フォギーフロッグの怪事件 ~1930年のイギリスにおいて、露出狂、糞便、悪魔、宇宙船などは、街の人々へどのような影響を及ぼしたのか?その疑問に答えてくれる、とある女探偵の怪事件簿~
4,露出狂とセレナーデ ー聞き込み調査『ハイドボルド』ー
4,露出狂とセレナーデ ー聞き込み調査『ハイドボルド』ー
フォギーフロッグの帽子屋『ハイドボルド』は、この街の北東部に位置している。
ブレイキングブレッドとは違い、店の入り口には真新しい漆黒の扉が構えられており、店内は若干薄暗く、とても落ち着いた雰囲気となっていて、様々なタイプの帽子が棚に並べられてある。
店の中に踏み入ったアリスは、真っ先に店の奥にあるカウンターを目指して歩いていった。
カウンターの奥では、堅物そうな白髪のおじいさんが椅子に座って帽子の手入れをしていた。
「どうも、ミスター・ファウラー。ダイアナさんに会いに来たんだけど、彼女は今どこにいるかな? 」
ミスター・ファウラーは手に持っている帽子からアリスの方へと目をやる。そこにはニッコリと笑って返答を待っているアリスがいた。
ファウラーはしばらくアリスを見つめた後、ゆったりとした口調で言った。
「相変わらず黒のシルクハットが似合わんな、アリス」
「は? うっせーよ、じじい」
アリスは少しイラっとした様子で彼に言う。
「お前にはクローシェ帽が似合うと言っておるだろう。シルクハットなんぞ被っても、幼い女の子が紳士の真似事をして、はしゃいでいるようにしか見えんぞ? 」
「余計なお世話だ。クローシェなんてかわいいだけの帽子、誰が被るかよ。あれじゃ、私の魅力を最大限に引き出すのは無理だ」
「フン、言いおるわ。ジョンを見習うんだな。儂の薦めたハンチング帽を被ってくれておるぞ」
ファウラーはジョンの方を見ながら言った。
「被り心地はどうだ、ジョン? ちゃんとハゲてきた頭を隠せているか? 」
「ええ、ミスター・ファウラー。隠せていますよ。……いや、別にハゲてきてはいませんがね! 」
ファウラーの問いかけにジョンは動揺しながら答えた。
「で? ダイアナさんは? 」
アリスが改めてダイアナのことを問うと、ミスター・ファウラーは店の奥に向かてて呼び掛けた。
「ダイアナー。お前に尋ね人が来ておるぞー」
すると、奥の部屋から長い黒髪の女の人が出てきた。
「尋ね人? ……ああ、君達か」
ダイアナは口元に笑みを浮かべて言った。
「ファウラーさん、アリスちゃん達とここで話すんで、奥の部屋に引っ込んでもらえます? お客さんが来ないかどうかは私が見ておくんで」
「お時間いただきありがとうございます、ダイアナさん」
アリスがカウンターの対面にいるダイアナに笑顔で言う。カウンターの椅子に腰かけたダイアナは、同じく優しい笑顔で答える。
「いいよ、全然。露出狂の話でも聞きに来たの? 」
「はい。……なんでわかったんですか? 」
アリスは訝しげな顔でダイアナに問う。ダイアナはけらけらと笑いながらそれに答えた。
「まぁ、なんとなくね。アリスちゃん達なら変な事件に首突っ込んでると思って」
「別に、私達も好きで露出狂を追っているわけではないんですけどね……」
アリスは不本意そうに言った。
「それで? 私は何を話せばいいの? 」
ダイアナがアリスに聞く。
「じゃあ、まずはいつ、どこで露出狂の被害にあったのか教えてください」
「先週の土曜日の夜10時半くらいに、ハッシュロードの辺りだね」
「ハッシュロード……ってことは、この街の南西部ですよね? 」
「うん、そうだね」
ダイアナが頷く。
「また、南西部だ……。もしかして露出狂の人は、人通りが少ない南西部を狙って犯行を行っているのかな? 」
コリンがアリス達の方を見て問いかける。アリスは、そんな彼に得意げな顔をして言った。
「ああ。確かに、南西部はこの街の中で1番人が少ない。たぶん、その露出狂のお気に入りの場所だ。……よく気がついたな、コリン。流石は名探偵の助手だぜ~! 」
アリスは嬉しそうにコリンを褒めながら、彼の頭をくしゃくしゃっと雑に撫でる。コリンは少し恥ずかしそうにしながら、嫌そうな顔でアリスの手を払いのけようとする。
「露出狂はどんな恰好をしてましたか? 」
コリンにちょっかいをかけているアリスに代わって、ジョンがダイアナに質問した。
「茶色いロングコートに、黒いシルクハットを被ってたね。辺りが暗くて顔とかは見えなかったけど」
それを聞いたアリスは頭の後ろで手を組み、言う。
「……大体、みんな同じだな。でもまぁ、これで3件とも同じ奴が犯人である可能性は高まったか。『露出狂は茶色いロングコートと黒いシルクハットで行わなければならない』って法律がなければだが」
「露出狂が出た後はどうしたんですか? 」
今度はコリンが質問する。ダイアナはコリンに微笑みながら答えた。
「そのまま何事もなかったように通り過ぎたよ」
「えっ……? 怖くなかったんですか? 」
コリンが心配そうに聞く。それに対して、ダイアナは笑いながら答えた。
「まぁ、ちょっとね。でも、こういうの結構慣れっこだから。二回程、同じような目に遭ったことあるし」
「過去にも露出狂に? 」
ジョンが聞く。
「ええ。なんていうか、私って変質者に会いやすい体質みたいでさ」
「まぁ……なんとなくそんな気はしますけど…」
アリスはダイアナの身体をさりげなく見回しながら呟いた。
「だから、警察にも行かなかった。どうせ、行ってもそんなに動いてくれないだろうし、何より私自身が面倒臭かったし」
「なるほど。よくわかりました。他に、露出狂について知っていることはありませんか? 」
アリスにそう問われたダイアナは、顎に人差し指を当てて、斜め上を見ながら考え出した。
そして、何かを思い出したのか「あっ! 」という声を発した。
「そういえば、あのシルクハットこの店のやつかもしれない」
「……なっ!? ほんとですか!? 」
アリスは驚きの表情を浮かべて、カウンターから身を乗り出す。
「……うん。この店で、普通のよりちょっとだけトップクラウンの位置が高いタイプのシルクハットを売ってるんだけど、それっぽかったような気がする。この街のお金持ち達の間でちょっとだけ流行ったんだよね」
「そのシルクハットを買ったお客さんをリストアップしてたりはしませんか? 」
「残念だけど、そんな事細かにリストを作ったりはしてないね」
アリスはしばらく考え込んだ後、笑顔でダイアナに言った。
「ありがとうございます、ダイアナさん。おかげで色々とわかりました」
「もっと力になってあげたかったけど……悪いね」
「いえいえ、とんでもないです。では、私達はこれで」
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