15,悪魔召喚倶楽部 ー情報収集ー

 ラミー・コールソンから依頼を受けたアリスは、悪魔召喚倶楽部の情報を集めるべく、ジーニアス邸へと訪れていた。


「悪魔召喚倶楽部。おおよそ1870年頃に創立された倶楽部よ。その名の通り、悪魔召喚の儀式などが主な活動内容とされているわ。」


 レイラ・ジーニアスはそう言った後、ティーカップの取っ手を右手の人差し指と親指で摘み、優雅に口元に運ぶ。


「1870年?そんな昔からある倶楽部なのか?」


 アリスは懐疑的な目でレイラを見ながら問いかける。


「ええ。同名の倶楽部は約60年前にも存在しいていた。まぁ、後に創設者が自らその倶楽部を畳んだことによって消滅したらしいけど。だから、今存在している悪魔召喚倶楽部は、昔あったものを復活させたか、それともそれを参考にして新しく創ったか、そのどちらかの可能性が高いんじゃないかしら?」


「ふーん。60年前から悪魔召喚が続けられてきたんなら、この街は悪魔だらけってことだな。それなのに、私の所に浮気調査を依頼しに来た悪魔は未だかつて一匹もいない。…これはどういうことなんだろうな?」


 アリスは流し目でニヤニヤとしながら頭の後ろに両手をやり、ガーデンチェアの背もたれにもたれ掛かった。


 そんな彼女に対して、レイラは呆れたような顔でさらりと答える。


「決まっているでしょう。悪魔なんて召喚できていないからよ。…それどころか、その倶楽部が悪魔召喚の儀式を行っているかすら怪しいわ。」


「…?どういうことだよ?」


「60年前にあったその倶楽部、表向きは悪魔を召喚したい人達の集まりだったんだけど、実はそれは上辺だけで、本当は上流階級層の社交の場としての側面が大きかったとも言われているのよ。」


「悪魔召喚倶楽部って銘打ってんのに悪魔召喚してないなら何やってたんだよ?集会で。」


「さぁね。まぁ、他愛ない世間話とか、ビンゴ大会とか…あとは、盛り合っていたなんて噂もあったらしいわ。」


 レイラは手に持っていたティーカップを再び口元に運んだ。レイラの話を聞いたアリスは若干テンションを上げ、少し身を乗り出しながら話し出す。


「盛り合ってたんなら悪魔召喚倶楽部の名に合ってるな!そいつら自身がご近所さんにとっては悪魔みたいなもんだしよ!」


「あまりそんなこと言うもんじゃないわ。人は皆、心の中に悪魔が潜んでいるものよ。」


「まぁ、でも残念ながら今の奴らは悪魔召喚の儀式をちゃんとやってると思うぞ?依頼人の旦那が儀式に使いそうな怪しい道具を集めてたらしいし。あと、盛り合ってもいないだろうな。もし、そんな後ろめたいことやってるんなら、街で勧誘したりせず、秘密裡に動くはずだ。それに勧誘する人間をもっと厳選するだろう。絶対、私なんかを誘うはずない。」


「どうかしらね。同じタイプの人間に見えたのかもしれないわよ?あなた、不真面目そうだし。」


「はぁ?お前、ティーカップで頭叩き割るぞ?」


「まぁまぁ、心の中の悪魔を諫めなさい。ところで、今回の依頼はどんなものなの?まだ、ちゃんと聞いていなかったわね。」


 レイラはアリスの目を見て、すました顔で質問した。アリスはその問いかけに面倒くさそうにしながら答える。


「依頼人の旦那が悪魔召喚倶楽部に通い始めてから変になったんで、それを止めさせてくれってよ。たぶん、緑髪の長身女とその仲間達に洗脳されちまったんだろうな。日常生活に支障をきたすレベルで悪魔召喚にのめり込んでるらしい。」


