フォギーフロッグの怪事件 ~1930年のイギリスにおいて、露出狂、糞便、悪魔、宇宙船などは、街の人々へどのような影響を及ぼしたのか?その疑問に答えてくれる、とある女探偵の怪事件簿~
8,露出狂とセレナーデ ースコットランドヤードー
8,露出狂とセレナーデ ースコットランドヤードー
「いやぁ〜、申し訳ありませんでした〜。こちらの勘違いで……」
アリスは頭の後ろを摩り、ニコニコと笑いながらハモンドに謝罪をする。
ハモンドはそれに対して不満そうな顔をしながら嫌味ったらしく返す。
「全く……! 人を露出狂と勘違いするなど、どういう神経をしておるのだ……! 」
それに対してジョンがヘラヘラとしながら言う。
「いやー、しかし遠くで見ている限り、ハモンドさんが露出しているようにしか見えなくてですね……。それに容姿なんかも露出狂っぽいなと……。HAHAHA……! 」
「なんだと……!? 」
それを聞いたハモンドが怒りをあらわにして、アリスとジョンに鋭い視線を向ける。
ハモンドに睨まれた二人は姿勢を正し、再び謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ございませんでしたー! 」
二人の謝罪を聞いたハモンドは着ているロングコートを正した後、隣にいる女性の手を引きながら言った。
「行こうか、イザベラ。取り敢えず、ここを離れよう」
そう言うとハモンドは歩き出し、女性もそれについて行こうとした。
「……ところで、そちらの女性とはどのような関係なのですか、ハモンドさん? 」
ハモンドの後ろからアリスの声が聞こえてきた。
「……私の秘書ですが? 」
ハモンドは振り返って答える。その額には少しだけ汗が滲んでいた。
「ふーん。あなた、コートの下に手のひらサイズの箱を隠してますよね? それ指輪かなんかですか?彼女へプレゼントする」
「……」
アリスの問いかけにハモンドは答えない。
「あと、私が探偵だと名乗った時『これは勘違いなんだ』と仰られていましたよね? 」
「……」
黙っているハモンドを無視して、アリスは言葉を続けた。
「いくら自分の秘書だからと言って、こんな夜中に二人で会っていたら勘違いされても仕方ないと思いますよ? 」
アリスの言葉を最後まで聞いた後、ハモンドは笑みを浮かべながらアリスの元へと歩いてきた。
「できれば、このことは黙ってていただけませんかな? 私も、探偵さんが私を露出狂と間違ったことは黙っておきますので……」
ハモンドはアリスの手を両手で握って明るい口調で言う。その顔からはダラダラと汗が流れていた。
「誤謬と不倫が同じ罪の重さですかね? 」
アリスは不満そうに問いかける。
「いやぁ……まぁ……」
「まぁ、これを機にやましいことはやめることですね、ハモンドさん。もし、次見つけたら、うっかり奥さんに漏らしてしまうかもしれません」
「そ、そうですね……。考えておきます……はは……」
ハモンドはそう言うと女性を連れてそそくさと逃げていった。
「ふん。私より全然タチ悪いじゃねぇか」
アリスがハモンドの背中を睨みながら言う。
「アリス、これからどうするの? 」
コリンが彼女を見上げて問いかける。
アリスは気怠そうにそれに答えた。
「とりあえず、マナフィとダイアナさん、ベネット夫人が露出狂の被害に遭った三つの場所で張り込んでみよう。もしかしたら、露出狂が現れるかもしれねぇから」
アリス達はその後も張り込みを続けた。
しかし、この夜に露出狂と遭遇することはなかった。
夜が明けた。
街を覆っていた漆黒の闇は、立ち昇る朝日に吹き飛ばされる。
昨日、露出狂の確保には至らなかったアリス達であったが、早朝にかかってきた電話のせいで再び街の南西部へと駆り出されることとなった。
今、アリスとコリンは、南西部のとある通りを歩いている。
「ねぇ、アリス。ジョンは一人で大丈夫かな? 」
コリンが隣で歩いているアリスに問いかける。
「大丈夫だろ、ガキじゃねぇんだし。それに、もしあいつが道に迷ったとしても、寝坊したあいつが悪い」
「ジョン、疲れてるのかな? 」
「おい、コリン。あいつを、活力に満ち溢れてるお前みたいな少年と一緒だと思うな。おっさんなんだよ、あいつは。カーペットに染み付いた汚れみたいに、疲労が簡単には取れない年頃なんだ」
ジョンは昨日歩き回ったせいで疲れたのか、アリスとコリンが起床した後もしばらく寝続けていた。
そんな彼が目を覚ましたのは、アリスのもとに電話がかかってきた直後のことであった。
アリスとコリンが外へ出かける支度が終わる頃、彼はまだ歯を磨いていた。
