フォギーフロッグの怪事件 ~1930年のイギリスにおいて、露出狂、糞便、悪魔、宇宙船などは、街の人々へどのような影響を及ぼしたのか?その疑問に答えてくれる、とある女探偵の怪事件簿~
9,露出狂とセレナーデ ー血の気の多い被害者ー
9,露出狂とセレナーデ ー血の気の多い被害者ー
「ジョン! よかった、無事に来れて! 」
コリンが笑顔でジョンに言う。それに対してジョンは笑いながら答える。
「大袈裟だろ、コリン。俺を5才児か何かと勘違いしてるのか? 」
「そうじゃないけど、場所がわかるか不安だったんだ。ねぇ、アリス」
コリンはアリスへと視線をやり、彼女に同意を求める。
「……」
しかし、アリスは彼の問いかけに反応せず、オーランドの方をじっと見ていた。
それにつられて、コリンとジョンがオーランドの方へと視線をやる。
「……ん? 」
ジョンとオーランドの目が合った。
「どうも、ラドクリフ警部補。ご機嫌いかがですかな? 」
ジョンが片手を上げてフランクに挨拶をする。すると、挨拶をされただけにも関わらず、オーランドはしどろもどろし出した。
「ど、どうも、ジョンさん……! 私は元気です…! 」
オーランドはそう答えながら、ジョンから視線を逸らす。
ジョンはそんな彼を見て不思議そうにしていた。
乙女のような恥じらいをみせるオーランド。そんな彼を見兼ねたのか、アリスが彼のフォローにまわる。
「ジョン。ラドクリフ警部補はここ最近働き詰めで、心身共に疲れ切っているんだ」
「そうだったんですか? 大変ですね」
アリスの言葉を聞いたジョンがオーランドを労う。
「は、はい……! ありがとうございます……! 」
ジョンに労りの言葉を掛けられた彼はとても嬉しそうであった。
「……警部補よ。ちょっと話がある」
面倒臭そうにそう言った後、アリスは彼の下へと歩み寄った。
そして、彼の肩に手を回し、腰を屈めるように促してからひそひそ声で話し出した。
「……なぁ、なんであいつのこと好きなんだよ? 」
アリスが訝しげな顔で問いかける。
すると、アリスの質問があまりにも直球だったためか、オーランドは心底驚いたような表情を浮かべた。
「は、はぁ……!? す、好きではない……! 私は男だぞ!? 男が男を好きになるなんて変だろう……! ……それに、女性はともかく、男性の同性愛は犯罪だ。見つかれば重い罰則が科せられる……! 」
オーランドはそう答えた。しかし、これはアリスの質問の意図とは少しずれた解答のようであった。
アリスはうんざりとした様子で返す。
「ああ、早く合法化すればいいな。……違う、私が聞きたいのはそういうことじゃない。なんで、あの加齢臭がする30後半のおっさんを好きになったのかってことだ。」
アリスは親指で自らの後方を指差す。その先にはもちろんジョンがいる。
アリスが改めて質問をすると、オーランドは先程より落ち着いた様子でそれに答えた。
「べ、別に好きというわけではないが……ジョンさんは最高だろう。聡明で、勇敢で、落ち着きがある。それにユーモアのセンスも。彼ほど立派な人はなかなかいない」
そう言ってオーランドはジョンの方を見やった。ジョンを見る彼の瞳はキラキラと輝いていた。
それにつられて、アリスもジョンを横目で見る。
「……そうか? 」
アリスの目に映ったのは、いつも通りのだらしないおっさんの姿であった。
「まぁ、別にお前があいつのことをどう思っていようが私は構わねぇ。だが、それを表に出すのはやめろ。面倒なことになりかねないから」
「……自分では普通に接しているつもりだが? 」
「だとしたら、お前は自分を客観視する能力が絶望的に欠けてる。……いいか、人前ではあいつのことを意識するな。わかったか? 」
アリスはそう言った後、オーランドの肩から手を離し、ジョンとコリンの方に向き直った。