「緑髪の長身…マチルダ・ハウンズフィールドのことね。」


 レイラは軽く顎に手を当てながら、確認するかのようにアリスに話す。


「なんだ?有名人なのか、あのブロッコリー野郎は?」


「いいえ。でもこの前、社交界で見かけたわ。ミス・ハウンズフィールドには上流階級層のお友達が多いみたいね。資産家や政治家と仲良くお喋りしていたわ。」


「大層面白い話をしていたんだろうなぁ。『友達にこんな有名人がいる』とか、『今月はこんな高い買い物をした』とか。」


「さぁ、どうだか。でも、感じが悪い人ではなかったわよ。遠目で見た限りはね。」


「ふん。…マチルダ・ハウンズフィールドについて他にどんなことを知ってる?」


「彼女について知っていることはもうないわ。別に知り合いというわけでもないし。」


「じゃあ、悪魔召喚倶楽部についてもっと教えてくれ。」


「それもないわ。さっき話したことで全部よ。」


 レイラが突き放すようにアリスにそう言うと、アリスは両手のひらを上に向け肩をすくめながら呆れた口調で返す。


「おいおい、お前それでも情報屋か?これなら、クッキー貪りながら噂話に花咲かせてる貴婦人達の方がまだ情報持ってるぞ。」


「しょうがないでしょ?情報に偏りくらいあるわ。」


「じゃあ、悪魔召喚倶楽部について調べてくれよ。集会で何してるかとか、会員は誰がいるとか。」


「…報酬は?」


「私がコールソン夫人の依頼を達成できたら払ってやるよ。値段はその情報がどれくらい役立ったかで決める。」


「はぁ…まぁ、滅茶苦茶不本意だけど、やってあげるわ。…エロイーズ。」


 レイラは左手を上げて、屋敷の方に視線をやりながら執事の名前を呼んだ。すると、屋敷の大広間で掃除をしていた黒人の少女、エロイーズがそれに反応した。


 彼女は開け放たれた大きなテラス窓からアリス達がいる庭に出て、そそくさと2人の元へと向かって歩いてきた。


「はい、レイラ様。」


「悪魔召喚倶楽部について調べてきてくれる?マチルダ・ハウンズフィールドという女性が会長をやってる倶楽部よ。」


「マチルダ…というと、この前社交界にいらっしゃったあの緑髪の女性ですか?」


「ええ、そうよ。」


「かしこまりました。今すぐ調べに向かった方が良いですか?」


「そうね、今すぐでお願い。屋敷の掃除は私がやっておくわ。」


「えっ?い、いや…それは帰ってから私がやりますよ、レイラ様!」


 エロイーズがレイラの発言に戸惑う。偶に、エロイーズに急用が入ると、レイラは彼女に代わり自ら家事を行う。


 エロイーズは君主に自分の仕事をさせることを申し訳なく感じていた。


「いいじゃねぇか、ちびっ子執事。こいつにやらせとけよ。どうせ、家事の手伝いくらいしかやることない暇人なんだから。」


 レイラとエロイーズの会話にアリスが割って入る。エロイーズはムッとした表情でアリスに反論した。


「レイラ様は暇人ではございません。アリス様とは違い、お忙しいのです。」


「はぁ?誰が暇人だって?私は今日の午前中ずっと忙しかったんだぞ?カルト集団の勧誘を追い払って…ハスラー夫人の家事を手伝って…新聞に一通り目を通して…」


「めちゃくちゃ暇そうじゃないですか…。」


「あんたも家事の手伝いしてるじゃない。」


 エロイーズとレイラから空かさずツッコミが入る。


「うっせーな!早く調べに行けよ、ちびっ子執事。依頼人の旦那の洗脳が解けるかどうかは、全てお前の手にかかってるんだぞ?」


「いや、洗脳解くのはあんたの仕事でしょうが。」


 レイラは呆れた表情でアリスに言った。


「それで?どうやって、ミスター・コールソンの倶楽部通いを止めさせるの?」


「情報が全然ない、得体のしれない倶楽部の洗脳なんて解けるわけないだろ?まだ、日曜の夜に集会を開くってことしかわかってねぇんだぞ?」


「日曜に集会?あら、結構核心的な情報を持ってるじゃない、あなた。」


 レイラは手に持っていたティーカップを机の上に置くと、アリスの目を見て言った。


「実際にそこへ飛び込んでみたら、実態が掴めるんじゃない?」


「…ああ!確かにな!じゃあ、ちびっ子執事に潜入してもらって…」


「何を言っているの?私達がするのは下調べまで。実際に潜入するのはあなたの仕事でしょ?」


「えっ…?」


 アリスはキョトンとした顔でレイラと視線を合わせる。しばらくの間、2人共無言の状態が続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る