14,悪魔召喚倶楽部 ー本日の依頼人ー

 時は進んで昼下がり。場所はアリス達の部屋。


「はぁ~?なんだこりゃ?」


 ソファーの上で寝転がりながら新聞を読んでいたアリスが、突然呆れたように言った。


 それに対して、向かい側で本を読んでいたコリンが不思議そうな顔で彼女に問いかける。


「どうしたの、アリス?」


「コリン、これを読んでみろ。」


 アリスは上体を起こすと、机の上に新聞を置いてから、とある1つの記事を指差した。


「えっと…」


 コリンは彼女が指差した記事に目を向け、そして音読する。


「『レイモンド・ウォルター議員は、ロンドン議会で上流階級層及び中流階級層の交流の場としての社交倶楽部の重要性を説き、新たな予算案として、グレーターロンドンにおける五十名以上の会員を抱え、月の会員費が1ポンドを超える高級倶楽部に対して、補助金を支給するという案を提案した。』」


 コリンが新聞から目を離し、アリスに向かってキョトンとした顔で問う。


「…これがどうしたんだい?」


 すると、アリスは面倒くさそうに彼の疑問に答えた。


「どうしたもこうしたもねぇよ。なんで酒飲んでくっちゃべってるだけの奴等に私らの血税を使われなきゃならねぇんだよ。どう考えてもおかしいだろ?」


 アリスはコリンにそう説明した後、再び新聞を手に取りソファーの上に寝そべる。記事の続きを目で追う彼女に、今度はコリンの隣に座っていたジョンが質問をぶつける。


「で、その案は通ったのか?」


 彼の質問にアリスが新聞に目を向けたまま答える。


「通るわけねぇーだろ?ほぼほぼ賛同する奴はいなかったってよ。」


「なら、まぁよかったんじゃないか?」


「よかった?こんなのは通らねーのが当たり前だろ?私が言いたいのは通る通らないの話じゃない。こんな案が出る時点でおかしいってことだ。」


 アリスは横目でジョンのことを見ながら、少々怒ったような口調で言った。


「全く、この記事といい、朝の悪魔女といい、倶楽部絡みの変な話が多いなぁ。」


 彼女が言葉を言い終えるのと同時に、1階の玄関扉が開かれる音が聞こえてきた。


「ん?誰か来たのかな?」


 コリンが耳に手を当てながら2人に問いかける。


「さぁな。カルト集団の女リーダーが、召喚した悪魔でも自慢しに来たんじゃねぇか?その悪魔のジビエ肉でも土産に持ってよ。」


「…アリス、それ何の話だい?」


「今朝見た夢の話さ。…まぁ、真面目な話をすると階段を上ってくる音が聞こえてきたら、うちらの客だな。お前ら、一応準備しとけよ。」


 やがて、玄関の扉が閉まる音がして、その少し後に階段を上る足音が聞こえてきた。


 そして、その足音の主は、アリス達の部屋の前で止まり、扉を軽くノックした。


 扉をコンコンとノックする音が聞こえると、アリスはそれに対して「どうぞ」と返事をしながら、そちら側へと駆け寄っていく。


 扉が開くと、そこには1人の女性が立っていた。


 その女性は、赤色の派手なドレスを着て、首元には毛皮の襟巻を巻き、頭にはドレスと同じ色のつば広帽を被っていた。イヤリングに首飾り、左手の薬指には指輪と、装飾品も目立つ。全体的にお金の掛かっていそうなファッションであった。


「どうも。探偵のアリス・レッドメインです。」


 アリスは自身の名を名乗りながら、笑顔でその女性に手を差し出す。すると、その女性もアリスの手を握り名乗った。


「ラミー・コールソンです。あの…ここならどんな相談でも聞いていただけると伺ったのですが…。」


 彼女は少し心配そうな顔をしながらアリスに問いかけた。


「『どんな相談でも』ってわけではないんですが…ええ、まぁ大抵の相談はお受けいたしますよ。法に触れるものとか、倫理観を無視するものとかじゃなければね。露出狂の男だって捕まえます。」


