7,露出狂とセレナーデ ー露出狂捕獲作戦ー

 時は流れて夕刻。


 場所はアリス達の部屋。


 アリスは、対面に座っているコリンとジョンに言った。


「……というわけで、露出狂の容疑者が絞り込めたぞ、お前ら」


「本当か、アリス? 」


「ああ。ちびっ子執事の調べによると、露出狂の人物像に一致するのは彼だけだ」


 アリスは一枚の写真を机に置く。そこには、スーツを着た丸い顔の男性が写っていた。


「ポール・ハモンド。フォギーフロッグでジュエリー・ショップを経営している五十代の白人男性だ。身長は低くて、小太り。既婚者で『シャロンデール』の会員だ」


「……この人が露出狂なのかい? 」


「まだ、疑いだな。だから、これから証拠を抑えに行く」


「どうするの? 」


「今日は土曜日だろ? もしかしたら、今日も尻尾を出すかもしれねぇ」







 

 街が完全に闇に染まった。


 通りを歩いている人達はちらほらと存在しているが、昼間と比べれば明らかに少なくなっている。


 時刻は夜の9時。そろそろ露出狂がその尻尾を出してもおかしくない時間帯である。


 現在、アリス達は街の東部にある細い路地裏にいる。その路地裏でしゃがみ込んで身を顰め、向かいにある家を観察していた。


「よし、いいかお前ら。もう一度作戦を確認しておくぞ」


 アリスはひそひそ声でジョンとコリンに言う。


「向かい側にある家にポール・ハモンドは住んでいる。窓からちらっと見えたが、彼はまだ家の中にいる。彼が家から出てきたら、その後をつける。頃合いを見て、私が一人で彼の前に出ていく。そんで、もし彼が私に裸体を見せつけてきたらそこを確保する。以上が作戦だ。お前ら、ちゃんと頭の中に叩き込んだか? 」


 アリスがそう問うと、ジョンが少し不安そうな顔で返した。


「作戦はいいんだが、もし彼がアリスを見ても犯行に及ばなかったらどうするんだ? 」


「及ぶさ。だって、こんな麗しい淑女が夜の街を一人で闊歩してるんだぞ。男なら己の人生の全てを賭けてでも、私に自分の陰茎を見せたがるはずさ」


 アリスは手の甲で髪を払い、得意げな顔をする。


「……笑えばいいのか? 」


 ジョンが肩をすくめてアリスに問う。


「笑ったらお前の陰茎を引き抜く」


 アリスはそんなジョンを睨みつけた。


「もし、ハモンドさんが露出狂だってわかったら、どうやって確保するの? 」


 コリンがアリスに質問する。すると、アリスは流し目でコリンを見ながら答えた。


「私とジョンで確保する。前から私が、後ろからジョンが、それぞれ大声を出しながら露出狂に向かって突っ込んでいって、挟み撃ちにする。そうすれば、露出狂もパニックになって逃げられないだろう」


