5,露出狂とセレナーデ ー昼食と推測ー
聞き込みを終えたアリス達は、街の北東部にある通りの一角にいた。
「直接犯人を特定できそうな情報は得られなかったな。ここからどうするよ、アリス?すれ違う人達に『露出狂ですか? 』って質問して、奇跡的に当たることに賭けてみるか? HAHAHA! 」
ジョンがそう言って1人でわざとらしく笑う。
「笑えねーよ。それに露出狂が『露出狂です! 』って言うわけないだろ? もっと、マシなジョークはなかったのか? 」
アリスは赤レンガの壁にもたれ掛かりながら、彼を横目で見て言った。
「……ん? 」
ジョンから視線を外す際、彼女は自身の左側に張り紙を見つけた。
レンガの壁に固定されているその張り紙は、どうやら高級倶楽部の入会を促すものらしかった。
その紙にはこう書かれていた。
「高級倶楽部『シャロンデール』会員募集中。当倶楽部は上流階級層の交流を目的とした社交倶楽部です。毎週土曜と第二金曜の夜9時に集会を開催」
それを見たアリスは、二人にこう質問した。
「……なぁ、昨日は第二金曜だよな? 」
「……うん、そうだよ、アリス」
コリンがアリスの方へと視線をやり、その問いに答える。
アリスは腕を組み、右手の人差し指でトントンとリズムを刻み始めた。
彼女は何かを考えているようだった。
しばらくした後、彼女は指でリズムを刻むのをやめ、口を開いた。
「ここからどうやって捜査を進めるか、なんだけどよ……」
アリスは少し間を置いてから続けた。
「とりあえず、腹減ったから飯食わないか? 」
それを聞いたコリンが、少し呆れた様子で答える。
「うん、まぁいいけど……。じゃあ、捜査は一旦中断かい? 」
コリンの言葉を、アリスは鼻で笑ってから得意げに答えた。
「はっ! 甘いな、コリン。昼飯食いながら、犯人が誰か推理すんのさ。これまでに得た情報を使ってな」
「えっ……!? 犯人が誰かわかりそうなのかい、アリス? 」
コリンは驚いた様子でアリスに問いかける。アリスは歩き出しながら、その問いに答えた。
「いいや。でも、”当たり”くらいはつけられるかもしれねぇ。……とりあえず、飯を食いに行くぞ。『ディストピア・キッチン』で構わねぇか、お前ら? 」
街の大衆レストラン『ディストピア・キッチン』はアリス達の家の北側に位置している。
アリス達の家から近いので、彼女達はよくこの店で食事をしている。
「お待たせ致しました。ご注文をお伺いします」
「えっと、スコッチエッグとコテージパイ、あとフィッシュサンドで」
アリスが三人分の注文を言い終えると、店員は手元の紙にメモを取り、その後「お待ちくださいませ」と一礼をして厨房の方へと捌けていった。
「よし、じゃあ今までの情報を整理するぞ」
アリスは白いテーブルクロスが敷かれた机に頬杖をつきながら、対面に座っているジョンとコリンに向かって言った。
「取り敢えず、私達が知りうる最初の被害者はマナフィだ。先々週の土曜日の夜11時に被害にあった。んで、次がダイアナさん。彼女は先週の土曜日、夜の10時半に被害に遭っている。そして、最後が依頼人のベネット夫人だ。彼女は昨日の夜11時頃だ。今日が土曜日だから昨日は金曜日だな。」
アリスは尚も情報の整理を続ける。
「で、露出狂の外見なんだが、三人とも殆ど証言は共通している。黒いシルクハットに茶色いロングコートを着た、身長の低い小太りの男。帽子を深く被っていた為、髪の色はわからない。…が、肌の色は白だから恐らく白人だ。」
「なるほどな。こう聞くと結構情報は揃っているように見えるが……」
ジョンが周りを見回す。すると、露出狂と身体的特徴が合致する人物を二人程見つけた。
「該当する奴は少なくない」
両手のひらを上に向けてジョンが言う。そんな彼にアリスが言葉を返す。
「いや、まだ絞り込めるぞ。まぁ、私の推測が当たってるかはわからんが」
それを聞いたコリンが、不思議そうな顔でアリスに問う。
「本当かい、アリス? 」
「ああ」
アリスはこくりと頷いた後、説明を始めた。
「被害者三人はほぼ同じ時刻に露出狂と会っている。夜の10時半と11時だ。同じような時間帯に現れることから、犯人はこの時間帯を狙って犯行を行っているように思える。」
「ほう、なるほど」
「でも、露出狂がわざわざこの時間帯を狙うなんておかしいと思わないか? 」
「ん? おかしい? 」
ジョンとコリンが首を傾げる。そんな二人にアリスが言う。
「だって、露出するんならもっと夜の深い時間を狙った方が安全だろ?そっちの方が人通りが少ないし、第三者にばれるリスクが少ない。いくら人が少ない南西部と言えど、この時間はまだちらほら人がいるはずだ」
「まぁ……確かに」
コリンが呟く。その隣のジョンは、顎をさすってしばらく考えた後、答える。