 アリスは得意げにそう言いながら、ラミーを部屋の中へと招き入れる。


「とりあえず中でお話を伺いますので、あちらの椅子におかけください。ジョン、何か飲み物を淹れてくれ。」


「オーケーだ。…テキーラで宜しいですかな、コールソンさん?」


 ジョンが唐突にボケを挟む。


「いいわけねぇだろ?蹴り飛ばされてぇか?」


 アリスは少しイライラした様子で言った。


 ラミー・コールソンは困惑した様子で2人のやり取りを見ていた。






 アリスは、ラミーを相談者用のソファに座らせ、自身はその向かい側に腰かけた。


「では、ご相談の内容を聞かせていただけますか?」


 彼女はペンを手に取りながら足を組む。


「はい…。私には結婚して3年程経つ夫がいるのですが…」


「そのようですね。」


 アリスはラミーの左手の薬指にある指輪を見ながら言った。その指輪は、彼女の身なりの派手さには合わない質朴なものに、アリスの目には映った。


「その夫が最近、怪しい俱楽部に通い詰めるようになりまして…。」


「怪しい倶楽部?」


「ええ…。悪魔召喚倶楽部という倶楽部です。」


 アリスはその言葉を聞いた瞬間、呆れた表情を浮かべた。


「あー、知ってますよ。緑髪の長身の女がリーダーのカルト集団ですよね?」


「ご存じなんですか!?」


「ええ。うちにも勧誘に来ましたよ、今朝。」


「だったら話は早いです!うちの夫をその倶楽部から連れ戻していただけませんか?探偵さん!うちの夫はそこに通い始めてから変わり果ててしまいました!」


 ラミーは前のめりになり、興奮した様子でアリスに言う。


 アリスはラミーに若干気圧されながらもその問いに答える。


「ま、まぁ落ち着いてください、コールソン夫人。とりあえず、旦那さんがいつ頃からその倶楽部に通うようになったのか。それから、通い始めてからどう変化したのかを教えていただけますか?」


「す、すいません。」


 ラミーは平静を乱したことを謝罪し、事の経緯を話し始めた。


「夫の行動が怪しいと思い始めたのは、2か月くらい前です。その頃から夫は夜に外出することが多くなりました。それまでの彼はあまり外出をする人ではありませんでした。そんな夫が夜出かけることが多くなったので、私は怪しく思いました。どこに行っているのかと彼を問いただしても、明確な答えは得られませんでした。そこで私は彼の後をつけてみることにしました。最初は不倫を疑っていました。恐らく、どこかで他の女と密会するのだろうと。しかし、私の予想は大いに外れていました。彼はヘンドリック会館という建物に入っていきました。後で調べてみると、そこは悪魔召喚倶楽部の集いの場でした。」


「なるほど。その倶楽部に通っていることについて、旦那さんに言及されましたか?」


「はい。彼が帰ってきた後に問い詰めました。なぜ、私に黙って倶楽部に通い始めたのか?あの集まりは何なのか?説明して欲しい、と。しかし、夫は私の質問に答えようとしてくれませんでした…。」


 ラミー夫人は少し俯き、暗い口調で話を続ける。


「それから夫の部屋には、悪魔召喚の為の道具が増えていきました。怪しげな本だとか、動物の骨と思われるようなものもありました。そして、夫は自室で悪魔召喚の儀式を行うようになりました。気味が悪くなった私は、夫に対して『頼むから悪魔召喚倶楽部に通うのをやめてくれないか』とお願いしました。でも、夫は君には関係のないことだと言って取り合ってくれませんでした。」


 彼女は悲しそうにしながら尚も続ける。


「そして、私の我慢が限界に達する出来事が起こりました。先週の日曜日のことです。私は用事があり、外出しなければなりませんでした。だから、彼に今日一日家のことをやっておいてくれないかと頼みました。私が出かけ、夜になり、家に帰ってくると…夫はいませんでした。悪魔召喚倶楽部に出かけていたのです。そして、私が頼んだ家事は何一つ手がつけられていませんでした。その倶楽部に通うことで私生活にも、仕事にも支障を来すようになり、限界を感じた私は探偵さんの元を訪れました。」


 ラミー夫人は一通り話し終えると、机の上に置いてあるティーカップを持ち、まだそれなりに熱を保っている紅茶を少し飲んだ。


 アリスは手元の紙にササッとメモを書き残した後、それを手に取り眺めながら話し出す。


「なるほど。大体状況は分かりました。」


「あの…探偵さん?依頼は受けてくださるのでしょうか?」


 ラミー夫人が心配そうに問う。それに対して、アリスは二つ返事で了承した。


「もちろんです。私達に部屋を貸してくれている家主も、丁度その集団に困らされていたところでして。これも何かの縁です。私達が何とかしてみせましょう。」


 アリスは得意げにそう言った後、ラミー夫人に質問をぶつける。


「ラミー夫人、悪魔召喚倶楽部について、他に何か知っていることがあれば教えていただきたいのですが…。」


 質問されたラミー夫人は少し考えてから申し訳なさそうに答える。


「すいません。謎めいた倶楽部ですし、夫も何も話してくれないものですから、私の口からは何も…。でも、日曜の夜に必ず集会が行われていることはわかります。夫がいつも出かけていきますので…。」


 ラミー夫人の言葉を聞いたアリスは棚の上に置いてある木造りのカレンダーに目を向ける。そのカレンダーには今日の日付の上に土曜日と書かれていた。


「わかりました。では、こちらで色々と調べてみます。」


「よろしくお願いします、探偵さん。」

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