そんな彼を待つのが億劫だと考えたアリスは、目的地だけを知らせてそそくさと家を出た。
そのおかげか、目的地への到着は当初想定していた時刻よりも数分早くなった。
アリス達の目的地とは、街の南西部にあるロッキンロードという通りである。
昨日、ここでとある事件が発生したのだ。
「あっ! 見て、警察の人達がいるよ? 」
コリンが指をさした方向には、制服を着た警察官が数名立っていた。
「ああ。スコットランドヤードの牧羊犬達だ。ご苦労なこった」
その警察官達は、スコットランドヤードの警官であった。
どうやら彼らは、この近くに住んでいる女の人から話を聞いているようだった。
アリスは気怠そうに警察官達を眺めている。
すると、その視線に気がついたのか、一人の警察官がアリス達の下へと歩み寄ってきた。
「来たか、アリス、コリン。随分と早い到着だ。いつも通り、暇だったみたいだな」
その男性警官は、アリスとコリンを見ながらそう言った。
カーキ色の髪に、ブラウンの瞳。身長が高くて、細身ではあるが、がっちりとしている身体つき。整っていて、綺麗な顔立ち。その男性は、かっこいい大人の男性を体現したかのような容姿をしていた。
アリスはそんな彼をジトっとした目で睨みながら言う。
「暇じゃねぇよ。昨日からずっと働き詰めだ。お前らこそ、朝早くから働いて偉いじゃねぇか。昨日仕事がなかったからいっぱい寝れたのか、オーランド? 」
その男性警察官、オーランド・ラドクリフ警部補は少しイラっとした様子でアリスに言葉を返す。
「警察に仕事がないわけないだろう?まったく、口が減らないな、君は。君のお兄さんが上司でさえなければ、毎度こんな不毛な掛け合いをしなくても済むんだが」
「ああ、そうだな。だが、私の兄、リチャード・レッドメイン警視がお前らの上司であることは変えようのない事実さ。上司の妹をぞんざいに扱うわけにはいかんだろう、警部補君よ」
アリスは得意げな顔をしながら、オーランドの胸を人差し指でツンと突く。オーランドは不服そうな顔で返す。
「ああ、だから君に事件の詳細を話さざるを得ないわけだ」
オーランドはそう言って後ろを振り返る。
「昨日、黒のシルクハットと茶色いロングコートを身に着けた男が、あそこにいる女性を突き飛ばし怪我を負わせた。その男はコートの下に何も身につけていなかったらしい」
「ああ、大体リチャード兄さんからの電話で聞いた。露出狂だな。私らは今、依頼でそいつを追ってるんだ」
「そうだったのか? なら、君が持っている情報をこちらにも開示してくれないか? 」
オーランドがアリスに問うと、彼女は不服そうにしながらそれに答えた。
「昨日、ベネット夫人が相談に行った時は動かなかったくせに、今日はやけに前向きに捜査するじゃねぇか。どういった心境の変化だ? 」
すると、それを聞いたオーランドが不思議そうな顔で言う。
「うん? 露出狂の被害者が相談に来たという話は聞いていないぞ? 」
「えっ? 」
アリスがキョトンとした顔をする。そんな彼女を無視するかのようにオーランドは更に続ける。
「それに、今回の被害者は突き飛ばされて怪我を負っている。これは立派な傷害事件だ」
「なるほど、動く口実が出来たわけだな」
「嫌な言い方をするな。まぁ、その通りだが」
オーランドはそう言いながら再びアリス達の方へと向き直った。
オーランドから話を聞いたアリスは、気怠そうにコリンに言う。
「昨日の張り込みは無駄だったな。残念ながらここはノーマークだった。私ら三人の疲労が無駄に溜まっただけだ」
それを聞いたコリンは苦笑いを浮かべて答える。
「まぁ、結果的にはそうかもね……」
すると、ここでオーランドが二人の会話に割って入ってきた。
「ところで……今日は君達二人だけか?」
なぜか、オーランドは先程のきっちりとした態度ではなく、もじもじと少し恥ずかしそうにしながら聞いてきた。
コリンがその質問に答える。
「ううん。もう少ししたらジョンも来ると思うよ」
それを聞いたオーランドは少し嬉しそうだった。
「そ、そうか……! 」
アリスはそんな彼をジトっとした目で眺める。
と、その時-------------------
「すまない、アリス、コリン。待たせたな」
聞き馴染みのある、男性の声が聞こえてきた。
その声の主は、ジョンである。
「……はっ!!! 」
彼が視界に移った瞬間、オーランドは胸を押さえ息をのんだ。
オーランドの頬は紅潮していき、彼の心臓の鼓動は通常よりも速くなった。
そう、それは恋をしている十代の少女と同じ症状であった。
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