「まぁ……確かに。もの凄く怖いだろうな。俺が露出狂なら確実にちびる」


「私達が確保している間、コリンは人を呼びに行け」


「うん、わかった。」


 コリンはアリスの言葉に頷いた。


「おい、二人共……! ハモンドさんが家から出てきたぞ……! 」


 ジョンがハモンドの家を指差して二人に言う。アリスとコリンがその方向を確認してみると、一人の男性が家の前の段差を下りているところであった。


 その人物は、紛れもないポール・ハモンドであった。


 彼は黒色のシルクハットに黒色のロングコートを着ていた。


「……なんか、服装が違うくない? 」


 コリンが不安そうに言う。それに対して、アリスは強気に答える。


「露出狂だって服装くらい変えるだろ」


「彼、ズボンを履いているように見えるんだが……」


 続いてジョンが、ハモンドを観察しながら呟く。確かにジョンの言う通り、ハモンドは黒色のズボンを着ていた。


「家からズボンを履かずに出てくるわけないだろ?どっかしらで脱ぐんだよ。ごちゃごちゃ言ってないで、彼を尾行するぞ」


 アリスは立ち上がって壁にもたれ掛かり、そこから覗き込むようにしてハモンドを見る。


 ハモンドはアリス達からどんどん距離を離していく。


 アリスは少し頭を低くして彼を追った。








 家を発ったハモンドは、街の南西部へと向かって歩いて行った。


 15分程が経過し、彼は人気のない通りへと足を踏み入れた。


「ほら見ろ、お前ら。ハモンドはどんどん人気のない場所へと進んでいくぞ。きっと、露出できるポイントを探しているんだ」


 アリスは物陰からハモンドのことを覗きながら静かな声で言う。


 ジョンとコリンは、それぞれアリスの上と下から顔を覗かせる。


 ハモンドの後方で息を潜めているアリス達。


 アリスは、ハモンドが露出するのを今か今かと待ち望んでいた。


 そんな前傾姿勢となっているアリスに、ジョンが冷静に言う。


「アリス、少し落ち着け。尾行がバレたら元も子もないぞ」


「そんなへましねぇよ。充分距離は離してあるだろうが。ハモンドが野生動物並みの勘でも持ってなきゃバレねぇよ。まぁ、本能は野生動物に近いのかもしれんが」


「アリス、だいぶ失礼なこと言ってるよ? ハモンドさんが犯人じゃなかったらどうするの? 」


「違ったら違った、だ。別にこの会話が聞かれてるわけでもねぇんだし」


 すると、ハモンドの前から一人の女性が歩いてきた。


「おい、女だぞ。もしかしたら…あるんじゃねぇか? 」


 アリスがハモンドの方をジトっとした目で観察しながら言う。


「いや、流石に。やるとしてもまだだろう。彼はまだズボンを履いているんだぞ? 」


 同じくハモンドを観察しながらジョンが返す。


 ハモンドはその女性を見つけるなり、彼女の元へと駆け寄った。そして、彼女の前で立ち止まり、着ているロングコートに手をかけた。


「……あれ、やろうとしてんじゃねぇのか? 」


「まさか。だって、彼はズボンを履いているんだぞ? 」


「そればっか言うんじゃねぇよ。……っていうか、ズボンを履いてても、少し下ろせば陰茎だけなら簡単に見せられるんじゃねぇの? 」


 アリスの言葉を聞いたジョンがハッとした様子で彼女の方を見る。


 そして、アリスも自分の言ったことにハッとした様子をみせる。


「あっ! 見て、2人共! 」


 いきなり、コリンがハモンドの方を指差して焦った声で言った。


 アリスとジョンはコリンが指差した方を見る。


 すると、ハモンドがコートを開けて目の前の女性にコートの下を見せているところであった。


「おい……! あれやってんじゃねぇのか!? 」


 アリスが焦った様子で問いかける。


「やってるのか、あれ……!? 」


 ジョンは不安気に聞き返す。


「行くぞ、ジョン! 」


「えっ!? 行くのか!? 」


 アリスが壁から飛び出し、シルクハットを片手で抑さえながらハモンドの方へと駆けていく。


 ジョンはどうしてよいかわからないといった様子だったが、取り敢えずアリスに走ってついて行く。


「ちょ、ちょっと……二人共!? 」


 コリンは驚いた顔で二人の背中に手を伸ばす。しかし、そんな彼を無視してアリスとジョンは走っていった。


 






 ハモンドは後ろの方からドタバタと誰かが走ってくる音を聞いた。


「……ん? 」


 彼はその音がする方を振り返る。


 すると、こちらを睨みながら全力で走ってくる男女二人組が見えた。


「……うぉおおおおお!!! 」


 二人組は大きな声を出してハモンドに向かって突進してくる。


「……ひぃいい!? 」


 驚きと恐怖でハモンドの顔が歪む。彼はすぐさま走ってこの場を離れようと試みた。


 しかし、彼が走り出した時には、もうアリスとジョンが間近まで迫っていて、とても逃げ切れるような距離ではなかった。


 やがて、ハモンドに追いついたアリスとジョンは、一斉に彼に飛びかかった。


「でぇやぁああああ!! 」


 アリスの掛け声が夜の街に響く。


 その掛け声に合わせて、ジョンがハモンドの右手をがっちりと抱え込むようにしてホールドする。


「観念しろ、ミスター・ハモンド! 」


「だ、誰だ、君達は!? 」


 ハモンドが問う。それに対してアリスが答える。


「私等は探偵さ」


「た、探偵……!? 」


 ハモンドは探偵というワードを聞いた瞬間、尚のこと焦り出した。その様子を見たアリスは彼が犯人であることを確信した。


「ま、待ってくれ……! これは……違うんだ! 」


「待てねぇな。今こそ、あんたの罪をこの月下の下に曝け出してやる! 」


 アリスはそう言いながら、ハモンドの正面へと周る。


 そして、彼のコートの下を確認した。


「……あれ? 」


 しかし、彼はコートの下に服を身に着けている。そして、男性器を露出しているような様子も見当たらなかった。

 


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