11,露出狂とセレナーデ ー真相ー

「えっ…?被害に遭っていないって、どういうこと…?」


 コリンが困惑した様子でそう言って、ベネット夫人とアリスを交互に見る。


 ベネット夫人は目を瞑り、アリスに弱弱しい声で問いかける。


「…気づいていたんですか?」


 その問いかけにアリスは答える。


「いえ…。気づいていたわけではありません。しかし、変だなと思うところはいくつかありました。」


 アリスはゴードンの家の前にいる警察官に視線をやる。


「あなたは昨日、露出狂の被害に遭った後、警察に相談したと言っていました。しかし、先程知り合いの警察官に話を聞いたところ、そんな事実はなかったそうです。」


 更にアリスは続ける。


「そして、あなたが教えてくれた露出狂の身体的特徴が、逮捕された犯人のものと一致していなかった。あなたは『露出狂はシルクハットから髪の毛がはみ出ていた』と仰っていましたが、捕まった犯人は帽子からはみ出る髪がないくらい薄毛だったそうです。更に、ジョンが『陰茎が大きかったか?』と質問した際、あなたはそれを肯定していました。ですが、4人目の被害者によると、彼の陰茎は小さかったそうです。…まぁ、実際に私が見たわけではないので絶対とは言い切れませんが、露出狂の男性は友人に陰茎の小ささを馬鹿にされて凄く怒ったそうなので、たぶん本当なのでしょう。」


 説明を終えると、アリスはベネット夫人の方へと顔を向けた。


「それらのことから、あなたは露出狂と遭遇していないのではないか、ひいては露出狂の被害になど遭っていないのではないか、という疑いを持ちました。」


 アリスはベネット夫人の反応を伺う。


 彼女は相変わらず黙ったままであった。


 そんなベネット夫人を見て、アリスは少し残念そうな表情を浮かべた。


「それで…あなたが何故、露出狂の被害に遭ったと嘘を吐いたか、なんですが…。」


 アリスは言いづらそうにしながら言葉を続ける。


「ベネット夫人が部屋に入ってきた時、コリンが匂いに違和感を覚えたそうです。2種類の香水の匂いがするって。香水は近くに寄ったり密着したりすると移ります。それと、私があなたに近づいた時、あなたは恥じらうような態度を見せました。女である私に対して、まるで異性を相手にしているかのような反応でした。更に、あなたは夜中に外出をした理由を、借りた本を友人に返す為だと説明していましたが、夜11時に女性が出歩く理由としては少し弱いかなと感じました。もしかしたらこれも嘘なのではないかと…。これらの点から私は1つの物語を組み立てました。」


 アリスはベネット夫人に同情するかのように言った。


「これは、あくまで私の妄想なのですが…あなたは同性愛者で、友人の女性と密会していたのではないかと。そして、その友人と抱きしめ合っているところを誰かに見られてしまった。あなたはそれを誤魔化す為、咄嗟に嘘を吐いた。『彼女は、露出狂の被害に遭った私を介抱してくれていただけだ。』という、街の噂を利用した信憑性の高い嘘を。」


 ベネット夫人は肯定も否定もせずに俯いていた。

 

 アリスは両手の手のひらを上に向け、首を横に振る。


「我ながら突拍子もない妄想だとは思っています。でも、全くない話ではないとも、一応思っています。…もしよければ、真実を私達に打ち明けてはいただけませんか?ベネット夫人。」


