6,露出狂とセレナーデ ー情報屋ー

 フォギーフロッグの南部には、一際大きな屋敷が建っている。


 その屋敷は、デイリー・ジーニアス新聞社の社長が所有している別荘であり、現在は社長令嬢であるレイラ・ジーニアスの住処となっている。


 白色の壁と幾つもある大きな窓、紺色の三角屋根が特徴的な屋敷で、まるでお姫様が住んでいるお城を、街のサイズに合うように縮小したかのような印象を受ける。


 庭は小規模なサッカーができるくらいには広く、全面に綺麗な緑が広がっている。


 敷地は、植物が絡みついた鉄柵により囲われていて、外から敷地内を覗けないようになっている。

 

 その為、フォギーフロッグの中にありながら、どこかエキゾチックな雰囲気に包まれている。


 それが、ジーニアス邸である。


「…概ね、話は理解したわ。つまり、露出狂の人物像を絞り込んだから、それに該当する人物を見つけ出してくれと?」


 レイラ・ジーニアスはそう言ってから紅茶の入ったティーカップを口元に運んだ。


 アリスは今、ジーニアス邸の緑豊かな庭でお茶をしているところである。


 白色のガーデンチェアに腰かけ、丸いガーデンテーブルに肘をついている。そしてアリスの対面には、この屋敷の亭主であるレイラ・ジーニアスが座っている。


 黒色の長い髪に、透き通るように綺麗な肌。黒紫色のワンピースを身につけ、頭にはグレーのカチューシャをつけている。そして、あまり表情を崩すことがなく、ミステリアスな雰囲気を纏っている、とても美しい女性である。


「ああ、そうだ。もちろん、やってくれるよな?」


 アリスは自身に満ちた顔でレイラに言う。


「…報酬は?」


 レイラが問う。


「報酬は…今度、マッサージしてやるよ!御偉方との付き合いとかで疲れてるだろ?私が全身解してやる。」


 それを聞いたレイラは、少し眉間に皺を寄せる。


「嫌よ。あなた、トイレの後に手とか洗わないでしょ?そんな手でマッサージされるなんて、罰以外のなにものでもないわ。」


「は?洗ってるわ!適当なこと言ってんじゃねーよ。」


「あら、そうだったかしら?学生時代も?」


「当たりめぇだろ。記憶を改竄してんじゃねぇ。」


 アリスがイライラしながら言う。そんな彼女を無視するかのように、レイラは話を続けた。


「もし、私の渡した情報が露出狂の逮捕に繋がったら、あなたが依頼を達成した際に貰うお金の2割を頂戴。それなら、受けてあげるわ。」


 それを聞いたアリスは怪訝そうな表情で言う。


「お前、金持ちなんだから、それ以上金いらねぇだろ?私に対する嫌がらせか?」


「嫌がらせならもっとえげつない要求をしているわ。それに、あなたの推測が外れていた場合、こっちはただ働きになるのよ?寧ろ、感謝して欲しいくらいだけど。」


「…1割だ。そうじゃなきゃ、嫌だ。」


 アリスはじっとレイラのことを見つめる。それに対してレイラは溜息を吐いてから言った。


「はぁ…わかったわよ。で?いつまでに調べればいいの?」


「取り敢えず、今日の夕方までに頼む。調べられた分まででいいから報告してくれ。」


「また随分と急ぎなのね?」


「ああ、ちょっとな。」


 アリスがそう言った直後、後ろの方から銀色のトレイを持った1人の少女が歩いてきた。


「失礼致します。」


 彼女は、レイラとアリスの前まで来ると、静かにお辞儀をした。


 その少女は黒人であった。


 焦げ茶色の肌に、少し癖のついた黒色の長い髪。前髪は持ち上げられていて、下した後ろ髪は2つの白いリボンで纏められている。黒色のズボン、真っ白なワイシャツ、紺色のサスペンダーと、如何にも執事らしい恰好をしているが、その身長の低さと可愛らしい顔のせいなのか、少女が仮装をしているだけのようにも見える。