「よし、お前ら。事情聴取の内容を聞きに行くぞ」
「それは構わんが……。一体何の話をしていたんだ? 」
ジョンがアリスに問いかける。
アリスは大きな溜息を吐いてからそれに答えた。
「お前は聡明なんだろ? それくらい察しろ」
アリス達は被害女性に事情聴取をしていた警察官の下へと歩いていった。
その警察官は、上司であるオーランド警部補の接近に気がつくと、すぐさま彼に向き直り敬礼をした。
「ラドクリフ警部補。お疲れ様です。被害女性への聴取、終わりました」
「ああ。ご苦労だった、ラー巡査部長。悪いんだが、彼女達にもその内容を教えてやってくれないか? 」
「はい。了解しました」
その男性警官、レイク・ラー巡査部長はアリス達の方をチラリと見た後、聴取した内容について話し出した。
「事件が起こったのは昨日の夜11時頃。この近辺に住んでいるベール・ノートンという女性が外出したところ、この場所で露出狂と遭遇したそうです。露出狂は彼女の前に姿を現すなり、コートを広げて裸体を見せつけました」
「なるほど。私らが知ってる三件とほぼ同じだ。ここまでは」
アリスがそう呟く。すると、ラー巡査部長はそれに軽く頷いてから続ける。
「すると、被害者は犯人に対して非常に憤りを覚えたらしく、その露出狂を捕まえようと試みたそうです。」
「……勇敢だな」
ジョンがぼそっと呟く。
「被害者は『てめぇ! お粗末なもん見せやがってぇ! ふざけんじゃねぇ!! 』と叫びながら露出狂に殴りかかりました」
「凄い血の気の多さだ」
「怒りのベクトルはそっちかよ」
ジョンとアリスがツッコミを入れるが、ラー巡査部長は構わずに続ける。
「その際に、露出狂と取っ組み合いになり、最終的には露出狂が被害者を突き飛ばし逃亡。現在も行方は分かっていません」
ラー巡査部長は尚も続ける。
「しかし、取っ組み合いになった際に、犯人の帽子が脱げ、帽子にすっぽりと収まっていた薄い髪が露わになり、更に彼のものと思われる茶色い髪の毛が被害者の衣服に付着していたそうです。これが、その髪の毛です」
ラー巡査部長は透明なビニール袋を取り出しアリス達に見せる。
その袋の中には、少しだけ黒味がかった茶色い髪の毛が入っていた。
「更に、被害者の証言によると、その他の露出狂の身体的特徴として、5フィート5インチ(約165cm)くらいの身長、小太り、白い肌、薄毛、ブルーの瞳、そして……小さな陰茎などが挙げられました」
「……最後のはいるのか? 」
オーランドが困った様子で問いかける。
「ええ、まぁ……。一応、被害者の証言なので……」
ラー巡査部長も言いづらそうに答える。
「……ん? ブルーの瞳に小さな陰茎……? 」
アリスは、ラー巡査部長の説明に引っ掛かりを覚えた。彼女は腕を組み、顎に手のひらを当てて、考え込む。
「被害者の証言から露出狂の犯人像をだいぶ絞り込める。それに、彼の髪の毛が証拠品になる。地道に捜査をしていけば犯人を特定できるだろう。だが、時間をかけると遠くに逃亡される可能性が高くなる。……アリス、君は今までの話を聞いてどう考える? 」
オーランドがアリスの方に視線をやる。すると、そこには難しい顔をして、何かを考え込んでいる彼女がいた。
すると、数秒後、アリスは心底驚いたような表情を浮かべ、大きな声を出した。
「……あっ!! 」
オーランドと他の三人がアリスの大きな声にビクッという反応をみせた。
「どうしたんだ!? 」
オーランドがアリスに問いかける。
すると、アリスは目を見開きながら、静かに告げた。
「犯人がわかっちまったかもしれねぇ。……めちゃくちゃ不本意だが」
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