、彼女は彼の方を真っ直ぐ見据えて、こう言った。


「でもな、コリン。私達が生きてんのは、今この時代なのさ。どんだけ自分と時代の相性が悪かったって、そこで生きていくしかない。もう少し後の時代に生まれていれば…って嘆いても、神様はケチだから別の船便を用意しちゃくれない。時代から理不尽な扱いを受けることは多々あるのさ。残念ながらな。」


 アリスはそう言った後、ソファから立ち上がり、コリンの前に立った。


「だが、今この時代に生きているからこそ、受けられる恩恵もあるはずさ。ベネット夫人が今の旦那さんに出会えたのも、この時代だからさ。」


 彼女は中腰になり、コリンと目の高さを合わせ、優しく笑いかける。


「私達だってそうさ。私達が一緒にいられるのも、この時代に生まれたから、かもしれねぇ。もし、100年後の未来に生まれていたら、別の場所で、他の奴らと、もっと違うことをしていたかも。…こんな変な街で探偵事務所なんか開かずにな。」


 アリスはわざとらしく溜息を吐きながらコリンの肩に手を回した。


「…アリスはいつの時代でも変な事件を追ってそうだけどね。」


 コリンは彼女の方を見て、嬉しそうに返す。


「そうか?なら、お前は道連れだ、コリン。どこにいたって探し出して、変な事件の調査に無理矢理同行させてやる。」


 彼の言葉にアリスはニヤリと笑いながら答えた。


「まぁ、100年後に探偵の需要があるかどうかが怪しいがな。そん時にはもう、探偵をやろうなんて考えが古臭い、時代錯誤な考えになってるかもしれねぇ。…ん?」


 アリスは自分の発言に何か引っ掛かりのようなものを覚えた。


「…あっ!」


 次の瞬間、アリスは部屋の本棚の横に積んである新聞の所へと駆けだした。


 彼女は積まれてある新聞の中から数日前のものを取り出し、一番最後のページを表にして机の上に広げた。


 新聞の一番最後にはクロスワードパズルが載っている。


「わかったぞ、この問題の答えが!『1世紀前の考え、11文字』。これの答えは『時代錯誤(Anachronism)』だ!」


 アリスが該当するマス目を指差す。確かに、その単語は綺麗に当てはまる。


「…全く、締まらねぇ。後味の悪い答えだぜ。この事件への当てつけか?今度、レイラにクレーム入れねぇと。」


 アリスは顔を顰めながらそう言った。しかし、問題を解けた喜びの方が勝ったのか、すぐさま明るい顔になった。


「だが、これでモヤモヤが1つ解消したな。」


 アリスがコリンに同意を求める。しかし、コリンは何やら困った様子であった。


「うん。あのさ、アリス…」


 コリンは言いづらそうにしながら告げた。


「そのクロスワードの答え、次の日の新聞に載ってたよ?」


 コリンの言葉を聞いたアリスはジトっとした目で彼を睨んだ。

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