「新しい紅茶を持って参りました。」


 彼女はそう言うと、新しいポッドを机の上に置き、古いポッドを回収した。


「ありがと。」


 レイラはその少女に礼を言った。空かさず、その少女に先程の話を伝える。


「エロイーズ、急用が入ったわ。夕方までに調べなければならないことが出来た。レッドメインのメモに書いてある特徴に合致する人物を探し出して欲しいの。」


 レイラはそう言ながら、アリスのことを手のひらで指し示した。エロイーズは視線をレイラからアリスの方へと向ける。


「これだ、ちびっ子執事。よろしくな。」


 アリスは1枚の紙をエロイーズに手渡した。エロイーズは一礼をしてから紙を受け取る。


 そして、その紙に書いてある文字に一通り目を通した後、レイラの方へと向き直り返事をした。


「承知致しました。すぐに取り掛かります。」


「ええ、頼むわ。」


 エロイーズはその紙をポケットにしまうと「失礼致します。」と再び一礼をしてその場を去っていった。


「偉そうなこと言ってた割に、結局他人任せじゃねか。」


 アリスがレイラをジトっとした目で見ながら言う。それに対して、レイラは澄ました顔で返す。


「エロイーズは優秀な執事よ。彼女に任せておけば大丈夫。」


「ふん。無茶言ってあいつに愛想尽かされないようにしろよ?…で、お前は露出狂に関する情報をなんか持ってないのか?」


 アリスがそう問いかけると、レイラは眉を顰めて言った。


「被害者が誰か教えてあげたでしょ?」


「その他にはないのか?」


「ないわね。…あっ、でも、1つ噂話を思い出したわ。」


 レイラは少し視線を上にやって言う。


「噂話?」


 アリスは首を傾げる。レイラはそんな彼女に構わずに話を続けた。


「数週間程前に聞いた話なんだけど、街の南西部にある『ハマード・ザ・キング』って酒場で男2人が喧嘩をしたらしいの。何でも、一方の男が、もう一方の男の陰茎の小ささを馬鹿にしたらしく、そこから掴み合いの喧嘩になったらしいわ。周りの人達が止めに入ったおかげで、その騒ぎはすぐに収まったんだけど…。馬鹿にされた方の男はブルーの瞳が真っ赤に充血するくらい泣き喚いていたそうよ。『お前のなんて殆ど使い道がない!こんな旦那を持った奥さんが可哀想だ!』って友人に面と向かって言われたのが相当ショックだったらしいわ。」


 レイラは話を終えると、ティーカップを口に運んだ。


 話を聞いたアリスは、吐き捨てるように感想を言った。


「…何だよ、その話。くだらねぇ。」


「本当よね。そんなの気にしなければいいのに。」


「違ぇよ。くだらねぇってのはお前に言ったんだ。一体、何の話してんだよ?私は露出狂の情報をくれって言ったんだぞ?」


 アリスはレイラのことを睨んだ。レイラは「そうだった」と言わんばかりの表情でアリスの疑問に答える。


「その悪口を言われた方の男は、身長が低くて小太り。白人で薄毛だったそうよ。…さっきあなたが言ってた露出狂の特徴と一致してない?」


 それを聞いたアリスは、顎に手を当て考え出した。


 しかし、しばらくした後、彼女は面倒臭そうな顔で言った。


「いや、ないな。依頼者の話だと、露出狂の男は帽子からはみ出るくらいには髪の毛が生えていたらしい。つまり、薄毛ではない。それに、露出狂の陰茎は大きかったそうだ。おぞましいくらいにな。その男とは身体的特徴が一致しねぇ。」


「…あら、そう。残念ね。」


 レイラは興味無さそうに言った。


「で?露出狂に関する他の情報は?」


「さぁ。…でも、変な事件だから、アンピプテラ教団が関わってたりしてね。」


「アンピプテラ教団?…ああ、この街の奇妙な事件は全部、そいつらが裏で糸を引いてるっていう胡散臭い噂話な。…お前の情報源、噂話ばっかじゃねぇか。」


 これ以上ここにいても情報は得られないと判断したアリスは、一度家に戻ることにした。


 椅子から立ち上がり、ステッキとシルクハットを手に取る。


「んじゃ、私はとりあえず帰るわ。夕方また来る。」


「ええ。」


 レイラはドライな返事をした後、ティーカップを口に運んだ。


 アリスはレイラに背を向け、門に向かって歩いていく。


「…あっ!」


 しかし、途中で何かに気づいたのか、再びレイラの元へと戻ってきた。


 アリスは再びレイラの向かい側に座り、意気揚々と聞いた。


「今朝のクロスワードパズルの答えを教えてくれ。」


 レイラはジトっとした目で彼女を睨んで答えた。


「…知らないわよ。私が作っているわけじゃないんだから。」

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