悪魔召喚倶楽部
13,悪魔召喚倶楽部 ー序曲ー
フォギーフロッグには共通の趣味を持つ人間達の集まり、『倶楽部』が多く存在している。
その種類は、社交、政治、スポーツ、文芸など多岐にわたるが、ほとんどはまともな集まりである。
しかし、中には怪しげな倶楽部も存在する。
「また来てるよ…。」
ある日の朝。オードリー・ハスラーは自宅の玄関扉の内側で、鬱陶しそうにそう呟いた。
「どうしたんですか?ハスラー夫人。」
外に出ようと玄関までやって来たアリスが、首を傾げながら彼女に問う。
ハスラー夫人はアリスの方を振り返ってうんざりとした様子で答えた。
「玄関先にいる不気味な女だよ。」
「不気味な女?」
「ああ。ここ最近頻繁に来るようになってね。自らが会長をやってる悪魔召喚倶楽部?だかなんだかにうちの夫を勧誘しようとしてるのさ。鬱陶しいったらありゃしない。」
そう言ってハスラー夫人は玄関扉を横目で睨む。
「悪魔召喚倶楽部?…ああ、胡散臭い倶楽部が勧誘に来てるわけですね。断って追い返せばいいじゃないですか?」
アリスは何故そうしないのか?と訝しげな表情を浮かべる。すると、ハスラー夫人は頭の後ろを掻きながら困り顔でそれに答えた。
「前に断ったはずが、懲りずにまた来たんだ。だから困ってんだよ。」
ハスラー夫人はアリスの方に向き直った。
「あんたからも言ってくれないかい?アリス。」
「えー…。なんで、私が?」
「安くで住む場所提供してやってんだから、それくらいやっておくれよ。」
そう言われると返す言葉が見つからなくなる。アリスは渋々ハスラー夫人の頼みを受け入れることにした。
ドアノブに手をかけ、扉を内側に引く。
扉が開くとその先には、背の高い1人の女性が立っていた。
クセがついている髪の毛は、女性にしては短めに整えられており、驚くことにそれは緑色であった。顔立ちは美しいが、顔色は青白いように見受けられ少し病的である。そして、黒色の長いドレスで身を包んでおり、手には数枚の紙を持っていた。
彼女はとても不気味な、悪魔のような雰囲気を纏っていた。
「どうも~。私、『悪魔召喚倶楽部』の会長をしております、マチルダ・ハウンズフィールドという者です~。」
マチルダ・ハウンズフィールドと名乗ったその女性は、満面の笑みを浮かべながら穏やかな口調で言った。
「本日はミスター・ハスラーとお話がしたく参りました~。彼は御在宅でしょうか?」
「…。」
アリスは開けた扉にもたれかかりながら、この問いかけに気怠そうに答えた。
「…生憎だが、ミスター・ハスラーはいねぇよ。今朝、宇宙人を倒しに行くっつって、大砲で火星までぶっ飛んでった。たぶん、1年は帰って来ねぇ。」
アリスはあからさまな嘘を吐き、得意げにマチルダのことを見やる。これは「まともに取り合う気はねぇよ」という彼女からのメッセージであった。しかし、マチルダはそれに一切臆することなく、笑みを崩さないまま言葉を返す。
「ああ、そうでしたか。彼も大変ですね~。では、宜しければ私が訪ねて来たことを彼にお伝えしてはいただけませんか…アリス・レッドメインさん?」
マチルダは手に持っていた紙を1枚アリスに差し出す。どうやらその紙は、悪魔召喚倶楽部の概要が書かれたものらしかった。
「…何で、私の名前知ってんだよ。」
初対面の相手が自分の名前を知っていたことに不信感を覚えたアリスは、彼女のことを睨みながらそう問いかける。
「訪問先にお住まいになられている方のお名前くらいは把握してますよ。あなたも悪魔召喚倶楽部に入りませんか?ミス・レッドメイン。」
マチルダはどうですか?と首を少し傾げる。
だが、アリスはその誘いを鼻で笑い飛ばした。
「ハッ!六芒星を地面に書いて、アブラカタブラ言えってか?嫌だね。周りの奴等に気が狂ったと思われるだろ?」
アリスは差し出された紙を押し戻しながら続ける。
「まぁ、別にお前らのことを否定はしねぇよ。ペイモンでも、アモンでも、呼びたい奴を勝手に呼べばいいさ。但し、だ。それは黒いローブを纏ったお仲間とだけでやれ。私達はその倶楽部に入る気もねぇし、興味もねぇ。だから、もうここに訪ねてくんのはやめろ。わかったらさっさとお家に帰って、グリモワール片手にネクロマンシーにでも勤しみな。」
アリスは一通りの言葉を言い終えると、手を払う動作をしてマチルダを帰そうとした。
しかし、マチルダは一切帰ろうとする素振りを見せない。
彼女は驚いたような表情を浮かべ、アリスの顔をじっと見据えながら、その場から一歩も動かずに黙りこくっていた。
アリスはそんな彼女が不気味で仕方なかった。
やがて彼女は再び笑顔を浮かべ、アリスに尋ねる。
「…お詳しいのですね!過去に召喚魔術を学ばれたご経験が?」
「あるわけねぇーだろ!ガキの頃に図書館に置いてあった悪魔召喚の本を、興味本位で見たことがあるだけだ。」
「子供の頃に見た本の内容を今でも覚えてらっしゃるということですか?凄いですね!素質ありですよ、アリスさん。」
マチルダは心底嬉しそうにアリスに微笑みかける。
その輝かしい笑顔にアリスの心は一瞬、揺れ動かされそうになってしまった。しかし、アリスはすぐさま彼女がカルト集団の長であることを思い出し、それが彼女の勧誘の手口であることを察した。
「そうやって相手を上手いこと乗せるのが常套手段なのか知らねぇが、私には効かないね。とにかく、もうここには来るんじゃねーぞ?」
アリスはそう言って今度こそ扉を閉めようとする。
「そうですか。残念です。しかし、私達はいつでもあなた方のことを歓迎致しますよ。」
マチルダは笑顔で彼女に別れの言葉を告げる。
「それでは良い一日を、アリスさん。」
アリスはそれに返事をすることなく、玄関の扉を閉めた。
扉が閉まる最後の瞬間まで、その隙間からは彼女の不気味な笑顔が覗いていた。
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