「深夜じゃ女の人が見つからなかったんじゃないか? 相手がいなきゃ、露出できないからな」
「だが、犯人はわざわざ同じ時間帯に犯行を行ってるんだぞ? もっと犯行時間を読めないように散らしたりしても良さそうじゃないか? 」
「……うーん」
アリスの意見を聞いたジョンは唸りながら考え込む。
アリスは更に続ける。
「そして、最初の二回は同じ土曜日に行われた。三回目も金曜日と全て週末だ。私には、犯人が決まった時間にしか活動できないように思える」
「つまり……どういうことだい? 」
コリンの疑問にアリスが答えた。
「つまり、犯人は既婚者である可能性が高いと私は思っている。既婚者なら同居人がいるから、なかなか自由気ままに出かけられないだろ? それが深夜とか、次の日仕事がある平日とかなら尚更だ。」
アリスの意見を聞いたジョンとコリンは、そのまま黙りこくる。どうやら、アリスの意見を吟味しているらしい。
少ししてから、ジョンが口を開いた。
「なるほど。もし、その推測が当たっているなら、結構絞り込めるかもな」
「まだあるぞ。犯人はフォギーフロッグの南西部という、この街でも人気のないところを狙っていることから、ある程度の土地勘がある。加えて、この街で流行ったハイドボルドの帽子を被っていたことから、犯人はこの街の住人である可能性が高い」
「……うむ」
「そして、この街に住む妻帯者の男が、露出をするために夜に外出をするとしたら、どういう嘘を妻につくかを考えたんだ」
「嘘? 」
「そうだ。そしたら、露出狂の犯行日時である、先々週の土曜、先週の土曜、昨日の金曜に開かれていたとある倶楽部があることに気がついた」
「とある倶楽部? 」
「ああ。『シャロンデール』っていう会員制の高級倶楽部だ。お偉いさん達の社交の場としては最適の場所。この倶楽部は毎週土曜日の夜に開かれる。だが……」
アリスは少し間を置いてから続ける。
「第二金曜日である昨日も開催されたらしい。露出狂は最初の二回は土曜に犯行を行ったにも関わらず、昨日は金曜ながらも決行した。もし、露出狂がこの倶楽部に出かける習慣があって、妻がそれに慣れているんだとしたら、外出するのに絶好の口実になると思わないか? 」
ジョンとコリンは、アリスの話を聞き終わった後も黙ったままであった。
「つまりだな……。私は露出狂の人物像を、低身長で小太り、白人で妻帯者であり、高級倶楽部の会員であるこの街の住人だと考えている」
アリスはジョンとコリンを見ながらそう言い切った。
「……」
ジョンとコリンは、黙ったままお互いに顔を見合わせる。
そんな二人を見たアリスは、何も反応がないことが不服だったのか、少しむすっとした表情になった。
するとそこへ、注文した料理を持ったウェイターがやってきた。
「お待たせ致しました。スコッチエッグ、コテージパイ、フィッシュサンドです」
そういうとウェイターは、スコッチエッグの乗った皿をアリスの目の前に置いた。
スコッチエッグは茹で卵を挽肉で包み、パン粉をつけて焼いた料理だ。
こんがりと焼き上げられた挽肉は、塩コショウで調味してあるせいか、とても香ばしい匂いを漂わせている。更に、ナツメグも少量加えられているので、ほんのりと甘い香りも感じられる。
ジョンの前にコテージパイ、コリンの前にフィッシュサンドを置いた後、ウェイターは「ごゆっくり」と言いながらお辞儀をして去っていった。
アリス達は、そのウェイターを微笑んで見送った。
店員が去った後、アリス達は早速料理に手をつけ始める。
アリスがナイフとフォークを使いスコッチエッグを半分に切ると、中からプリッとした白身としっかりと火の通った黄身が姿を現した。
それを更にもう半分に切り、一口サイズにした後、トマトソースに絡めてからいただく。
フォークで口元に運んだスコッチエッグに、アリスはパクリと食いついた。
美味しかったのか、アリスの口元に笑みが溢れる。
「……で、アリス。お前は、自分の推測がどれくらい当たっていると思うんだ」
ジョンが口に運んだコテージパイをむしゃむしゃと咀嚼しながら聞く。
アリスはスコッチエッグを飲み込んでから、ジョンを睨んで言った。
「口にものを含めながら喋るな、汚らしい。…私も自分の推測にあまり自信はない。もしかしたら、見当違いかもな。だが、何も手がかりがないよりはマシだと思っている」
アリスはナフキンで口元を拭いた後、ジョンとコリンに言った。
「私はこれを食ったら、あいつのところへ行こうと思う。お前らは、先に家に帰ってろ。」
「あいつって……もしかしてレイラさん? 」
コリンが聞いた。アリスはその質問に得意げな顔で答えた。
「ああ。情報屋にさっきの推測を話して、該当するこの街の住人を探してもらうのさ」
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