 アリスは真っ直ぐとベネット夫人のことを見据え、問いかけた。


「…。」


 ベネット夫人はアリスと目を合わせる。彼女は軽く息を吸い込み、覚悟を決めた。


「大体、あなたの言った通りですよ、探偵さん。私は友人と恋仲でした。お互いに夫がいるので、一昨日の夜は不倫をしていたことになります。その日は偶々、お互いの夫が出張していて家に帰らない日でした。私は彼女の家へと泊まる約束をし、夜になると家を訪ねました。私と友人はリビングのソファで寛いでいました。その時は、夫婦のように身体を寄せ合っていました。しかし、疲れのせいか、私も彼女もそのままウトウトと眠りに落ちてしまいました。すると、そこへ…帰ってこないはずの彼女の夫が帰ってきました。仕事が早くに片付き泊まる必要がなくなったかららしいです。彼は身を寄せ合っている私達を見るなり、どういうことかと問いただしてきました。実は、私達は以前にも親しくしているところを彼女の夫に見られたことがあります。その時は、私達にとっては軽めのスキンシップのつもりでしたが、彼女の夫から見れば充分に怪しい行動だったみたいで、同性愛を疑われました。なんとか、『体調が悪い私をケアしていた。』と友人が誤魔化してくれたので、紛らわしいことはするなと彼女の夫から注意を受けただけで済みました。しかし、今回は2回目なので、簡単な嘘では誤魔化せそうにありませんでした。そこで彼女は、噂になっていた露出狂を利用し、嘘の信憑性を高めようとしました。でも、彼女の夫はあまり信じてはいない様子でした。ですから、少しでもその信憑性を高めようと、私は警察や探偵さんに相談を持ち掛けようと試みました。結局、警察に嘘を吐く勇気がなくて、探偵さんにだけ相談を持ち掛けることになりました…。必要とあらば、探偵さんを彼女の夫の元へ連れて行って、依頼を正式に受けたことを説明してもらうつもりでした。そうすれば、私が露出狂の被害者で、犯人を本気で捕まえて欲しいと願っていると証明できると思って。」


 ベネット夫人はアリスに頭を下げて言った。


「探偵さんの想いを愚弄してしまったと思っています。…本当に申し訳ありませんでした。」


 それに対して、アリスは再び壁にもたれ掛かって気怠そうに言った。


「あなたには同情します、ベネット夫人。ですが、あなたの嘘によって犯人の刑罰が少し重くなる可能性があります。確かに彼は犯罪者ですが、身に覚えのない罪を着せられるいわれはないでしょう。それと、これは私情を交えた話になるのですが…」


 アリスが少し険しい表情で、ベネット夫人に言う。


 アリスの目はベネット夫人の方を向いてはおらず、ただ目の前の空間を真っ直ぐと見据えていた。


「私は不倫に関して良い思い出がありません。だから、例え女性同士であっても、それは見過ごせません。もし、ご友人のことを本気で思っていらっしゃるのなら…。」


 ベネット夫人はアリスの言葉を遮るように話し出す。


「彼女とは学生時代からの知り合いでした。そして、お互いに好意を持っていることもなんとなくわかっていました。でも、恋仲になることなどあり得ませんでした。女性の同性愛は男性のように重い罰則があるわけではありませんが、風当たりは強いですから。なので、彼女への好意を忘れることにしました。ですが、私が夫と結婚して、この街に引っ越してきた時、彼女と再会しました。彼女も結婚して、この街で暮らしていました。私達は忘れていた互いへの好意を思い出しました。思い出した好意を再び忘れることはできませんでした…。昨日の朝も、不安で怯える私を優しく抱きしめて、勇気づけてくれました。彼女は…とても優しい女性です…。」


 ベネット夫人はアリス達に背を向けた。


 そして、少し間を置いてから後ろを振り返りながら言った。


「でも…彼女との関係はこれまでにします。夫には本当に申し訳ないことをしました。彼も優しくていい人なのです。だから…愛しています。本当のことを話しても彼が私のことを受け入れてくれるというのなら、そんなに嬉しいことはないでしょう。…探偵さん、改めてありがとうございました。報酬は後程、お支払いいたします。」


「…受け取れません。私は今回、探偵として何もしていないので。」


 アリスが言う。しかし、ベネット夫人は静かに首を横に振った。


「探偵さんは私の悩みを解決してくれました。私は、探偵について深くは知りません。ですが、あなたみたいに人の悩みを解きほぐすのが探偵の役割の一つなら、とても素敵な職だなと私は思いました。」


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